消費者視点のブランド・デザイン ー 記号としてのブランディング
なぜか存在しない、「消費者視点のブランディング」
近年、「デザイン思考」というワードが新たな思考法として注目を集めています。消費者視点に立って観察し、試作し、頭の中でテストを繰り返していくことで最適なアイデアを導出するこの考え方ですが、ブランドもまさにこうした試行錯誤のデザインが必要な領域の一つです。
ですが、ふと考えてみると、”消費者視点”を第一とするマーケティングの一領域であるはずのブランディングにも関わらず、“消費者視点のブランディング”という言葉はあまり聞いたことがありません。恐らくその背景には、製品サービスのようにユーザーに実際に購入・体感・使用してもらって意見を聞くといったことが、ブランドのような抽象的なコンセプトでは難しいことがその理由の一つにあるのかもしれません。もちろんブランド調査という形で、現時点のイメージを聞き、ブランド戦略とのズレを把握し、コミュニケーション施策を調整するといった結果的な対応はできるものの、そもそもデザインという初期段階で消費者の視点を取り入れにくいのは、ブランドの負の特徴の一つだと言えるかもしれません。
さらには企業内でブランドを神格化し過ぎているということも、ブランド・デザインに消費者視点が採用されにくい理由の一つになっているように感じられます。つまり「ブランドとは企業戦略だ。企業が決めるべきことで、消費者の決定に任せるべきものではない。」こうした重要ながらも柔軟性のない捉え方が、絶対領域としてのブランディングを確立させてしまっているように感じるのです。
ブランド・デザインに消費者視点を取り入れるにはどうすれば良いのか。また、具体的にどこに取り入れればよいのか。今回は「消費者視点のブランディング」をテーマに、考えを巡らせていきたいと思います。
ブランドと文字の構造 ー 記号論
ブランドは、名前、色、フォント、グラフィック、コンセプトなど、様々な要素が複合的に絡み合った、総合的なクリエイティブ表現です。そのため、ブランドをデザインするということを考え始めると、一体どこから手をつければいいのか、さらにはどこに消費者視点を取り入れるべきなのかがとても難しく感じられます。また、それを体系的に整理したようなフレームワークもあまり見られません。そこで、まずはブランドというものを分解してみる必要がありそうです。
当たり前の話ですが、多くのブランドは文字で表現されています。一見遠いようでブランドに密接に関連する研究分野として、言語学、具体的には記号論というものがあります。言語や言葉、文字を記号として見ることを通して、その意味や構造をより深く捉えていくことを目的とした研究分野で、その中でもフェルナン・ド・ソシュールが解いた説が、この記号論の礎になっています。
詳しい話は他に譲るとして、ここでは簡単に具体的な例でお示しします。例えば「いぬ」という言葉を見ると私たちは「ワン!」と吠えるあの「犬」を思い出すわけですが、実際「いぬ」という言葉は「い」と「ぬ」の単なる2文字の連なりでしかありません。「い」という文字だけで犬を想像することもなければ、「ぬ」だけでも同様です。ですが、一度「いぬ」と2つの文字が一緒に並んだ途端、私たちは否が応でも犬を思い浮かべてしまうことになります。つまり、文字というものは単なる文字列としての「表現」部分と、その表現によって想像される「意味」部分の2層構造になっているというのが、この記号論の基本的な考え方です。
さらにわかりやすい例は地図記号です。「○のなかに×が書かれた記号」、正解なのか間違いなのかよくわからないこの記号も、地図上にプロットされれば「警察署」を意味する記号になります。もちろんこれがわかるのは、日本の小学校の社会科の授業を受けた人に限定されることになりますが、本来何の意味も持たない記号的な文字列が、ある特定の状態・条件が揃うとそこに意味が付与され、私たちはそれを解読することができるようになるというわけです。
さて前段が長くなりましたが、この記号論的な考え方をブランド・デザインにあてはまめてみるとどのように考えることができるのでしょうか。
(かなりの余談ですが、ソシュールの記号論は彼自身が論文などで発表したものではなく、ソシュールの授業を受けた学生がその講義の内容を書籍にまとめたことで体系化されました。そのため、その書籍の名前は『一般言語学講義』という授業名のような名前が付けられています。詳しく知りたい方は、ぜひご覧になってください。)
記号としてのブランド・デザイン
