【最後の言葉】
【最後の言葉】
仲の良い友人に 「結婚式お願いね」 と声をかけられるのは、
プランナーの冥利に尽きる出来事のひとつです。
「彼と結婚することになったの。
それで、あなたにプランナーをお願いしたいのだけど、
相談に乗ってくれる?」
そう言って電話をかけてきたのは、
中学、高校と同じ女子高で机を並べていた大親友。
高校卒業後は、別々の学校へ進んだものの
常に連絡を取り合っており、社会人になった現在も
1か月に1度は必ず会っているほど。
住んでいるところも近かったので、
学生の頃は互いの家を行き来することも多く、
彼女のご両親は、私のことを彼女とおなじくらい可愛がってくだ
さいました。
そんな彼女からの申し出は、
親友としてとてもうれしく、幸せなことでした。
しかも、自分がなりたくてなった仕事を
大事な友達のために活かすことができるなんて、
絶対に素敵な式にしようと心に誓いました。
ただ、その一方で、彼女の声がどこか沈んでいることにも気付い
たのです。
「ありがとう、任せて。できるだけのことをしっかりさせてもらうから。
……それにしても、ちょっと急だね」
たしかに今の彼と幸せになってくれたらいいな
とは思っていましたが、それでも手放しで喜ぶことのできない、
何かひっかかるものがあったのです。
「うん。それがね……」
彼女の声が詰まりました。
あまりに深刻そうな声に、思い当たることがありました。
「お父さんのこと?」
大親友のお父さまは、2年前に大腸がんを患い、
手術したものの転移が進んでおり、
もう長くないのではと言われていました。
「一刻も早く式を挙げたいの。
もう1か月もたないだろうって言われてしまって……」
「1か月……」
私は言葉を失いました。
――慌てて式場を押さえるとしても、病身のお父さまは参列できるのだろうか・・・
それより何より、きちんと成功させることができるのだろうか?――
一瞬にして様々な「?」が頭をめぐりました。
「できないことはないと思うけれど、
お父さまはどのくらいの時間、外にいても大丈夫? 今どんな状態なの?
それに、ほかの参列してもらう方たちはどうする?
お招きするのは間に合うかしら・・・」
「意識ははっきりしているんだけど、ずっとベッドにいるわ。
ベッドごと、父を運ぶことはできないかしら。
ねえ、どう? どうしたら、どうしたら参列してもらえる?」
最後の方は嗚咽で聞きとれませんでした。
混乱している彼女の話だけでは、状況判断ができないため、
とにかく、お父さまの入院されている病院にうかがうことを約束しました。
新宿にあるその大きな病院を訪ねたのは、数日後の夕方でした。
彼女のお父さまは点滴をした状態で、ベッドに横になっていました。
「来てくれてありがとう。ちょうどよかった。預かってほしいものがあるんですよ。
身内には言えないから、いつかあなたに預ける機会がないものかと、ずっと思っていました。
そこの戸棚の引き出しのいちばん奥にある封筒を取ってもらえませんか」
小さな戸棚の引き出しを開けると、小さな封筒が出てきました。
中には、まだ赤ちゃんだった親友を抱いているお父様の写真と、
10分のカセットテープが入っていました。
「あの子が結婚するときに渡してやろうと思っていたものなんです」
「おじさん……」
私は胸がいっぱいになって、涙が出そうになるのを必死で抑えながら、
「おじさん。来月……、綾香は、来月結婚式を挙げるんです。
会場、押さえたんですよ。
だからおじさん、ぜひ参列してくださいね」
と伝えたのですが、お父さまは小さく首を横に振られました。
「こうしているとね、自分の寿命が分かるんです。
来月は、たぶん、無理でしょう。
焦らず、盛大ないい結婚式を挙げてやってください。
その封筒もお願いしますよ」
「……」
強い光をたたえた目で見つめられながら、
一つひとつの言葉をゆっくりお話されるお父さまに、
これ以上、何も言うことはできませんでした。
「とりあえず」ということで、封筒をお預かりし、
帰途に就くのが精いっぱいだったのです。
その1週間後、お父さまは容態が急変し、お亡くなりになりました。
親友の結婚式まで、あと2週間を残すばかりでした。
親友の落ち込みようは大変なものでした。
結婚式はもちろん延期になり、
彼氏はずっと彼女のそばで励まし続けていました。
お父さまが亡くなられてからちょうど2年後。
彼女の結婚式は、ジューンブライドでした。
参列者は両家合わせて80人。
盛大なパーティ-です。
私もプランナーとして、ずっと一緒に準備をしてきました。
式を終え、披露宴が始まりました。
花嫁が中座、お色直しでの入場の後、
私は2年間ずっと内緒にしてきたあのテープをかけることにしました。
結局この日まで、中身を聞くことはできなかったのですが……。
ドキドキしながらテープの再生ボタンを押すと、
お父さまの元気な声が流れてきました。
「よっ、綾香、元気か? 大きくなったなあ。
花嫁姿を見られなくて残念だけれど。
さぞかしキレイなんだろうなあ。
おまえは小さい頃、風邪ばっかりひいて身体が弱かった。
その割に勝気でいたずらをよく仕掛けてきたよな。 覚えているか?
夏休みにお父さんの田舎に連れていったとき、
外から鍵がかかるトイレに父さんが入ったら、
お前が鍵を閉めてしまったこと。
全然お前が開けてくれないから、
『助けてくれーっ』 と叫んだんだけど。
あれは恥ずかしかったなー。」
場内は大爆笑。
親友も初めこそ驚いていましたが、
お父さまのトークに涙を流しながら笑っています。
ユーモアがあり、いつも笑いを忘れないお父さまらしいな、
と私はうれしくなりました。
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