定時先生!第15話 変化
本編目次
第1話 ブラックなんでしょ
教師たちにとって、研修や出張は数少ない定時退勤のチャンスだ。定例研修会もそのひとつで、16時40分頃解散が一般的だが、今年の定研国語部会はかつてないほど早く議題が終了した。まだ15時30分だ。あまりに早く解散するのは服務規程上問題があるため、国語部員同士ざっくばらんに交流する時間がとられた。
遠藤には、特に話す相手がいなかった。同期にあたる1年目の国語科教員が会場のどこかにはいるだろうが、初任者研修も含めここまで全ての研修はオンライン上で行われ、遠藤には中島以外の話し相手はいなかった。
次々と誰かに話しかけられている中島を眺めながら、考えた。あれほど定時退勤にこだわる中島先生が、なぜ自ら発表者になったのかー
16時に解散が連絡されると、中島は雑談を切り上げ、速やかに遠藤と会場を後にした。遠藤は、まだ明るい時間に帰途についていることに悲しい違和感を覚えながら、中島の小さな車の助手席に座った。
そして、疑問の核心に遠いところから質問することにした。
「行きの車でおっしゃってた、家庭学習ノートをやめた理由は、時間がないからと、あとは何ですか」
「あー。あの時はコンビニ着いてその話、端折っちゃったね。それはね、生徒の学習を縛ると思ったから」
「縛る?学習内容は生徒が自分で決められますよね」
「まあね。でも、クラスや学年単位で取り組ませようとしたら、ルールを決めるでしょ。提出忘れは放課後居残りとか、びっしり余白なく1ページ書かなきゃダメとか」
「…その通りです。しかし、そうしないと、例えば、英単語たった10個を1ページに大きく書いて出してくるような生徒が続出しちゃいます」
「確かにそうなったら無意味だけど、適切に空白行を入れてまとめた方が理解しやすい生徒もいるはずだよね。取り組み自体は学習向上が目的なのに、ルールが学習の妨げになってる。あと、俺たちの負担もある。ルール違反を指導する労力とか、放課後居残りにつく時間とかね。」
「…じゃあ、どうすれば」
「俺は家庭学習記録票にしてるよ。A4一枚の厚紙でね。やった内容を簡単に記録させるだけ。漢字1時間とか。勉強できる生徒は好きなように学習を進められるし、何勉強すればいいかわからないような生徒にだけ、例えば漢字書き取りを指示してあげればいい」
「記録票だけ毎日提出ですか」
「そう。それで、三者面談のときに保護者といっしょに記録票を確認する。提出してこない生徒はそこで指導できる」
「この生徒は絶対こんなに勉強してない、みたいな虚偽申告が疑われる場合はないですか」
「あるよ。そんなときでも、三者面談で、お子さんこんなに家庭学習してすごいですね!とか言うね。そうすると、本人ずっと下向いてる」
「あはは、それ気まずい」
「そして、時代。タブレットで学習した方が効率が良い生徒もいるんじゃないかな。その生徒にとってノートで提出させるのは無駄だよね」
「たしかに」
「家庭学習ノートの取り組みって随分前からあるみたいだけど、始まった当時は理にかなったシステムだったんだと思う。でも、時代が変わってもそのままのシステムを維持しようとしたら、その分誰かに負担が生じてしまう。これは家庭学習ノートだけじゃなくて、学校のあらゆることに言えるんだ。だから、俺達学校は、変化しなきゃいけない」
「変化…?」
「でも学校は、その変化ってのが一番苦手なんだ」
悪印象を抱いていたはずの中島の話に、知らず聞き入る遠藤がいた。