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1-3.生命誕生の舞台:特別展「海 ―生命のみなもと―」見聞録 その03

2023年08月12日、私は国立科学博物館を訪れ、一般客として、特別展「海 ―生命のみなもと―」(以下同展)に参加した([1])。

同展「第1章 海と生命のはじまり 1-3 生命誕生の舞台」では、太古のホワイト チムニーの模型とロストシティ熱水域(水深約800m)が展示された([2]のp.26-27)。

チムニーは、1977年に赤道直下のガラパゴス諸島沖の太平洋海膨で米国の潜水調査船「アルビン号」により発見されて以来、太平洋、大西洋などのプレート境界部分といった、地殻変動が活発な場所で多く発見されている。

チムニーから噴き出される熱水には、黒、灰、白、透明と様々な物があるが、その中で最も温度が高いブラック スモーカーで最高400℃にも達する。そのうえ、硫黄の化合物、メタン、重金属など、通常の生物にとっては有害な物質が多く含まれている。しかし、チムニー周辺では、噴き出される熱水に含まれる化合物をもとに有機物をつくる微生物がいるために、チムニー周辺には有機物がほかの海底よりも多く存在する。その有機物を求めて、多くの生物がチムニーに集まって、化学合成生物群集を形成している。

チムニー周辺の環境は、地球が誕生して間もない頃の環境とよく似ていると考えられている。チムニーやそこに集まる生物を研究することは地球上に生息する生物がどのようにして生まれてきたのかを考えるうえでもとても重要なことである([3])。

2000年、大西洋中央海嶺付近のアトランティス岩体で、既知のどの海底熱水噴出孔とも異なる全く新しい種類の熱水噴出孔が発見され、「ロスト シティ(Lost City)」と名付けられた。この熱水噴出域には、比較的低い温度(50~150℃)のアルカリ性の熱水を噴き出す巨大なチムニーが林立している。研究の結果、これらの熱水噴出孔では、かんらん岩(マグネシウムと鉄に富むマントル物質)が海水と反応して蛇紋岩へと変質する「蛇紋岩化作用」が起きていることが明らかになった。この反応では水素分子(H2)が生じ、熱水がアルカリ性となることで、炭酸塩に富む白色のチムニーの成長が促進される。蛇紋岩化作用ではまた、ギ酸塩、酢酸塩、ピルビン酸塩など、さまざまな有機分子が生成する。こうした有機分子は、ロスト シティに見られる高密度の微生物群集を育むのに重要な役割を果たしている可能性があり、生命の誕生につながった生化学的な段階でも使われた可能性がある。

地球微生物学者Bénédicte Ménez(パリ地球物理学研究所、フランス)らは、アトランティス岩体の海底下170m以深から回収された岩石試料の詳細な分析を行った。その結果、高分解能の画像化法、分光分析法、質量分析法による解析の全てで、芳香族アミノ酸である「トリプトファン」の存在を示すデータが得られた。このアミノ酸は遊離型で存在するとみられ、同じ試料領域に海洋溶存有機炭素や深海微生物の痕跡は一切認められなかった。これは、調べた岩石試料が周囲の海水で汚染されておらず、検出されたトリプトファンが微生物由来ではないことを示している。また、トリプトファンが検出されたのが鉄に富むサポナイト(熱水変質作用で生じる粘土鉱物)の中であり、サポナイトは有機合成反応の優れた触媒であることから、Ménezらはこれらのトリプトファンが、サポナイトを触媒として「フリーデル・クラフツ反応」と呼ばれる芳香族置換反応によって生成した可能性が高いとしている(図03.01,図03.02,[4][5])。

(a)模型。
(b)解説。
図03.01.約38~35億年前 初期生命誕生の場?:白い熱水噴出域。
(a)実物。
(b)写真。
図03.02.炭酸塩チムニー Carbonate chimney。
大西洋 ロスト シティ熱水域(水深約800m)。
所蔵:ETH Zurich。

国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)超先鋭研究開発部門 超先鋭研究開発プログラムの渋谷岳造主任研究員と高井研部門長は、「前生物的化学進化は、海底熱水系で発生・貯留される液体や超臨界状態のCO2の存在によって促進された」とする、生命の起源を解く重要なヒントとなる「海底熱水-液体/超臨界CO2仮説」を発表した。

生命誕生の場に関する科学的考察は、干潟説、海底熱水説、陸上温泉説、宇宙飛来説等多くの仮説が提唱されている。中でも海底熱水系は、生命が代謝を開始・維持する条件が整っていることや、宇宙線などの地球外からの致命的な影響を受けないなど、生命誕生の場として際立った有利な条件を持っていると考えられている。その一方、海底熱水系は海水で満たされており、化学的に合成された生命の誕生に必要な有機物や生体高分子が水によって分解されやすく、前生物的化学進化が困難であるという「ウォーター・パラドックス」とよばれる欠点が指摘されてきた。

