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#3-4 UX起点で考えるコンセプトワーク方法論(UX戦略の教科書)

本書の第3章では「顧客理解から、顧客体験の理解へ」をコンセプトとしたデザイン方法論の確立を目指している。

前節(3-3)では「既存サービスの改善仮説を立案する方法論」を紹介した。ターゲットが置かれている状況・文脈を設定したうえで、一連の顧客体験(認知世界+情動)を理解して、ペインポイントを抽出・言語化することで仮説を立案する方法論を提示した。

本節(3-4)では「新たなコンセプト仮説を立案する方法論」を紹介する。USJのハロウィーン・ホラーナイトのような画期的な仮説を、顧客体験の理解から導出する方法を明らかにすることを目指す。

結論から言うと、顧客体験の理解からコンセプト仮説を立案するためには、「ペインポイントのゲインポイント化」という方法論を採用する必要がある。本節では、この方法論について詳しく解説する。(図表-1)

(図表-1)本節の位置づけ


コンセプト仮説を立案するのは、なぜ難しいのか?

具体的な方法論について述べる前に、まずはハロウィーン・ホラーナイトのような画期的な仮説を立案することがなぜ難しいのかについて、あらためて言語化しておきたい。

優れたコンセプト仮説というものは、これまでの常識を何らかの形で打破・更新する視点を有している。たとえばハロウィーン・ホラーナイトは、これまで屋内で実施することが当たり前だったお化け屋敷的なアトラクションを屋外で実施したところに、これまでの常識を打破する視点を有している。
このような「AではなくてB」という価値転倒の視点を有しているからこそ、その仮説は画期的なものとして捉えられ、成果を生み出すことができる。

しかし一方で、顧客のペインポイント(困りごと)を理解しただけでは、これまでの常識を打破・更新するアイデアを発想することは難しい。たとえばUSJの顧客体験をリサーチすれば「夜の時間になると、施設を回遊するのが体力的にしんどくなる」や「同行者の中に絶叫系ライドマシンが苦手な人がいると、集団行動をしづらくなって楽しみが半減する」といったペインポイントが存在することを理解できる。しかし、これらのような痛みがあることを理解できたところで、そこからハロウィーン・ホラーナイトのような画期的な仮説を発想することは難しい。

「顧客体験・ペインポイントの理解」と「コンセプト仮説の立案」の間には高く険しいカベがある。顧客の痛み・困りごとを理解できたとしても、そこからこれまでの常識を打破・更新するようなアイデアを立案するためには、どうしても大きな発想の飛躍が必要になってしまう。ここに、優れたコンセプト仮説を立案することの難しさが存在する。(図表-2)

(図表-2)ペインポイントが分かっても、コンセプト仮説は立案できない


ペインポイントをゲインポイント化する

では「顧客体験の理解」を起点にコンセプト仮説を立案するためには、どのような思考プロセスをたどればよいのだろうか。

このような問いに直面したとき、多くの人は「顧客の潜在ニーズ / 本当に求めているもの」を理解することが重要であると考え、顧客の心理・内面を探求していく考え方に傾倒してしまう。しかし、そのようなアプローチが幻想であることは前々節(3-2. 顧客理解・ユーザ理解にサヨナラを)にて説明したとおりである。

代替案として本書が提示するのは「ペインポイントのゲインポイント化」という方法論である。ペインポイントからいきなりコンセプト仮説を発想しようとするのではなく、まずペインポイントに対応するゲインポイント(=顧客にとっての理想体験)を設定し、そこから仮説を考えていくアプローチを採用するということだ。といっても抽象的な説明ではイメージが湧きにくいと思うので、ここではUSJの事例に基づいて「ペインポイントのゲインポイント化方法論」について具体的に説明しよう。

