謎の人物「田中」は、本当に仮病で休んでいるのか?
「クビにならない」これを目標に掲げ、私は一生懸命に働いている。あらゆる目標の中で最低クラスの目標かもしれない。
3ヶ月の試用期間さえ乗り切れれば、目標はほぼ達成できるはずだ。正式な社員は、そうやすやすと解雇されないだろうから。
私の支えになっているのは、同僚の田中さんの存在である。実は田中さんとは、まだお会いしていない。本当に「存在」だけが私の支えになっている。
決してミステリーやホラーではない。現実的な理由がある。
田中さんは、会社を1ヶ月以上も欠勤している。しかも明確な理由もなく長期欠勤している。不透明な体調不良を理由に、日々しのいでいるのだ。
田中さんは、特に仕事ができるタイプではないらしい。それでも解雇されていない。この事実こそが私の支えになっている。なんやかんやクビにならないんじゃないだろうか。
田中さんの存在を知ったのは、毎日送られてくる全体メールがきっかけだった。
おはようございます。
昨日に続き、何とか出社できるよう療養に努めています。今朝の時点では体調が戻りません。
近日中には何とか出社したいと思っております。様子をみて、本日もお休みさせていただきます。
このコピペが毎朝8時に必ず届く。みなさんはこのメールをどう思うだろうか。
私は仮病を勘ぐってしまった。そして仮病であるのを前提に、メールの内容を批評した。
田中さんのメールは、仮病で休むときの文面として割と良い。
仮病で休むときは「会社に来たい意思」を相手に感じさせなくてはならない。田中さんのメールからはそれが十分に感じられる。
「誠実さ」の観点からいえば、コピペなのはマイナスポイントである。
しかし「労力」の観点からは評価できる。仮病のためのメールに、労力を費やすのはかなりの悪手だ。
せっかく仮病で休むというのに、なにを朝から頑張っているのか。誰よりも労動してしまっている。
田中さんは必ず朝8時にメールを送っている。これは高評価。会社を休む報告は早ければ早いほど良い。相手にとってではなく、自分にとってである。
仮病の休日は、会社へメールを送った瞬間から始まる。逆にいうと、それまではまだ休日ではない。
「休もうかな、どうしようかな」とモヤモヤしているうちは、まだ休日を体感していないはずだ。休日を体感するまでは、真の休日ではない。
会社にメールを送ってしまえば、モヤモヤはたちまち解消する。まるで日曜の朝のような晴々とした気分になるだろう。
1日は短い。どうせ休むなら一刻も早くそんな気分を味わうべきだ。陰鬱な気分は心身の毒である。
心身に毒を抱えている状態は、もはや体調不良と呼べるかもしれない。
「会社に行きたくない」そんな陰鬱な状態を「良好」とは言い難い。会社を休み、晴れて良好になるのである。会社を休むまでは、本当に体調不良なのだ。特効薬が「会社を休む」だっただけである。
そう考えると、田中さんは仮病ではない。
会社を休んで飲み屋にいたとしても仮病ではない。野球をしていたとしても仮病ではない。
ガッツあるヘッドスライディング。決死のダイビングキャッチ。そんな好プレイを連発していたとしても、やはり仮病ではないのだ。
9回裏ツーアウト、サヨナラホームランで勝負を決めたとしても同様だ。
ホームランを打てるのに、会社を休んだのではない。会社を休んだからこそ、ホームランが打てるのだ。会社にいてはバットも振れない。
それではみなさん、明日もお仕事がんばりましょう。