ネタバレあり:キャッシュフロー命!『奇迹 Nice View』2014年の深圳を舞台にした若きスマホ修理人の映画 「創客兄弟 Maker brothers」「照相師(The Photographer)」に並んでメチャメチャ良かった!
人類史上最速で発展した深圳はドラマに満ちた場所で、深圳の姿を投影した映像はどれも名作だ。僕も照相師(The Photographer)や創客兄弟 Maker brothersについては記事を書いているし、WIREDのFuture City深圳(バニー・ファンが解説してる)は今もよく見る。深圳が画面に写ってるだけで楽しい。
そんな快作がもう一本、しかもきちんとしたプロダクションの映画として公開された。「奇迹 Nice View」だ。
映画のトレイラー、配役などはFalさんが以下のツリーでまとめている。
Falストーリー(以下ネタバレあり)
主人公の景は、心臓病の妹を見ながら、1人だけの小規模なスマホ修理屋を営んでいる。生活はカツカツで、家賃も滞りがちだ。本当は大学に行きたかったが、妹がもう少し成長したら手術が受けられるようになる。そのためにカネが必要だ。
あるとき景は、「中国大手メーカー(名前忘れた…ここではHOGEとしておく)から欧州向けに出荷されたが動作不良で返品されてきた」という不良スマホの山を前に、「これを再生させれば大儲けできるぞ、買い取らないか?」という誘いを受ける。壊れたスマホを調査して「見込みがある」と見た景は、店を担保にして5万元を借り、不良スマホを買い取る。うまくいけば4ヶ月で80万元だ。
ところが、その後深圳政府が山寨スマホの大規模な取締を始め、景の再生スマホは行き場を失う。店も借金のカタにとられてしまった。
困った景は一か八かHOGE社に突撃し、拒む秘書の壁をド根性で突破して、出張に向かう高鉄の中でCEOと直談判する。
「自分が完璧に再生させるから、正規品として引き取れ」と迫る景に、裸一貫で大企業HOGEを作り上げた苦労人であり商売人でもあるHOGE社のCEOは、「きちんと第三者機関の品質をみとめさせるような再生ができて、品質合格率が規定以上なら、破格の金額で全品引き取ってやる。ただし、容易いことではないから、前金は出さない。期間も切らない。」と約束する。
リスクを背負って大ビジネスを掴んだ景はスマホを解析し、修理マニュアルを完成させ、亡き母の友人を説得し共同創業者として、廃コンテナを工場としたスマホ再生工場を設立する。難易度の高いスマホ再生のため、いずれも一癖あるがスキルの高い工員を揃えた景は、工場の資金繰りのために危険な高層ビル窓拭きなどの仕事をこなし頑張るが、資金繰りの悪化で家賃も払えず、工場で寝泊まりするようになる。バイクや家具も売り払った。
きびしい資金繰り、不安そうな妹、その中で喜ばしい工員の結婚式など悲喜こもごもの工場運営を続ける景に、さらなる苦難が襲いかかる。スワトウでスマホを溶かして貴金属を回収する違法業者が、台風に紛れて景の廃スマホを盗みに入ったのだ。彼らを捉えて警察に突き出すことは成功したが、アクションで景は負傷し窓拭きができなくなり、工場の運転資金が確保できなくなる。
絶望する景の前で、工員たちは「賃金は完成後でいい。工場のスペースは、俺達の家を使えばいい」と申し出る。工員たちのサポートで、景たちは見事にすべてのスマホを修理する。
納品後、再びHOGE社CEOのもとを、今度はすべての工員と共に訪ねた景。工員たちを不信がるCEOに、景は「彼らはパートナー(株を持ってる共同経営者)」と紹介する。
CEOは景に、スマホの品質合格率は85%を無事にクリアしたことと、有望な新興企業として巨額の取引を申し出る。
景は「今度は前金ありですよね?」と聞き返し、CEOは応じる。
そして、映画のエンディングで景は巨大なスマホメーカーの社長となり、工員もそれぞれ自分のビジネスを立ち上げて成功していることが紹介される。
ストーリーについてのヒアリングは村谷さんに助けてもらいました
「創客兄弟」と違う、正統派の名作。文句なしの映画
僕は創客兄弟が大好きだ。この映画「奇跡」より好きかもしれない。でも創客兄弟の良さは、むしろ低予算だからこそ生まれた华强北の街をそのまま使ったロケや舞台装置にある。なにしろ、ラボもロボットも本物だ。そして「映画っぽい」シーンになるとウソっぽくなる。エンジニアもアメリカ帰りの博士もあまりそれっぽく見えない。機械やパソコンを弄ってる画面もおっかなびっくりだ。