USJは「秋シーズンの売上高が伸び悩んでいる」という課題を抱えている。そこで顧客体験をリサーチした結果、以下のようなペインポイントの存在が判明したとする。

  • 夜になる頃には、施設を回遊するのが体力的にしんどくなる

  • 絶叫系ライドマシンが苦手な人がいると、集団で行動しづらくなり楽しみが半減する

  • 秋シーズンはイベントが少なくて物足りない

それぞれのペインポイントについて簡単に解説しておこう。1つ目のペインは、USJに到着したばかりの昼の時間は元気だが、施設内を歩き回ったりアトラクションの行列に並んでいるうちに疲労が溜まっていき、夜になる頃には体力が尽きてしまう…というものである。2つ目のペインは、友人同士でUSJに行くとき絶叫系ライドマシンが苦手な人がいると、アトラクションの待ち時間の関係でグループを2つに分けざるを得なくなり、メンバー全員でUSJを楽しみづらくなる…というものである。3つ目のペインは、秋シーズンは季節限定イベントに乏しいため、主にリピーターがマンネリを感じやすいというものである。

本節で紹介する方法論では、発見されたペインポイントそれぞれに対して、ゲインポイント(顧客にとっての理想体験)を設定する。たとえば「夜になる頃には、施設を回遊するのが体力的にしんどくなる」というペインに対しては「むしろ、夜の時間に施設内を回遊するのが最高に楽しい体験になる」というゲインを設定する。

USJの事例でいえば、発見されたペインポイントに対応するゲインポイントを設定すると、たとえば下記のように描写することができる。

  • むしろ、夜の時間に施設を回遊することが最高の非日常体験になる

  • 絶叫系が苦手な人とも、一緒にUSJを楽しめる

  • 秋シーズンならではのイベントが楽しめる

これらのゲインポイントを統合すると「夜の時間に施設を回遊することで、最高の非日常体験を味わえる秋ならではのアトラクション」という解の方向性がみえてくる。このような思考を辿っていけば、ハロウィーン・ホラーナイトのような画期的なアイデアを発想できるのではないだろうか。

ここまでの内容を視覚的に整理すると、図表-3のようになる。

(図表-3)ペインポイントのゲインポイント化から、コンセプト仮説を立案する流れ

まとめると、

  1. 顧客体験を理解して、ペインポイントを抽出する

  2. ペインポイントに基づいてゲインポイントを設定する

  3. ゲインポイントを実現するために必要なソリューションを発想する

というプロセスに沿って物事を考えていくことで、発想を大きく飛躍させることなくコンセプト仮説にたどり着きやすくなるということだ。このような方法論を採用することで、論理的な思考の積み重ねの帰結として、画期的なアイデアを導き出すことが可能になるのではないだろうか。


ゲインポイントを設定すると、仮説を導出しやすくなる理由

いったいなぜ、ゲインポイントを設定するとコンセプト仮説を立案しやすくなるのだろうか。結論からいうと「ゲインポイントを設定することで、自らの思考を無意識に制約しているバイアスを破壊できるから」であると考えている。

ペインポイントを起点として仮説を考えると、人間はどうしても『マイナスをゼロに』するためのアイデアしか発想できなくなってしまう。USJの事例でいうと「夜に体力が尽きてしまう」というペインフルな状態を「夜でも体力が残っている」というイーブンな状態にもっていく仮説しか立案できなくなってしまう。なぜなら、ペインポイントを抽出・言語化した時点で「この顧客のペインポイントをどうすれば解消できるか」という思考のフレームが強固に形成され、そこから抜け出せなくなるためである。

しかしながら、コンセプト仮説を立案する場面で求められるのは『マイナスをプラスに』変えてしまえるようなアイデアである。すなわち「夜に体力が尽きてしまう」というペインフルな状態を「むしろ夜が最高の非日常体験になる」というゲインフルな状態に変えられるような仮説の発想が求められるということだ。視覚的に分かりやすく整理すると、図表-4のようになる。

