漢文の海で釣りをして【第9回】春はやってくる、そして過ぎていく
「歌管高楼声細細 / 鞦韆院落夜沈沈」
≪訳≫宴の歌の音も遠く / ブランコひっそり夜の庭
≪出典≫蘇軾「春夜」
漢文に返り点をつけて日本語っぽく読む。
書き下し文と呼ばれる日本独自の漢文の読み方です。
しかし、なかにはどうしてもこの方法では読めない漢文というものがあります。
本日の句がそれです。
歌管高楼声細細
(かかんこうろうこえさいさい)
鞦韆院落夜沈沈
(しゅうせんいんらくよるちんちん)
そのためこの句はそのまま音読みで読まれます。
この句は日本でも有名な蘇軾(蘇東坡)の「春夜」という詩の一部。
使われている語が馴染みのないものであることも手伝って難しい文ですが、音読してみると漢詩が持つリズム感と音感を感じることができます。
この「春夜」という詩は日本では前半部分の方が有名です。
繰り返しになってしまう部分もありますが折角ですので全文の書き下し文を見てみましょう。
春宵一刻値千金
花に清香あり月に陰あり
歌管高楼声細細
鞦韆院落夜沈沈
春宵一刻値千金が有名な一句。
「春宵一刻 千金に値す」と書き下すこともできますが、そのまま読まれることが多いです。
意味はそのまま。
「コガネニ喩ウ春ノ宵」。
第二句はそのまま「花ノ香 匂ウオボロ月」。
第三句の歌管は楽器の演奏する音色、高楼は立派な屋敷、声細細はあたりが静まり返っている様子。
「宴ノ歌ノ音モ遠ク」。
第四句の鞦韆はブランコ、院落は屋敷の庭、夜沈沈は夜がひっそりと更けていく様子。
「ブランコヒッソリ夜ノ庭」。
今回の訳は私の愛読書である松下緑の『「サヨナラ」ダケガ人生カ』のものをそのまま使わせてもらいました。
日本人が好きな七五調で訳された名訳です。
第一句と第二句で春の華やかさ、素晴らしさを謳歌。
翻って第三句と第四句では前半の余韻をのこしつつも人の世の無常感を詠んでいます。
さきほどまでの楽器の演奏が聞こえなくなり、夜が静かに更け、のこされたのはブランコだけ。
前半部分の方が有名ですが第三句、第四句の方が好きですね。
これは好みの問題ですが。