漢文の海で釣りをして【第11回】世界最強の権力者でも手に入れられなかったもの
「少壮 幾時ぞ 老いをいかんせん」
≪訳≫若く元気な時間というのは無限ではない。どんなひとでも老いを止めることはできない
≪出典≫漢の武帝「秋風辞」
約400年続いた漢王朝。
その最盛期に君臨した皇帝が武帝です。
当時の中国は世界最強の国といっても過言ではありません。
その国の頂点に立つ男…いわば世界で一番、富みと権力を手中にしていた男が読んだ詩から今回の一文です。
武帝がこの詩を詠んだのは44歳のとき。
大切な国家行事を終えたあと、群臣たちとの宴席での作と伝えられています。
彼の目の前に広がる光景は自分の権勢が万全だと感じさせるもの。
しかし、彼のこころには何か満たされないものがある。
佳人(「愛する女性」とする説と「信頼する部下」とする説があります)との死別。
そして、自らの老い。
このふたつからは逃れることができないことを感じずにはいられなかった。
眼前の栄光が極まれば極まるほど、無比の皇帝のこころの憂いがコントラストを強めて浮かび上がってくきます。
どんなに成功を納めようとも大切な人との時間、自分の若さは有限である、と。
日本では栄耀栄華を極めた藤原道長が全く逆の「望月のうた」を詠んでいますが、対比してみるのもよいでしょう。
私事ではありますが、彼こそ私の修士論文の「主人公」であったこともあり、思い入れのある皇帝でもあります。
最後に全文の書き下しと訳を載せておきます。
興味があるひとは是非とも一読あれ。
秋風の辞
≪全文書き下し≫
秋風起こりて 白雲飛ぶ
草木黄落し 雁 南に帰る
蘭に秀 有り 菊に芳 有り
佳人を懐かしみ 忘るる能わず
楼船を汎べ 汾河を済る
中流に横て 素波 揚ぐ
簫鼓 鳴り 櫂歌 発す
歓楽 極まりて 哀情 多し
少壮 幾時ぞ 老をいかんせん
≪訳≫
秋の風が巻き起こり 白い雲が舞う
草木の紅葉が落ちて 雁たちは南に渡っていく
蘭は美しく咲き 菊が芳しい香りを立てる
懐かしき人の面影を忘れることができないでいる
絢爛な船で大河をわたる
船が進むと大きな波しぶきが立つ
歓楽の絶頂にあるはずなのに哀しみも多い
若く元気な時間もあとどれくらいあるだろうか 老いからは逃れられない
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