(図表-4)ペインポイントからコンセプト仮説を立案できないメカニズム


そこでペインポイントからいきなり仮説を考えようとするのではなく、まずペインポイントに基づいてゲインポイント(=顧客にとっての理想体験)を設定する。そして「どうすればペインポイントを解消できるか」という問いではなく、「どうすればゲインポイントを実現できるか」という問いを自らに投げかける。そうすることで、自らの思考を無意識に制約している枠組みから、自らを開放することを目指すのである。先に実現するべき理想体験を設定することで、理想体験を提供するためには「どのようなソリューションを創造する必要があるか」を制約に縛られずに考えられるようになり、人間が本来持っている想像力を発揮しやすくなるということだ。

ここまでの内容をまとめよう。
コンセプト仮説を立案する際は、ペインから直接仮説を考えるのではなく、「ペイン → ゲイン → コンセプト仮説」という順番で検討するべきである。このようにロジックを紡いでいけば、発想を大きく飛躍させずにコンセプト仮説の立案に近づける、というのが本書の主張である。(図表-5)

(図表-5)「ペインポイントのゲインポイント化」の検討枠組み


ゲインポイント実現を阻害するメカニズムを解明する

ここまでの説明を読んで、多くの読者が「こんなにシンプルな方法で、本当に仮説を立案できるようになるのだろうか」という疑問を抱いているのではないかと思う。

そのような疑問・不信は正しい。
確かにゲインポイントを設定すれば、USJの事例のようにコンセプト仮説を発想できる場合もある。しかし、これは「そのような場合もある」という話であって、ゲインポイントを設定すればコンセプト仮説を次々と発想できるようになるかといえば、そういうわけではない。

たとえば、お部屋探し支援サービス(SUUMOなど)を例に考えてみよう。
お部屋探しサービスの顧客体験を理解すると「大量の物件情報を見ていくうちに疲れてしまう」というペインポイントが存在することが判明する。Webサイト上で賃貸物件のお部屋探しをしたことがある人であれば、多くの人が経験したことがあるペインポイントではないだろうか。

そして、このようなペインポイントからは、たとえば「希望条件に近い物件のみを少数精鋭で提案してもらえる」というゲインポイントを設定できる。

しかし、このようなゲインポイントを設定したところで、そこから新しいお部屋探しサービスのコンセプト仮説を立案できる人は少ない。なぜなら、目指すべき理想体験を設定できたとしても「どのようなサービスを作れば理想体験を実現できるか」をイメージすることができず、そこで思考がスタックしてしまうためである。つまり、「ゲインポイント」と「コンセプト仮説の立案」の間にも、まだまだ高いカベが存在しているということだ(図表-6)

(図表-6)ゲインポイントを設定しても、仮説が思いつかない場合もある

USJの事例のように、ゲインポイントを設定すれば新たなコンセプト仮説をイメージできる場合「も」ある。しかし、今回提示したお部屋探しサービスのように、ゲインポイントを設定しても仮説をイメージできない場合「も」あるということである。

では、ゲインポイントを設定してもコンセプト仮説を発想できないとき、我々はどのような思考プロセスをたどればよいのだろうか。本書が提示する回答は「ゲインポイントの実現を妨げる力学・メカニズムを解明する」というものである。

たとえば「希望条件に近い物件のみを少数精鋭で提案してもらえる」というゲインの実現を妨げる力学・メカニズムについて考えてみよう。顧客にとっての理想体験を簡単に実現できるのならば、既にどこかの企業によってサービス化されているはずだ。どのような力学・メカニズムが存在するために、このゲインは現時点で実現されていないのだろうか。

このように考えると、ゲインの実現を妨げている1つの要因として「ユーザのこだわり条件を詳しく聞けていないから」という理由が挙げられることが見えてくる。お部屋を探しているユーザは様々なこだわり条件を有しているが、それらの間には優先順位が存在するはずだ。たとえば「築10年以内」と「オートロックつき」は絶対に満たしたい条件である一方で、「駅徒歩15分以内」や「南向き」は絶対ではないができれば満たしたい条件である…といったかたちで、ユーザが有している複数のこだわり条件の間には優先順位が存在している。

