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教#065|自分の人生の半分が、そっくり消えたと云う喪失感は感じた~マンガで分かる心療内科を読んで⑤(たかやんnote)

 私の母が、認知症になったのは、85歳の冬です。長い時間をかけて、少しずつ呆けて行ったわけではなく、ある日、突然って感じでした。母のすぐ近所に住んでいた世話役さんは、一週間くらい前から、ちょっと様子がヘンだったと、言ってました。私が、10日ほど前に会った時は、普通でした。

 母は、私の家からは少し離れた所で、一人暮らしをしていました。ある日の夜、三鷹警察から電話がかかって来ました。
「あなたの母親が、路上で徘徊していたので、保護した。現在、病院で看護をしている」と、言われました。びっくりして、女房と二人で、病院に駈けつけました。談話室で看護婦さんに付き添われて、車椅子に座っていました。母は、私のことを、まったく認識できませんでした。どこの誰だか分からない二人がやって来て、自分をどこかに連れて行こうとしていると、考えたんだろうと思います。

 車椅子に座っていましたが、普通に歩けました。取り敢えず、私の自宅に連れて帰りました。母に対して、一番、親切で優しかったのは、私の女房です。献身的に母の介護をしてくれました。私は、お世辞にも、母に対して、優しかったとは言えません。母の方も、どこの誰だか、解らない私を、敵視していました。

 私が大人になってからは、母とは距離を置きながら、あたり障りなく過ごして来ました。特に結婚してからは、小さなことでも、揉めないように努力していました。私と母とが揉めたら、間に入った女房が苦労をします。大変でしたけど、早朝から席を確保して、小学校の運動会には、毎年、母を呼んで来てもらっていました。子供と孫に囲まれた、普通に幸せなおばあちゃんに見えたと思います。母は、孫たちを愛していましたし、女房とも仲良く付き合っていました。私と母との間にだけは、どうすることもできない、隔たりがありました。

 母が認知症になって、子供の頃の険悪だった人間関係が、復活したと感じました。母は、子供が嫌いでした。自分の実の子供である、私のことも嫌っていました。あれだけ、愛していた孫たちも、もう愛せなくなりました。かと言って、昔の母親に戻ったと云うわけでもありません。私の母親と云うより、本人の自分自身の人格が、分裂してしまっているんです。

 一人息子の私は、当然ですが、母を知り抜いています。母も私も、歳を取って、お互いに人間が、それなりに穏やかに、丸くなりましたが、本質は変わってません。本質にオブラートを被せて、如才なく、要領よく、生きて行こうとするスキルを、大人になる過程のどこかで学びます。私が、当たり障りなく接するので、母もそれに応じて、当たり障りなく、私に対応していたと、多分、言えます。私と母との間で積み上げて来た、60年くらいの歳月のあれこれが、母が認知症になって、全部、チャラになったと感じました。私が子供の頃に経験した地獄と云うか修羅場を、さっさと捨て去っておいて、私に対する嫌悪感だけは、忘れてないと思いました。自分にとって都合よく、人生の最後を迎えようとしているようにも見えました。飲み会とかは、先に酔っぱらったもの勝ちです。大酔いして、大暴れする奴が、出てしまうと、あとの人間は、妙に冷めてしまって、追随できなくなります。先に認知症になったもの勝ち、そんな風なことも思いました。認知症が、幸せなのか、or notなのか、それは解りません。が、母が認知症になってしまったので、自分は、絶対に認知症にはならないと、決断しました。母親のようには絶対にならない。認知症になるかならないかぐらいは、自分の決断と意志で、コントールできると確信しています。

 認知症になってからの母の人格は、明らかに分裂していました。母親になる前の自分に戻ったとかではありません。私は、私の母になる前の母を知りません。が、それは、before母と云うだけのことで、人格の本質には変わりはない筈です。母は、明らかに別の人間になっていました。それも、複数の人間です。母は、誰に話すともなく、勝手に喋っていました。私の子供の頃の記憶を総動員して、今、この瞬間の母は、母に一番似ていたと言われていたF叔母さん(本当は母がF叔母に似ていたと言うべきですが)じゃないかと、類推しました。また、別のある時、F叔母さんとはまるで違う、強烈なおばさんに変身していました。この濃さ、このエネルギー、逞しさは、母よりもはるかにスケールが大きいと感じました。今、母が演じているのは、母の母のKさんだと確信しました。Kさんは、母が小学校4年生の時、肺炎で死んでいます。Kさんは、ファミリーの全体を統括していたゴッドマザーだったそうです。ゴッドマザーには、統率力、リーダーシップがありました。ゴッドマザーの子供は4人(一人は私が敬愛していたJ叔父です)いました。誰一人、ゴツドマザーの統率力も、懐の深さも、受け継いでません。

 子供たち4人は、Kさんに少しも似てません。つまり、私も母とは、結局は、似てないと云う風なことだと、勝手に想像しました。死んだ伯母が生きていて、母の人格が分裂した状態をwatchingすれば、これは○○、こっちは△△と、一人一人、指摘して分析してくれたんだろうと思います。が、まあ、伯母が死んだから、妹の母が順番に死んだんです。伯母が死んだ時、荒川の葬儀場で母は「姉(ねえ)やん。直に行くきに、まっちょきや」と、棺の中の顔を見ながら、号泣していました。

 その他、私の知らない人物が、少なくともあと3人、登場しました。ただ、まあファミリーの関係者の誰かです。母の祖母の代にまで、遡れば、母が人格を演じたくなる人物は、結構、いる筈です。血のつながりのない、まったくの他人を演じている様子は、ありませんでした。私の祖父のニシモリファミリーより、祖母のKさんファミリーの血と影響力が濃いと感じました。が、私が感じたことを、証明してくれる人も、気持ちをshareしてくれる人も、残念ながら誰もいません。

 母が、最後にどの人格で死んで行くのかと云うことには、興味がありました。最後は、自分の母に戻って欲しい、そういうことを期待していたかどうか、自分には解りません。が、結局、親に死に目には会えなかったので、そこは解らず終いでした。母が、死んで、自分の人生の半分が、そっくり消えたと云う喪失感は間違いなく感じました。

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