それに対して「奇跡」の俳優陣はすごい。苦労人で成功者のCEOも、インテリの秘書も、それぞれ一癖ある工員たちも、それぞれ映画的に完璧だ。コンテナを使った仮設工場や単管を組んだ仮設テントでの素朴な結婚式なんか、2014年の深圳でロケするのは宝安ですら難しい(恵州との境とかならあるかもしれないが、わざわざ単管で結婚式場建てなくても、深圳にはいくらでも安くて巨大なスペースがある)でも、あの映画ではああでなくてはいけない。
劇中の契約も、メーカー/製造業者が外部から廃スマホを買い取ることはありえない(販売会社ならありえる。メーカーでも担当者との癒着しての不正ならあるかもしれない)。また、単機能の部品でUSBケーブルのようにカンタンに検品で跳ねられるようなものならともかく、スマホのような複雑な製品で85%という品質基準もありえない。100個に15個が不良なら、とても売り物にならないだろう。実質ゼロとおなじだ。
さらに、景がマニュアルを作り、工員が実施するだけなら、テストのパターンもわかっているはずだし、85%という不良を出すほうが難しい(ロットごとに全品ダメかOKになるはずだ)
でも、それも映画に必要なもので、突っ込むのは野暮というものだろう。
一方で工員がハンダゴテや電動工具を持つシーンは、きちんと板についていた。
ちゃんとした映画なので、(創客兄弟よりも)海外公開を期待できる。深圳番「3 idiot(きっと、うまくいく)」になってほしい。あれも自殺など、インド社会の問題を反映した名作だった。
この映画のテーマ:投資とキャッシュフロー
この映画の最大のテーマはキャッシュフロー(資金繰り)だ。キャッシュさえあればもっと余裕ある仕事ができてムチャをしなくてすんだし、あらゆる問題はキャッシュの欠如で起きている。登場人物が全員、ビジネス的には合理性がある判断をこなしているのがこの映画のリアルさを生んでいる。
主人公を留める共同経営者も、見込みがあるかないかだけを気にしていて、危ないからやめろとは一言も言っていない(安全第一と諭すシーンは、まさに資金面での安全だ)。それを説得し、「4ヶ月で80万元」の夢に飛びつき命をかけた努力をする景が、資金繰りキャッシュのために高層ビル窓拭きアルバイトをするのもリアルだ。
HOGE社CEOの「最初の取引ではソンしても構わない、100万だって出してやる。だが前金を出さない」は、まさにキャッシュがあるからできる話だ。そして最初のハードルを超えたらいきなり実のある取引を始めようとしている。秘書が留めたがCEOがOKしたのは、まさにリスクを取れる幅がCEOのほうが大きかったからにすぎない。
廃物回収業者が台風の番にゴミ同然の廃スマホを盗みに入り、人がいたことでさっさと逃げ出したことも、彼らなりのリスクのとり方がわかる。あの廃スマホは、「誰が見ても価値がある」ものじゃないのだ。
最初は文句を言っていた工員が、ゴールが見えたところで景への出資(株を引き換えにしたタダ働き、つまりストックオプションみたいなもの)に踏み切ったのもビジネス的に合理的な判断といえる。そして、普通程度の能力しかないはずの工員たちも、タネ銭さえ確保すればそれぞれビジネスで成功できるというのは、特別な人間が成功するのでなく、チャンスに投資した人間が成功するという深圳の価値観を見事に表している。
これが日本の映画だったら、「特別な人間だから成功した」というストーリーになっていたかもしれない。中国の映画は法律のシーンになるとトタンに胡散臭くなるが、日本の映画はビジネスのシーンになると胡散臭くなる。
プロパガンダかも?と感じたところ
・誰でも投資はできる。投資をしてチャンスをつかもう
・田舎もんぽさを出すシーンは広東語
・大学修士でも、ビジネスの判断は叩き上げにかなわない(一方で主人公が「妹の面倒を見なくてよければ大学に行きたかった」というのも、ガリ勉はダメだが勉強は大事というメッセージで良かった)
・違法な商売は儲からない
(2014年なら山寨スマホいくらでもあったし、スワトウの鋳潰し貴金属とりもたくさんあったはず)
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深圳で見たり考えた、ふわっとしたこと
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