卵2個分の小窓
縦スクロールの絵本を思いつく前に、1年ちょっとの助走期間がありました。
2014年3月。
とある美術館のカフェ。
テーブルでスマートフォンに集中する若いお母さんと、向かいの椅子で足をぶらぶらさせている4歳くらいの女の子を見かけたんです。この親子が横並びにすわって一緒に読めるスマホ絵本があるといいなと思いました。
で、帰宅後すぐに調べてみた。
Kindle絵本やキッズ向けアプリはすでにいろいろありました。が、どれもまるで豆本のようです。スマホだと読みづらい。「タブレットでお読みください」とわざわざ注記してある絵本アプリもありました。
試しにサン=テグジュペリの『星の王子さま』をダウンロードすると、うわっ、ゾウを飲みこんだ大蛇の挿絵がこんなに小さい。しかも絵の下に謎の余白が。
作ってみよう、スマホ絵本
絵本は伸びやかさが醍醐味ですよね。
大きなページを開くたびに、紙からあふれ出さんばかりの絵が子供の視界を埋めつくすあの感じ。おとなになってもおぼろげに覚えていたりします。
童話も挿絵が大事です。
くまのプーさんやナルニア国ものがたりのように、文章と響き合うように美しくレイアウトされた挿絵は私たちを物語の中へ引き込みます。
世の中にタブレット用絵本しかないのなら、スマホ絵本を自己流で作ってみようと思い立ちました。
そして、自分のiPhoneを見てすぐに後悔。
画面、小っさ(笑)
私のiPhoneは4インチディスプレイ(約89×50mm)。卵2個分しかありません。
小画面でも読みたくなるような絵本が、はたして作れるのか。こいつはチャレンジになりそうです。でも、作れたら面白いだろうなと思った。
Romancerで試作三昧
試行錯誤が始まりました。
文字の大きさ。絵の見せ方。ページあたりの情報量などなど。
この時とてもお世話になったのが株式会社ボイジャーの無料投稿サイトRomancerです。試作品を投稿しては友人たちに見てもらい、意見を求めました。納得できる作品はなかなか生まれませんでしたが、そのうちのいくつかは後年、縦スクロールの絵本へとつながっていきました。
2015年7月、ボイジャーの萩野正昭さんからお誘いいただき『電子出版EXPO』(東京ビッグサイト)の同社ブースで講演させていただいたのは楽しい経験でした。画面左が萩野さん、1990年代から日本の電子出版を牽引してこられたレジェンドです。
2つの問題を一挙解決
美術館カフェでスマホ親子を見かけてから早1年。スマホ絵本づくりはまだ難航していました。
問題は画面の小ささだけじゃない。
もうひとつあったんです。
画面の縦横比がまちまち(!)
スマホの機種によってディスプレイの比率がちがう。フルスクリーン表示したくても余白ができ、絵が小さくなります。しかもSNSから飛ばすと絵の一部が欠けてしまう。困りました。
電子本のテキストは液体のようにどんな画面にもすっきり収まります。ところが画像は硬直したまま縮こまって表示されてしまう。スマホと絵本、どんだけ相性悪いねん……と諦めかけていた矢先に出会ったのが縦スクロールでした。
これだ!
横幅固定で縦方向へは無限大。
どんな縦横比でも絵が切れることはありません。器に水を注ぐようにきれいに絵を流し入れることができる!
しかも縦スクロールには予想外のメリットがありました。
小窓効果です。
たとえば船室の丸窓。
小さなガラス1枚隔てた向こうに大海原がうねっているのが見えますよね。
スマホ画面も小窓。
縦スクロールなら大海原だって描けるはず。そうだ。小窓から覗きこむような作品を作ればいいんじゃないか、と思いました。
クジラを描いてみましょう。
これを縦スクロールで表現すると、こんな感じ。
どうです、スクロールする指からワクワクが伝わってきませんか?
小窓の向こうにダイナミックな広がりがある! 私は興奮のあまり鼻血が出そうになりました。縦に長い絵本なら、あの美術館カフェ親子に自信をもって読ませてあげられる。もう夢中で『カナシベリー』を書きはじめました。
ちなみにクジラのデータは幅500×高さ9600pxl。
こんなに細長いんですよ。
というわけで本日のまとめです。
絵本にかぎりません。タテナガ文芸全般に活用できる手法だと思います。
詳しくはまた近日中に。
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ところで先週、タテナガ文芸部をご案内した数日後に、
切り絵作家・漫画家のコドモペーパーさんが、タテナガスタイルの作品をさくっと作って投稿してくれました。早っ。
スクロールすると徐々に見えてくる感じをさっそく生かしてますね!すばらしい。ぞわっとした後、くすっとなります。皆さんも良かったらタテナガで遊んでみてください。もちろん、私から秘伝をひとしきりお伝えした後からでもかまいません。
ではまた。タテナ〜ガ〜〜ッ♪