ハノイ読書会 『戦争は女の顔をしていない』
先日ハノイ某所で行われた読書会は『戦争は女の顔をしていない』 が課題図書でした。奇しくもタイムリーな本となってしまいました。読んでいる途中でロシアのウクライナ侵攻がはじまり、それからはずいぶんと感じ方がかわってきました。
友人に感想文の中で本書を表現するとても良い言葉があったので下記に引用させてもらいました。
「「感動的な語り手」もいれば、そうでない人もいる。しかし、数行で終わるエピソードも、実は一日家に座りこんで雑談をしながら待って、突然ふっと降りてきた文章なのだという。インタビューから使える箇所をさっとピックアップしたのではない。シャッターチャンスを待ち続けて、やっと撮れた奇跡的瞬間の写真のように、能動的に動き、努力してつかみ取った言葉たちなのだ。」
下記は私の感想文です。
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『戦争は女の顔をしていない』を読んで 竹森紘臣
2022年3月5日
ハノイ読書会
第二次世界大戦においてナチが率いるドイツ軍のソ連への侵攻に対し、それに抵抗するためにソ連人の男性だけではなく多くの女性が戦闘に参加した。本書は、その女性の元兵士約500人へのインタビューがまとめられたオーラルヒストリーだ。タイトルの『戦争は女の顔をしていない』とは、たいていの戦争について語られる知識や歴史が、「男の声」、つまり「男が持つ」「男の」戦争イメージ、「男」が感じる戦争、「男」の言葉で語られたものであることを示している。
それに対して、本書では、女性によって語られた膨大な量の声に耳が傾けられている。歴史が素通りしてきた女性の声をあつめて編まれている。著者は日本で行われたある講演で「真実は粉々になっていて、真実はたくさんあり、世の中にばらまかれているのです」、「人間を集めてひとつにまとめる、人の魂をあつめる。空気のような捉えどころのないもの」とこの本の成り立ちについて語っている。一つのことを一言で言いきるのではなく、ひとりの人間が語る各々の感情にまみれた人生を数百人分集めて、塊として真実や歴史を物語ろうとしている。単純で直線的なものだけではない人の感情も歴史だし、真実は決して知識や客観的な事実というだけではないと考えさせられた。
本書の中では1人1人の話は短くまとめられているが、本当に話した時間はもっと長く、話をした女性たちは自分の人生の大切なもの(ネガティブなものであっても)を込めているだろう。従軍期間は彼女たちのその後の人生にくらべると決して長かったわけではないだろうけれど、大きな存在として心の中に居座っているに違いない。読む人によってそれぞれの話の響き方が違うだろう。男性と女性の読者ではやはり響き方が違うだろうか。歴史の捉え方も違ってくるのだろうか。
一番印象に残っている話はパイロットの女性の話だ。航空部隊のテレホワさんは髪型やオシャレについて語っている。仲間の死の悲しさにも触れているのだが、他の多くの話とは違い少し明るい話もあるんだなと思った。白兵戦をしていた女性の話とのコントラストが強い。パイロットの話は青空も見えて色鮮やかで、華やかささえ感じさせる。一方、白兵戦の話は墨汁を落としたようなドロドロとしたモノクロのイメージだ。実際に彼女たちが見ていた景色も随分と違っただろう。パイロットは殺された人を一人も見ていないかもしれないし、白兵戦を戦う女性はただ生きることに必死で人間性を失っている状態だったかもしれない。それぞれの話が持つ何百というディテール、色味や感情によって理解が複雑になり、いろいろな感想が交錯する。
そんな中でも全体を通して、私が戦争について思うことが二つある。一つは戦争の意味や目的だ。もう一つは戦争が人を引き裂くことだ。
女性にとっての戦争の意味は、正義の戦争なんかはなく、結局、戦争は人殺しだということだ。男性だったら、戦争に人殺し以外の意味を加えたがったり、体裁を繕いたがるだろう。
そのうえで女性を戦争に、前線に駆り立てたのは、ドイツ軍の侵攻から自国を守るという目的だけなのかというとそうではないだろう。確かに当時の社会主義の思想に洗脳され、戦争のときはみんなが自国防御のための正義の戦争だと思い込まされていた。戦後に平穏な生活を取り戻すと、自分たちが騙されていたことに気づいた。ソ連は戦勝国になり、男たちは勝者の理論で繕っていたけど、女性はそれをしないで語った。間違った意味や目的のために戦っていたと気づかされるとやるせない。
二つ目は戦争は人を離れ離れに引き裂くということ。戦地に赴くときには家族や故郷と離れ離れになる。戦争で家族が亡くなれば、それは永遠の別れとなる。何年も家族と遠く離れ、生きているかどうかの確認も難しい状況で待っている家族ももちろん本人の気持ちを考えながら読むと涙が溢れてきた。これはベトナム残留日本兵とその家族についてk時書かれた小松みゆき著『動きだした時計』にも共通していることだろう。私たちも今コロナ禍にあり、その影響で故郷になかなか帰られなくなったり、会いたい人に以前のように会えないようになっている。本書の時代とはテクノロジーも違うし、戦争なんかとは比べ物にならないぐらいマシだ。人を引き裂くということは本当に大きな戦争の罪だ。
この本の最大の特徴は500人以上という膨大な感情の積み重ねだ。本書を通して私が戦争について思う2つの点を挙げたが、読む人によって様々な思いに駆られるだろう。戦闘の残虐性にもっと強い印象を受ける人もいるだろうし、女性ならではな戦争での辛い体験に共感を覚える人もいるだろう。その多様性こそがこの賞をノーベル賞の文学賞に押し上げたのではないかと思う。