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琥珀

 2年前の1月1日。
 その日に自分が何をしていたかなんて、覚えているはずもないと思いながらも、記憶を辿る事を止められなかった。何らかの記録を残しておく癖があれば話は別だが、生憎私はその手の事をやってもいつも三日坊主。残っているなんて奇跡だ。
 アルバムにはしっかり残っていた。コロナ禍明けの1月1日。

箱根浅間山。思えばこの日から色々な事が変わった。

 変わろうともがいていた日々。自分自身のパーツを一つ一つ付け替えて、全く別の、全く違う人間になろうともがいていたそんな日々。

 2年なんてあっという間。
 だが改めて知るには、2年という月日は遅過ぎた。



 2日間泊まりがけで久しぶりに都内を訪れ、バーを巡り歩いていた。どれも初めてのバーだったので新鮮で真新しい。けれども都内のバーは割といきつけていたバーも多かったので、横の繋がりで話は弾む。そして関東圏内に住んでいた時に私がいきつけていたバーの話になった時に、初めて2年前、何があったのかを知った。

 当時住んでいた地域に、ずっといきつけていたバーがあった。仕事のこと、趣味のこと、そして同じく飲食業界に身を置く大先輩として幾度となくお話させていただいたそんなバーのオーナーが2年前の一月一日、この世を去った。

 どうしてその時期、全く訪れなかったのか、どうして2年経って、彼の地を離れてからそれを知る事になったのか、後悔や不義理はあまりにも大きい。
変わる事は何かを捨てる事。だとしてもだ。
 LINEもFacebookもインスタも繋がっていた。それだけの繋がりもこういった事態には全く意味を為さない。ただ音もなく途切れた。もう30代後半に差し掛かり、得るものより喪うことの方が多くなる年齢だとは知っていたが、それがこんな形で訪れるとは思っても見なかった。

 かっこいい大人から去っていく。
 オーナーは常連に常に愛されていて、一回りも歳が離れていたが、年齢を感じさせないような人だった。そしてバーのオーナーバーテンダーとして洗練された所作、振る舞いを持っていながら、仕事外ではいい感じで酔っている。そんな抜け感のある人だった。
 知識や経験が情報量で埋まり、ロールモデルとすることができる大人は、今の世の中本当に少ないと思う。ひょっとしたら上司だって手放しに尊敬できることなどなくなってしまったのかもしれない。そんな時代の中、唯一と言っていいほど大人として尊敬出来た方だった。

 話を聞いた翌日、久方ぶりに通っていたバーに足を運んだ。
店を引き継いだ現オーナーバーテンダーと、長年の無沙汰を詫つつ、前オーナーを偲んで杯を重ねた。たった2年、されど2年。変わったことはお互いに多々ありながら、仕事の合間合間に近況を伝えあった。店が変わらずにそこにあり続けることは本当に有り難いことで、繋ぎ続けることに想いを馳せた。そんな夜となった。

 去っていく人を思うたび。
 今の自分の足元が覚束なくなる。
 一体何をしているのか。
 自分は前に進めているのか。
 若き日に思い描いていた大人になれているのか。
 それこそ睡眠以外のほぼすべての時間を仕事に捧げてまで。
 それで何を造れているのか。何を残せているのか。
 そんなことの答えはどこにもないことも随分前から知っている。
 今、私は36の齢を迎えたが、世の中の大人と言われている人々とはあまりにもかけ離れている。
 ただ歩み続ければ堂に入るのか、そうではないのか。未だ見当もつかない。ただ流れに身を任せるだけと悟っていても、心の奥底は惰性で続く毎日に膿んでいる。

 身を置く場所はどこなのか。
 誰を想って生きるのか。
 収まるべき自分はどこにいるのか。
 まだ全然、見えてこないな。

 幾つになってもずっと動き続けた彼の人も、きっと分かってはいなかったのだろう。
 私はバーに訪れオーナーと言葉を交わすたび、その挑戦的な姿勢や学び続ける事を知り、しっかりと感化されていた。そして本質を見失わない事も。

 自分の番が回って来たのかもしれない。
 意欲的に学び続け、前に進み続ける。好奇心を持って様々な世界を見て周り、形にする。
 そんな時にロールモデルとなる方が居ないのはちょっと寂しい気持ちもあるが、手探りながらもしていかなければならないのかもしれない。

 流れに身を任せ、なすがまま。

 現オーナーからそんな言葉をいただいた。
現に今はそうなったのかもしれないが、その間にどれだけの葛藤や苦悩があったのかは計り知れない。
 今の自分だってきっとそうだ。
しかしそれはどこかへ繋がっている。今はそれを信じて、歩むしかない。

 また帰ってくるよ。その時はもっと大人になって。

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薄情屋遊冶郎
サポートはお任せ致します。とりあえず時々吠えているので、石でも積んでくれたら良い。

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