定時先生!第5話 マメ
本編目次
第1話 ブラックなんでしょ
遠藤はすぐに、読めば読むほど不安に苛まれるだけだと気が付いた。しかし、その不安に反し親指は、まるで意志をもったかのように、画面をスクロールし続けた。
#教師のバトン 。教師の長時間労働問題を受け、文部科学省が教職の魅力発信を目的として立ち上げたプロジェクトで使用されたタグだ。教職志望者らに向け、現職の教員に働き方改革の好事例などを #教師のバトン をつけSNS上に投稿してもらうというものだ。だが、プロジェクトが始まるや否や、 #教師のバトン の投稿は、労働環境を嘆く学校現場の悲鳴と怒りであふれかえり、掲げられた理念が虚しく響く皮肉な結果となってしまった。
そして今、初任校での面接を終え、教師として歩み出す喜びを新たにしたばかりの遠藤に対し、手のひらの液晶から、あまりに黒く重いバトンが差し出されている。今更、採用辞退する気など遠藤にはない。このバトンは受け取る他ないのだ。ただー
ー俺はこのバトンを落とさずに走りきれるのか?
陸上で鳴らした遠藤であったが、このバトンを捌ける自信はなかった。
トイレの個室内でポスターを眺めていた遠藤は、一般下校時刻を告げるチャイムで我に返った。下校といっても、それは放課後活動がない生徒の下校時刻であって、部活動は今から始まる。
遠藤は大きくため息をつくと、膝に乗せたラケットを持ち直し立ち上がった。本当は明日の授業の教材研究がしたかった。1年目の遠藤には、授業技術や教材の蓄積など無い。日々翌日の授業準備に追われる状態である。
個室を出ると、遠藤と同期の、つまり同じ初任者の北沢がいた。
「ため息してた?大丈夫?」
「え、ああ、全然大丈夫。何でもないよ」
遠藤はラケットを脇に挟み、北沢と隣り合って手を洗いながら、そう答えた。北沢は遠藤の手元をちらりと見やる。
「マメ痛くないの」
「いや、痛い。石鹸沁みる」
「うわ、かわいそ」
遠藤の手のひらには、素振りで裂けたマメがある。最近は、コートの隅で新入部員に混じってラケットを振り回しているのだ。
遠藤はソフトテニス部顧問になっていた。競技経験など、もちろんない。