Books, Life, Diversity #33
今回(と次回)は思弁的実在論関連で紹介します。思弁的実在論は現代哲学のひとつの潮流として注目されていますし、書籍も数多く出版されていますので、ご存知の方も多いと思います。私自身は思弁的実在論に対して少し距離を置いて見ていますが、問題意識自体は共有できますし、人新世/気候変動や加速主義、ポストヒューマン論など、現代社会を表す重要なタームとも接続する重要な思想だと思います。また、例えば『美術手帳 vol.69 NO.1062』(美術出版社、2017年)の特集「これからの美術がわかるキーワード100」でも思弁的実在論が挙げられているように(ここでは主にメイヤスーについて触れられていますが)、哲学だけではなくアートにも影響を与えているので、そういった関心から読むのも良いのではないでしょうか。
ではそもそも思弁的実在論とは何でしょうか。ここでは後で紹介する『思弁的実在論入門』における説明を参考にして見てみましょう。この思想的立場が形をもったのは、2007年4月に開催されたゴールドスミス・ワークショップだとされているそうです。講演者はレイ・ブラシエ(プロメテウス主義)、イアン・ハミルトン・グラント(生気論的観念論)、グレアム・ハーマン(対象指向存在論:OOO)、そしてカンタン・メイヤスー(思弁的唯物論)の四人。ただしそれぞれの主張は単純に一括りにできるようなものではなく、このワークショップの後ほぼすぐに分裂していったとのこと。とはいえ大まかには共有されている問題意識もあり、「人間の認識は、時間・空間という純粋直観と悟性のカテゴリというアプリオリな条件のもとで現象する対象とのみ関わるのであり、物の実在すなわち「物自体」は認識不可能である、とする立場の克服」(「訳者あとがき」p.276)、すなわちメイヤスー言うところの相関主義にかかわるものだと考えることができます。
グレアム・ハーマン『思弁的実在論入門』上尾真道、森元斎訳、人文書院、2020年
本書は思弁的実在論の最初の四人の一人であるハーマン自身による入門書。とは言っても、他の三人の思想について書かれた章は、予めそれぞれの主張をある程度理解していることが前提になっているため、入門というよりも解説書という位置づけであるように感じました。ただしそれは私自身の知識量の問題かもしれませんし、訳文そのものは明快でこなれており読みやすいです。当然ですがハーマン自身の立場(OOO)について書かれた章は非常に分かりやすく、この章だけでも十分に読む価値のある、お勧めできる内容になっています。以下ハーマンによる「結論 思弁的実在論の二つの軸」および訳者による「あとがき」に沿って四人の立場の違いを二つの軸により分類すると以下のようになります。
第一の軸(科学と形而上学)
ブラシエ/メイヤスー:自然科学と数学(人間を既に超え出た理性の力能)を重視。バディウの影響。人の存在しなくなった未来からの視点。
グラント/ハーマン:「認識者の面前に置かれ続けてきた対象に、その尊厳が譲位されること」。ラトゥールの影響。美学と人類学。
第二の軸(実在とイメージの断絶)
ブラシエ/ハーマン:「思考と世界」(ブラシエ)、「感覚的と実在的」(ハーマン)の間にある共役不可能性。
グラント/メイヤスー:単一の生産的自然という一元論(グラント)、「数学化を通じた即時の把握」(メイヤスー)。
個人的にはメイヤスーその他の思想的立ち位置よりもハーマンのOOOに親近感を覚えるので、そういった点でも面白く読めました。訳者あとがきにもありますが、思弁的実在論関連ではそれぞれ当事者本人による著作が翻訳されているので、それを傍らに置きつつ読むのも良いかもしれません。
カンタン・メイヤスー『有限性の後で―偶然性の必然性についての試論』千葉雅也、大橋完太郎、星野太訳、人文書院、2016年
グレアム・ハーマン『四方対象―オブジェクト指向存在論入門』岡嶋隆佑監訳、山下智弘、鈴木優花、石井雅巳訳、人文書院、2017年
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マルティン・ハイデガー『技術とは何だろうか』森一郎編訳、講談社学術文庫、2019年
ハーマンのOOOを理解するためにもこの本はお勧めです。ハーマンはハイデガーの手許性/手前性を批判的に参照しており、これは『存在と時間』を読む必要がありますが、もうひとつハーマンにおける重要な概念である「四方対象」――すなわち「実在的(R)/感覚的(S)」と「対象(O)/性質(Q)」の組み合わせ――については、この『技術とは何だろうか』に所収されている「物」および「建てること、住むこと、考えること」に書かれている「大地/天空」、「神的な者たち/死すべき者たち」という四方化がそのアイデアのベースにあるためです。これらの論考はどちらも短く読みやすいので、これもハーマンを読むときに手元にあると良いですね。あとこの本の表紙もすごく良いです。写真は小岩勉氏による「仙台・夜の大橋」、カバーデザインは蟹江征治氏。お読みいただくと分かりますが、この写真、美しいだけではなく本書の内容にとても合っています。
なお、個人的には同じく本書に収録されている「技術とは何だろうか」について言えば、『技術への問い』関口浩訳、平凡社ライブラリー版(2013年)の方が好きですが、それはこちらを先に読んだからかもしれません。
これも非常に良い本です。いずれにせよハイデガーのこの論考は――ハイデガーその人自体は尊敬できる点が何もないので、常に極めて複雑な気分になるのですが――技術を考える上で最重要文献の一つだと思います。また、ここで展開されているハイデガーの思想を踏まえると、以前に第4回で紹介したジャン=リュック・ナンシーによる必読の名著『フクシマの後で』への理解もいっそう深まるので、その点でもお勧めです。
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おまけ
『存在と時間』は岩波文庫だけでも二種類翻訳が出ていますが、最近ロカンタンさんで購入した熊野純彦訳版はボックスに入っていて、これを開いたときに現れるイラストがカワイイ!
下は桑木務訳版。私はこちらを読んでいたので、翻訳にはなじみがあります。しかし表紙のハイデガーの顔写真は酷いですね。ハイデガーのいやーな感じが出ています(個人的な偏見ですが)。そういう意味では人物を切り取ったといえる良い写真なのかな。
長くなってしまったので、思弁的実在論の人新世やアートへのかかわりに関する本については、次回改めて紹介します。
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以下、里山社様によるオンラインで本を購入できる書店のリストです。
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