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夏の終わりのシーフードカレー

店のドアを開けると、いつもと同じ香ばしいスパイスの香りが迎えてくれる。その香りに混ざって、ふっと潮の香りも感じられる。夏の名残がどこかに漂う昼下がり、大阪・北浜のこの小さなカレー屋で、僕は今日もカウンターの一角に腰を下ろす。外の暑さが少しずつ和らぎ、秋の足音が近づいているのを感じながら、冷えたお冷を一口飲んだ。

「いらっしゃい。今日は特別なカレーを用意してますよ。」
店主の彼女が、少し得意げな顔で言った。彼女とはもう長い付き合いだ。30代前半の彼女は、いつも笑顔を絶やさず、愛嬌のある口調で客を迎える。僕のような常連にとっては、彼女との会話がこの店での楽しみの一つになっている。

「特別なカレー?それは興味深いね。どんなカレーなんだい?」
僕は彼女の話に乗って、少し身を乗り出す。

「今日はね、具沢山のシーフードカレーを作ったの。エビ、ホタテ、イカ、それにアサリも入れて、特製のスパイスブレンドで仕上げたのよ。夏の終わりにぴったりの一品です。」
彼女の説明を聞きながら、僕は思わず笑みがこぼれる。彼女の作るカレーはいつも美味しいが、今日は特に期待が高まる。

「じゃあ、それをお願いしようかな。シーフードカレー、楽しみだよ。」
僕が注文を伝えると、彼女は軽快に動き出し、鍋の中でカレーをかき混ぜ始めた。

外からは微かに蝉の声が聞こえる。まだ夏は完全には終わっていないが、遠くで秋の足音が確かに聞こえる。店の中はひんやりとしていて、スパイスの香りが落ち着いた雰囲気を醸し出している。こんな日には、ゆっくりと時間を過ごすのが一番だ。

「お待たせしました。特製シーフードカレーです。」
彼女がカウンター越しに運んできたお皿は、見た目からして食欲をそそる。彩り豊かなシーフードがカレーの中にごろごろと入っていて、まさに具沢山という言葉がぴったりだ。スパイスの香りに、シーフードの旨味が混じり合って、食べる前から心が躍る。

「いただきます。」
スプーンを手に取り、一口目を味わう。口の中に広がる海の恵みとスパイスの絶妙なハーモニー。エビのぷりぷり感、ホタテの甘み、イカの歯ごたえ、それにアサリの風味が一つに溶け合って、濃厚でありながらも軽やかな味わいが楽しめる。

「これ、すごく美味しいよ。シーフードの味がちゃんと生きてるし、スパイスも効いてるけど重たくない。まさに夏の終わりにぴったりだね。」

彼女は満足そうに頷く。「ありがとう。そう言ってもらえると本当に嬉しいです。でも、夏が終わるのはちょっと寂しいですね。」

「確かに。でも、また新しい季節が来る。何かが終わると、必ず何かが始まるんだから。」

僕はそう言いながら、もう一口カレーを口に運ぶ。シーフードの旨味が広がるたびに、夏の思い出がよみがえり、そして少しずつ遠ざかっていくのを感じる。

外の蝉の声も徐々に弱まり、午後の日差しは少し柔らかくなってきた。店内の時計を見ると、昼下がりの時間が過ぎつつある。夏の終わりを惜しみながらも、僕はこの静かなひとときを、カウンター越しに彼女との会話を楽しみながら過ごす。

「また来ますね。次の季節にも、新しいカレーを楽しみにしてるよ。」

そう言って僕は静かに店を後にした。去り行く夏と、これから始まる秋の間で、心地よい余韻が続く。

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