竹森 紘臣 / TAKEMORI HIROOMI

Work lounge 03-Vietnam 代表取締役 ベトナム、ハノイ在住。ベトナムをはじめとする東南アジアと日本で​マスタープラン、建築設計をしています​。 http://www.03-x.vn/

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ハノイ読書会 『戦争は女の顔をしていない』

先日ハノイ某所で行われた読書会は『戦争は女の顔をしていない』 が課題図書でした。奇しくもタイムリーな本となってしまいました。読んでいる途中でロシアのウクライナ侵攻がはじまり、それからはずいぶんと感じ方がかわってきました。 友人に感想文の中で本書を表現するとても良い言葉があったので下記に引用させてもらいました。 「「感動的な語り手」もいれば、そうでない人もいる。しかし、数行で終わるエピソードも、実は一日家に座りこんで雑談をしながら待って、突然ふっと降りてきた文章なのだという。

    • ハノイ読書会「見える人は二次元、見えない人は三次元?」

      先日ハノイで行われた読書会、課題図書は伊藤亜紗著の『目の見えない人は世界をどう見ているのか』でした。 「見える人は二次元、見えない人は三次元?」 あとの感想文に詳しく書いてありますが、今回はこの一言に目から鱗というか、空間認識についていろいろ考えさせられました。 以下、感想文ーー 『目の見えない人は世界をどう見ているのか』 伊藤亜紗著 を読んで  本書は「空間」、「感覚」、「運動」、「言葉」、「ユーモア」の5つのキーワードに沿って、目の見えない人がどのように世界を認識

      • ハノイ読書会 『JR上野駅公園口』柳美里著

        それぞれの「居場所」の大切さ先日ハノイで行われた読書会 課題図書は柳美里著の『JR上野駅公園口』でした。 柳美里さんの本は初めて読んだのですが筆力が凄まじく、ぜひ他の本も読んでみたくなりました。 僕がこの本で感じたことは、「居場所」の大切さです。 人生ではいろんな不幸や理不尽が起こりますが、皆それを乗り越えなくてはなりません。この主人公にも次から次へと不幸が起こり乗り越えようとしますが、彼はそのたびに自分の「居場所」まで奪われ追い詰められてしまいます。それこそが本当の人間の

        • 社内BIM化へ ハノイ/ベトナム

          どこの国でも社内での新しい技術の導入は一筋縄ではいかない。 ベトナムにおけるBIMは日本におけるそれよりも、導入のスピードが早い。 建築設計、施工をふくめた元々のシステムが未整備のため、業界全体の「2Dへのしがみつき」のようなものは少なく導入が進みやすい。もっといえば設計者でも現場でも2D図面を正確に読めるひとが少なく、3Dのほうがなんとなくわかりやすいのではないか?というのが大きな牽引力になっていると思っている。 といっても、個人個人は新しいスキルを身につけることへのモチベ

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        • ハノイ読書会
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        • Learning from Hanoi
          3本
        • My Favorite
          2本

        記事

          ベトナムでの麻薬中毒者更生施設の設計活動をとおして ー「まだない」ものをつくる

          派手なマンション開発やリゾート開発が溢れかえる狂乱の中で、アジア全体で社会の問題にたいして足元を見つめなおすようなプロジェクトがますます必要になってくるのではないかと思っている。 今回は2年前から現在進行形で取組んでいる麻薬中毒者更生施設の設計活動について現在までのことを書きたい。現在進行形のプロジェクトでもあり、また忙しさにかまけて機を逸していたが、福祉活動を取り扱う世界的な雑誌が主催するHOPE AWARDSという賞で大賞をいただいたので、これを機にすこし書き留めておかな

          ベトナムでの麻薬中毒者更生施設の設計活動をとおして ー「まだない」ものをつくる

          「職人」と「ワーカー」とデジタル・ファブリケーション

          私は建築の設計業務をここ15年ほど日本とアジアで行っています。最近デザインのクオリティやめざす目標がすこしずつ変化していると感じています。今回はそれについて書きたいと思います。 日本での経験 私は2001年に建築系の大学院を出てから、まず自分の実家である静岡の工務店で設計と現場管理の仕事をしていました。その後、東京の有名な設計事務所での仕事を経て、2003年に仲間と一緒に設計事務所を構えました。 独立したときの最初の仕事は70平米ほどのマンションの1室をフルリノベーションす

          「職人」と「ワーカー」とデジタル・ファブリケーション