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正月に 餃子に寄り道 一人旅
新年を祝うのはいいが、独り身の男にとって、年末年始ほど曖昧な時間もない。気づけばテレビの特番が流れ続けるリビングのソファで、冷めたコーヒーを飲んでいた。僕は立ち上がり、財布と小さなバッグだけを掴んで、外に出た。新しい年には新しい風を感じたかった。
列車に乗って南へ向かう。行き先は特に決めていなかったが、海が見たかった。海は僕にとって、遠い昔の恋人のような存在だ。そこにいて、確実に美しいのに、触れると少し冷たく、寄せては返す距離感が心地よい。
昼過ぎに降り立った小さな街は、観光地というより地元の人たちの生活感が色濃く漂う場所だった。駅前を歩いてすぐの食堂に入り、「チキン南蛮」の文字に惹かれて注文する。ところが、運ばれてきた皿を見て驚いた。タルタルソースの代わりに、明るいオーロラソースが絡んでいる。「ところ変われば品変わる、だな」と呟きながら口に運ぶと、意外にもそれは絶妙なバランスだった。
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食後、ぶらぶらと街を歩いていると、にぎやかな屋台街にたどり着いた。そこでは湯気と笑い声が交錯し、夜の訪れを控えた独特の空気感が漂っていた。僕は小さな餃子の屋台に腰を下ろし、ビールを頼んだ。焼きたての餃子をかじり、冷えたビールで流し込む。その組み合わせは完璧で、僕の中にある何かが静かに溶け出していくようだった。
「餃子とビールって、世界で一番のペアリングだと思いません?」
声をかけてきたのは、隣に座っていた眼鏡の女性だった。彼女は30歳前後で、無造作に束ねた髪と、知的でありながら少し野暮ったい雰囲気が妙に親しみやすかった。
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「たしかに」と僕は答えた。「どちらも単独でも美味しいけど、組み合わせることで特別になる。まるでバンドみたいだ。」
彼女は笑った。「いい例えですね。私、大学時代はジャズバンドにいたんです。」
そこから、僕たちは餃子とビールの相性や、音楽、旅行の話をひたすら語り合った。彼女の名前は佐藤さんで、仕事でこの街に来ているらしい。僕らの会話は自然で、まるで昔からの知り合いのように息が合った。
翌朝、僕は海辺の小さな宿の窓から、ぼんやりと水平線を眺めていた。薄曇りの空の下、海は静かに広がり、その先には見えない未来が待っているようだった。新しい年には何か素敵なことが起こる、そんな漠然とした予感が胸に広がる。
「マッチングは大事だな」と僕は独りごちた。餃子とビール、昨日出会った彼女と僕、この街とオーロラソース――全てが完璧なバランスで成り立っている気がした。
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