【歴史本の山を崩せ#033】『劉備と諸葛亮』柿沼陽平
≪カネを切り口に語る三国志は成功したか?≫
副題はカネ勘定の『三国志』。
中国貨幣史などの単著を出している柿沼さんらしい三国志本です。
英雄史観ではなく、現実的な経済・財政という側面から三国志…
特にタイトルにあるとおり劉備と諸葛亮を中心に据えた新書です。
歴史の業績をイメージが先行している英雄のキャラクターに帰属させてしまうことに待ったをかけようという本書の姿勢は大いに評価できます。
また、「善玉」とされている劉備、諸葛亮のイメージに疑問を投げかけてるところや、「悪玉」とされる董卓、袁術を再評価する必要に言及していることは、素直に良かったと思います。
本書の持っている一番大事なテーマでしょう。
しかしながら全体的に歴史的な実証は不十分な感じが否めません。
正直なところ、経済・財政に関する史実に基づく実証は乏しいです。
イメージ先行の英雄を、そのまま実証不十分な経済に架け替えてしまっているだけのような感じで残念ではありました。
加えて劉備、諸葛亮に対しては「善玉」イメージ払拭のために、非常に厳しい態度で臨んでいますが、逆に董卓、袁術の「悪玉」イメージの反論は、相当甘いと言わざるをえないです。
前者の基準で董卓を図れば彼の悪行は擁護できなくなり、後者の基準で劉備を評価するならば、結局「善玉」イメージを打破することなどできないですね…
かつてラスボス格だった曹操を一躍、主役にして日本における『三国志』の流れを変えた『蒼天航路』のようなインパクトを作り出すのはやはり難しいか…
ともあれ、こういうイメージ先行の英雄像から距離を置き、史実からの再評価を試みるという挑戦は意気に感じます。
もっとも、古い時代なので史料的制約が厳しく、実証が難しいということ。
一般向けの教養新書なので、学術的なハイレベルな水準を求めるのも酷であるかもしれません。
新書としては十分面白い、及第点の本です。
歴史において英雄という存在に対して疑問を提起すること。
記録に残りにくい、名もない民衆たちにも思いを馳せることを忘れないこと。
本書の投げかけるこのテーマは歴史に関わる者としては胸に刻みたいです。
今後、より一層深掘りされることを期待します。
『劉備と諸葛亮』
著者:柿沼陽平
出版社:文芸春秋(文春新書)
初版:2018年
本体:880円
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