ブランドを記号論的に分解してみるとどのようになるのでしょうか。例えば、「ユニクロ」というブランドで考えてみても、やはり「ユ」「ニ」「ク」「ロ」という単なる4つの文字からなる単語でしかありません。ユニクロという存在を知らなかった当初、この4文字を見ても私たちは何も思い浮かべることはなかったはずですが、1984年に山口県に第一号店が開店して以降のマーケティング施策の積み重ねによって、今では私たちはこのたった4文字の連なりから「安い上に機能性もある」「Life & Ware」「柳井正」「綾瀬はるか」など、様々なコンセプトやイメージを思い浮かべさせられます。
記号論に基けば、ブランドもやはり同様に、文字列表現=ネーミングと、意味=コンセプトの2層の構造に分かれているということが見えてきます。
ただ、ブランドには言語や言葉にはない特殊な層がもう一つあります。それはクリエイティブです。ブランドは、このnote上での文字列のように活字だけで用いられることは少なく、ブランドロゴとして特定のフォントやカラーを用いたクリエイティブとして表現されることが多いものです。ユニクロの場合は赤い色地に白い角ばったポップなフォントによって表現されることで、私たちはそれを「ユニクロだ」と認識することができます。もしこれが、細めの華奢なフォントで、しかも青い背景色が使われていた場合には、同じようなイメージを想起することはないはずです。
つまりブランドとは、①消費者によって瞬間的に補足される見た目としてのクリエイティブ、②それを読むことを通して認識される呼び方としての文字列、③それらを通して想起されるイメージとしてのコンセプト、これら少なくとも3層による記号としてブランドは成り立っていることが見えてきます。これをブランド・デザインという観点で考えてみると、
①クリエイティブ・デザイン(見た目)
②ネーミング・デザイン(呼び方)
③コンセプト・デザイン(意味)
の3層でのデザインがブランディングにおいては最低限必要になってくることに気付かされます。
消費者視点のブランド・デザイン
そして今回の本題である、ブランド・デザインに消費者視点を取り入れるという点については、この3層のデザインそれぞれに対して消費者の視点を取り入れるということが言えそうです。ですが、冒頭にも書いたように、ブランドという抽象的な概念はユーザー調査では答えが得にくく、「色は赤がいいと思うか?」「フォントはゴシックがいいと思うか?」「ネーミングはどれがいいか?」などを聞いたところで正解が出てくるものではありません。ブランド・デザインに消費者視点を取り入れることにおいて重要なことは、ニーズや正解を「探すこと」ではなく「想像すること」です。つまり、消費者の環境や状態を想像して試行錯誤をすること、まさにデザイン思考に近い考え方が大切になってきます。
まず、ブランドのグラフィック・デザインの場合は、主として心理学的に消費者を想像することが大切になります。ゴシック体風のフォントを用いると力強くポップな印象を与え、明朝体風のフォントの場合には繊細で凛としたイメージを与えます。赤いカラーを用いると情熱的で安価なイメージを、黒いカラーの場合はクールで冷静な世界観が想起されるなどが考えられます。また、整列された余白のあるデザインであれば高級感をもたらし、不規則で余白の少なめのデザインの場合には大衆的なイメージを頭に描きやすくなります。(こうしたデザインと消費者心理との関係については、また機会を別にして書いてみたいと思います。)
次にネーミングの場合には、「ユ」「二」「ク」「ロ」のように、初めはどの消費者も知らないような独自の文字の組み合わせにするのか、それとも「ファーストリテイリング」のようにその名称から消費者が特徴を想像しやすい名称にするのか、あるいは「ジーンズメイト」のようによりジャンルをイメージしやすい名称にするのか、さらには「WEGO」のような世界観を想起させるようなネーミングにするのかなど、消費者の視点を想像することによって様々なネーミング・デザインが考えられます。
一方、ブランドの核にあるコンセプト・デザインについては、消費者目線がストレートに取り入れられるケースはそれほど多くはないようです。ブランドとしてどのような市場ポジショニングを取り、どのような世界観を作り、どのようなイメージ戦略を進めていくかは、マーケティング戦略や企業戦略に極めて近い部分にあたるため、あくまで企業の方針として定められることが主流だからです。
裏を返せば、ブランド・デザインの3層の中でも、見た目のクリエイティブ・デザインや、呼び方に当たるネーミング・デザインでは心理学的な観点も交えながら消費者目線が採用されやすい領域になっていますが、コンセプト・デザインという根本部分には、まだマーケティングのテーゼである消費者第一主義が取り入れられていないのが現状と言えるのかもしれません。
「表現」と「意味」の不安定な関係
