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『両利きの経営』と『ロボット産業』の意外と身近な関係。

ここ数年、『両利きの経営』が重要という話をよく聞くようになりました。両利きが大事なのは、経営だけではないと思うんですよね。今日は研究者、開発者にとっても、両利きって大事だし、それぞれの視点で両利きになれるよね、っていう話を書いてみたいと思います。

両利きの経営

両利きの経営が日本で注目されるようになったのは、早稲田の入山章栄先生が『世界の経営学者はいま何を考えているのか』の中で、紹介したのがきっかけの1つかと思います。

その後、既存事業の強化新規事業の創出の両方を行うことが大事だとという文脈で『両利きの経営』という言葉がよく使われているように感じます。

私自身のそう考えて、両利きの経営という話を思っていたのですが、入山先生の記事とかを読むと、両利きの経営の基本のコンセプトは、

「 まるで右手と左手が上手に使える人のように、『知の探索』と『知の深化』について高い次元でバランスを取る経営」

と書かれています。おそらく『知の探索』≒『新規事業の創出』、『知の深化』≒『既存事業の強化』、ということだと思いますが、ちょっとイコールではないような気がして、少し違和感がある。

産業用ロボットの事例分析

気になったのでもう少し調べてみると、両利きの経営によるイノベーションに関する代表的な研究として、米ミシガン大学のゴータム・アフージャ教授と米スタンフォード大学のリタ・カティーラ教授が2002年に発表した研究論文が紹介されていることが分かりました。

Gautam Ahuja, Riitta Katila. Something Old, Something New: A Longitudinal Study of Search Behavior and New Product Introduction. Academy of Management Journal, Vol. 45, No. 6. 2002.【論文Linkはこちら

なんとこの論文、「産業用ロボット」に関するものだったのです!!普段、経営学の論文なんて気に留めたこともなかったのですが、「ロボット会社経営のイノベーション」に関する論文なら話は別です。ざっとですが、目を通してみました。私の理解が合っているかは怪しいのですが、

・調査対象:産業用ロボットメーカ124社(日本78社、米国27社、欧州19社)
・対象期間:1985-1996
・知の深化(Depth)の指標:特許出願における引用文献が過去5年で平均して何回繰り返し引用されているか
・知の探索(Scope)の指標:特許出願の新しい引用文献の割合
・イノベーティブな会社の指標:新製品の数(1898製品)

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「知の深化・探索が、本当に特許の引用状況から見えてくるのか?」とか、「イノベーションの指標は新商品の数という量的なもので良いのか?」というと、100%同意という感じではないですが、少なくとも有用な指標になりそうな気はするので、指標の妥当性の議論はここではしないこととします。

そして、研究の結果としては、

1.知識の探索幅(Scope)を広げると同時に特定の知識を深化(Depth)させることに成功した企業が、最も優れたイノベーションの成果を上げる
2.知識の探索幅(Scope)を広げるほど、イノベーションに繋がる。ただし、幅を広げすぎるとイノベーション度が下がる可能性有り(調査対象のロボット企業程度のScopeの広げ方では問題にならない)

などが示されています。結果1などから両利きの経営の重要性が指摘されているのだと思います。

ただし、素朴な疑問として残るのは、

「そもそも1980年代後半から90年代にロボット業界にそんなイノベーティブな動きってあったっけ?」

ということです。ファナックや安川電機産ロボ各社の沿革を見ても、そこまでドラスティックな動きがあったわけではないと思います。要は既存事業領域の範疇の中で新しいプロダクトや新しい顧客価値を出していたのではないでしょうか。

色んな両利き

冒頭で書いた『知の探索』≒『新規事業の創出』、『知の深化』≒『既存事業の強化』に対する違和感は、たぶんこのあたりで、知の探索・深化というのは、産業用ロボットを作っている会社が、農業やりますみたいな必ずしも『全く新しい事業領域』に食指を伸ばすということだけではないのかと思います。両利きの経営が言っているのは、そういう完全新規事業だけでは無く、イノベーションノジレンマに該当するような既存事業領域内での新しい動き(産業用ロボットにおける協働ロボットみたいな話とかDCモータからACモータへみたいな話とか)も含んだ形でのイノベーションを対象としているのでは無いかと思います。

そう考えると、完全に事業領域レベルで新しいモノに挑戦しながら、既存の事業領域も強化するという本当に『ハイレベルでの経営』における『両利き』という話もあると思いますし、例えば、家電事業の中で新しいコンセプトの家電を産み出すという『中間レベル』での両利きという話もあるし、あるロボットの開発をする中で既存のセンサーの深掘りをしながら、新しいタイプのセンサを試してみるみたいな『現場レベル』の両利きという話も大事なんだろうなと思いました。

最後の事例まで行くと、両利きの「経営」というよりかは、両利きの『開発』となってしまうのかもしれませんが。笑

組織設計論として、両利きの経営ができるように既存と新規で組織を分けるとか、「知の探索」と「知の深化」をする部門で異なるマネジメントを徹底することなどが指摘されていますが、現場レベル、ミドルレベルで特に強く分けすぎない「両利き」というものも存在するのだと思います。

例えば、現在私も取り組んでいるパナソニック「Aug Lab」という活動は、自動化以外のロボティクスの価値ということで、新しく「感性価値」や「Well-being」に注力する取り組みですが、ある意味「ミドルレベル」もしくは「現場レベル」の両利きの経営&開発です。この場合、既存の自動化チームと同じ組織の中にいることで、お互いの考え方の違いを知ることで更に自分たちの価値を考えるキッカケになったりとか、技術的なシナジーが生まれることもあります。

というわけで、いろんなレベルで「両利き」というか、今までの深掘りと新しいコトへの挑戦を行っていくことが改めて重要なんだなと思いました。それらの適切な割合というのを考えることがメチャクチャ難しいと悩む毎日ですが、色々と挑戦していければと思います。

では、また来週~。

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安藤健(@takecando)

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安藤 健/ロボット開発者
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