そこで本研究では、1)現在の深海底には非常に稀ではあるものの、熱水噴出孔(チムニー)周辺や海底下に液体/超臨界CO2を貯留する海底熱水系が存在すること、かつ、2)液体/超臨界CO2は多くの有機物を溶かすものの水はほとんど溶かさないという化学的特性を持つことを考慮して、生命が誕生した40億年以上前の原始地球にも液体/超臨界CO2を保持する海底熱水系が存在し得たかどうか、そしてそこで化学進化が起こり得たかどうかを既存の研究成果に基づく理論的考察によって検証した。その結果、現世の海底熱水系の海底下で液体/超臨界CO2が発生し保存されるメカニズムや、35億年前の海底熱水系でも液体/超臨界CO2が発生していたことを示す地質記録が複数存在することなどを明らかにした。

このことは、生命が誕生した原始地球においても液体/超臨界CO2を貯留する海底熱水系があった可能性が極めて高いことを示している。そして、本研究では「海底熱水-液体/超臨界CO2仮説」を提唱するとともに、液体/超臨界CO2を貯留する海底熱水系では、水の中では起こらないような化学進化における重要な化学反応プロセスが起こりやすいことも予測した。

この「海底熱水-液体/超臨界CO2仮説」は、これまでの海底熱水説の弱点である「ウォーター・パラドックス」を克服するだけでなく、化学進化を効果的に促進する生命誕生の場として全く新しい概念を提供する仮説になる。今後、液体/超臨界CO2を使った室内実験や海底下に液体/超臨界CO2プールが広がる沖縄トラフ熱水活動域などの調査研究により、この仮説の検証を行っていく予定である([6][7][8])。

生命誕生に関する最新研究は実に興味深いとしか言いようがない。

また、先日読破した『生命の起源はどこまでわかったか:深海と宇宙から迫る』は参考文献2のp.24-27の内容を詳細に解説するものである([9])。



参考文献

[1] 特殊法人 日本放送協会(NHK),株式会社 NHKプロモーション,株式会社 読売新聞社.“特別展「海 ―生命のみなもと―」 ホームページ”.https://umiten2023.jp/policy.html,(参照2023年11月27日).

[2] 特別展「海 ―生命のみなもと―」公式図録,200 p.

[3] 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC).“海底からつき出す煙突~ 熱水噴出孔 チムニー”.海洋研究開発機構 トップページ.JAMSTECニュース.2007年.2007年06月01日.https://www.jamstec.go.jp/j/jamstec_news/20070601/,(参照2023年12月04日).

[4] シュプリンガー ネイチャー・ジャパン株式会社.“岩石と熱水によるアミノ酸合成”.Nature Japan ホームページ.Nature ダイジェスト.Vol. 16 No. 3.News & Views.https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v16/n3/%E5%B2%A9%E7%9F%B3%E3%81%A8%E7%86%B1%E6%B0%B4%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%8E%E9%85%B8%E5%90%88%E6%88%90/96424,(参照2023年12月06日).

[5] 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC).“国際深海科学掘削計画(IODP)第399次研究航海の開始について~生命誕生場の探索:アトランティス岩体掘削~”.海洋研究開発機構 トップページ.プレスリリース.2023年04月11日.https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20230411/,(参照2023年12月06日).

[6] 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC).“生命の起源を解く重要なヒントとなる「海底熱水-液体/超臨界CO2仮説」の提唱”.海洋研究開発機構 トップページ.プレスリリース.2022年11月16日.https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20221116/,(参照2023年12月06日).

[7] 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC).“最初の生命はどこで生まれたのか? 謎の解明に迫る「新説」とは ~「液体/超臨界CO₂仮説」 前編”.JAMSTEC BASE トップページ.記事.JAMSTEC探訪.2023年06月26日.https://www.jamstec.go.jp/j/pr/topics/explore-20230626/,(参照2023年12月06日).

[8] 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC).“生命は深海底で生まれたのか!? ウォーター・パラドックスを解決する新説 ~「液体/超臨界CO₂仮説」後編”.JAMSTEC BASE トップページ.記事.JAMSTEC探訪.2023年06月26日.https://www.jamstec.go.jp/j/pr/topics/explore-20230626-2/,(参照2023年12月06日).

[9] 高井 研 編集.生命の起源はどこまでわかったか:深海と宇宙から迫る.第1刷,株式会社 岩波書店,2018年03月15日,208 p.

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