なお、この消費者視点を取り入れるにあたっては、消費者状態をいかに正確に想像できるかがやはり鍵になります。さきほど地図記号の例のところでも触れましたが、「"○" + "×"」の記号を「警察署」と認識できるのは、「日本の小学校で社会科の授業を受け、その内容を覚えている人」に限定された話です。日本の地図を見たことのない海外の人や、もはや記憶から授業の内容が遠のいてしまった人にとっては、この記号は何の意味も持ちません。
ブランド・デザインで考えた場合も同様で、紅白カラーから日本製をイメージできるのは日本人だけの話でしょうし、高貴な色として用いられる紫色は、ある東南アジア国では葬儀に用いられます。ネーミングでは、例えばファッションブランド「Spunk」は「勇敢」を意味する言葉から引用されたものの、イギリスではこの言葉は精液を意味する隠語として用いられているそうです。
これらは極端な例ですが、ブランド・デザインにおいては受け取る消費者によってその「表現」と「意味」の関係が一定ではない前提に立つ必要があります。たとえ世界的に知られているユニクロであっても、安いイメージを持つ人もいれば高いイメージの人もいますし、品質の良し悪しのイメージも人によって少なからず違いがあるはずです。
以前のコラムで、ブランドには「変わること」と「変わらないこと」があると書きました。ブランドが闇雲に新しいことを追いかけ、変化が繰り返される限り、こうした表現と意味の関係(=イメージ)はいつまでも一定に保たれることはありません。ブランドにはじっと頑固に堅持し、変わらずあり続けることが必要で、この徹底した一貫性がブランド表現と意味の正しい関係を消費者に浸透させ、狙ったイメージを作るためのブランド・デザインに繋がっていくのだと思います。
消費者との共創ブランディング
今回は、記号論の観点からブランド・デザインを考えてみました。①見た目にあたるクリエイティブ・デザイン、②呼び方にあたるネーミング・デザイン、③意味にあたるコンセプト・デザインの3層にブランド・デザインは大きく集約されます。そのうちクリエイティブとネーミングのデザインには比較的消費者の目線が取り入れやすい一方で、コンセプト・デザインには消費者の声が反映されにくい現状を確認したところです。
新しく企業やブランドを立ち上げる方でもない限り、こうした3種のブランド・デザインを実際に担う機会はそれほど多くないのかもしれません。ですが近年、歴史のある大手企業ブランドほど、昨今の情勢・環境変化によって当初のイメージからの刷新が迫られ、リ・ブランディングを判断するケースが少なくありません。
こうした環境下では、ブランドの見た目や呼び方に消費者の声を取り入れることもちろん大事な一方で、どのような価値観や世界観、豊かさを創出していくかというコンセプト・デザインをユーザーと共に考えていくことがより重要になってくるようにも感じます。
現時点では企業都合を優先して決められがちなブランド・コンセプトですが、今後、消費者とのブランド・コンセプト共創がブランディングの重要な取り組み領域になっていくのではないでしょうか。
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【ブランディング関連で執筆したnote】
・ブランディングには、「変わること」と「変わらないこと」がある
・ブランディングと脳、その“怪しい関係”
・ブランディングの絶対神、「有名になること」の先へ
・消費者視点のブランド・デザイン ー 記号としてのブランディング
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【執筆】
和田 崇
株式会社Laboro.AI 執行役員 マーケティングディレクター
経営学修士(マーケティング論・消費者行動論)
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【 経歴 】
立教大学大学院 経営学修士(マーケティング論・消費者行動論)。立教大学大学院 ビジネスデザイン研究科 博士後期課程 中退。
2005年、KDDI株式会社に入社、コンシューマ向け商品・サービスのクロスメディアによるプロモーション施策の立案・企画運営に携わる。
2014年、全国漁業協同組合連合会に入会、水産庁が推進する地域支援プロジェクトの推進メンバーとして従事。
2019年にLaboro.AIに参画。PR・広告宣伝・プロモーション領域をメインに、マーケティング/ブランディング業務を担当。
日経クロストレンド、ニュースイッチなど、寄稿多数。一般社団法人 日本ディープラーニング協会 G検定資格保有。日本マーケティング学会、日本産業経済学会、人工知能学会、情報処理学会、各会員。
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