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地元の名所とスパイスカレーのご相席

日曜日の午後、僕は靴紐を結び直し、なんとなく家を出た。特に目的地は決めていなかった。こういう日には、足の赴くまま歩いてみるのが一番いい。建築の仕事をしていると、どうしても計画に縛られる日常が多い。たまには無計画が必要だと思うのだ。

街を歩きながら、ふと大阪城のことを思い出した。子供の頃に親に連れられて行った記憶がある。あの時見上げた天守閣の輝きは、記憶の奥に薄く残っているだけだ。近くに住んでいるのに、ずいぶん長い間行っていないな、と自分でも驚いた。そこで、久しぶりに行ってみようと思った。

途中、小さなスパイスカレー屋の看板が目に入った。香辛料の香りが鼻をくすぐる。ランチタイムを少し過ぎていたが、店内はまだ賑わっていた。入口のカウンターで注文を済ませ、隅の小さなテーブルに案内された。その時だった。

「相席でも大丈夫ですか?」

柔らかい声に顔を上げると、眼鏡をかけた女性が立っていた。眼鏡の奥で、少し疲れたような目で、でも柔らかな笑顔で、こちらを見ている。

スパイスカレー屋さんでの相席

「もちろん、どうぞ。」

彼女が向かいに座り、僕たちはそれぞれ注文したカレーが運ばれてくるまでの短い沈黙を共有した。僕は彼女が開いたメニューに視線を落とし、どこかほっとする自分に気付いた。

「ここ、初めてなんですか?」

彼女が唐突に話し始めた。「ええ、近くをぶらぶらしていて偶然見つけました。」と答えると、彼女は少し驚いたような顔をした。

「そうなんですね。私も初めてですけど、結構評判がいいみたいですよ。」

その一言を皮切りに、僕たちは自然と話し始めた。カレーの香辛料やお気に入りの店、仕事の話など、話題は尽きなかった。彼女は出版関係の仕事をしているらしい。彼女の笑い声が小さな店内に溶け込むのを感じながら、僕はこの偶然の出会いに小さな奇跡を見た。

食事を終える頃には、大阪城に一緒に行こうという話になっていた。天気も良いし、せっかくの休日だし、悪くない提案だ。

案外行かないご近所の名所

大阪城の敷地に足を踏み入れると、子供の頃の記憶が少しずつ蘇った。天守閣を見上げると、やはりその存在感は圧倒的だった。僕たちはゆっくりと階段を上り、最上階の展望台にたどり着いた。

眼下に広がる大阪の街並みを眺めながら、彼女がつぶやいた。

「カレーがなかったら、こうしてここに来ることもなかったんですよね。」

僕は笑ってうなずいた。「そうですね。カレーが僕たちを引き合わせたのかもしれません。」

それは突拍子もない発言だったが、彼女はくすくすと笑った。夕陽が少しずつ街を染める中、僕たちはしばらく無言でその景色を眺めていた。たぶん、言葉は必要なかったのだろう。

別れ際、彼女が小さなメモを差し出してきた。そこには彼女の名前と電話番号が書かれていた。

「また、どこかで。」

そう言って彼女は手を振り、雑踏の中に消えていった。僕はそのメモをポケットにしまいながら、カレーの香りとともに漂うこの一日の余韻を味わった。

大阪城の天守閣から見た景色は、予想以上に美しかった。でもそれ以上に、僕にとって忘れられない一日になった理由は、間違いなく彼女との出会いだった。

大阪の街を望む(少し近未来っぽい)

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