しかし、現状のお部屋探しサービスでは「それぞれの条件にこだわる否か」を二者択一的にしか尋ねておらず、こだわり条件の間にある優先順位までを聴取するような設計になっていない。このため、どの物件がユーザにピッタリなのかを判断できず、ユーザが指定した条件を満たす物件を網羅的に提示する体験しか提供できないのだ。このことが「希望条件に近い物件のみを少数精鋭で提案してもらえる」というゲインポイントの実現を阻害していると捉えることができる。(図表-7)

(図表-7)お部屋探しサービスにおけるメカニズム理解の具体例

そして、このようにゲインポイント実現を妨げる力学・メカニズムを捉えることができれば、それを打破するための仮説のイメージが湧いてくるのではないだろうか。

たとえば、こだわり条件の入力画面にて「絶対」「できれば」「必要ない」の3段階でこだわり度合いを聴取するのはどうだろうか。そして、そこで聴取した情報を用いて各物件の『こだわり合致度』を算出する。できれば条件をすべて満たす物件を「合致度100%」として、できれば条件を満たしていない数だけ合致度を減点することで、各物件のこだわり合致度を算出するということだ。あとは物件一覧ページにて、こだわり合致度の高い順で物件情報を提示すれば、「希望条件に近い物件のみを少数精鋭で提案してもらえる」というゲインポイントを実現できるのではないだろうか。(図表-8)

(図表-8)メカニズム理解から立案される仮説の一例

このように「ゲインポイント実現を妨げる力学・メカニズム」を解明し、それを打破するために必要なアイデアを考えることで、既存サービスの体験を大きくアップデートするような仮説を立案できるようになる。右脳的な発想力に頼るのではなく、左脳的でロジカルな思考に基づいてコンセプト仮説を立案できるようになるのだ。

以上が「ゲインポイントの実現を妨げる力学・メカニズムを解明する」という思考プロセスの概要である。ゲインポイントからコンセプト仮説をうまく立案できない場合は、その実現を妨げる力学・メカニズムを捉える作業に取り組むことで仮説を立案しやすくすることができる。

もしもゲインポイントの実現を妨げる力学・メカニズムをうまく捉えられない場合は、UXリサーチを通じてそれを明らかにする必要がある。このときは顧客からみえる主観的な認知世界の把握を目的とした調査ではなく、ゲイン実現を阻害する力学・メカニズムを客観的に解明することを目的とした調査を実施する必要がある。それゆえに必要なUXリサーチの方法論は異なるが、このあたりについては別の機会に書くことにする。


方法論のコンセプトまとめ

本書が提示する方法論を視覚的にまとめると、図表-9のようになる。

まずはターゲットの状況・文脈を設定して、顧客体験を主観的に理解することを通じてペインポイントを抽出・言語化する。次に、抽出したペインポイントそれぞれに対応させる形でゲインポイント(顧客にとっての理想体験)を設定する。そして、ゲインポイントの実現を妨げている力学・メカニズムを客観的な視点から解明し、それを打破するために必要なソリューションを考えることでコンセプト仮説を導出していく。

このような方法論・プロセスを採用することで、発想を飛躍させる幅が小さくなり、ロジカルに仮説を検討できるようになる。つまり天才的なセンスがなくても、コンセプト仮説を一定レベルで立案できるようになるということだ。(図表-9)

(図表-9)ペインポイントのゲインポイント化方法論 _ まとめ

ただし、上記の思考プロセスはウォーターフォール的に左から右へ流れていくものではなく、反復的なプロセスであることを強調しておきたい。具体的な仮説アイデアが思いついたときに、ゲインポイントの設定が変わる場合もあるし、仮説アイデアの受容性をUXリサーチにかける過程でメカニズム理解が更新される場合もある。上記のフレームワークをベースにしつつ、概念間を行ったり来たりしながら徐々に仮説の精度を高めていくことが重要になるということだ。

もちろん、上記の方法論を用いてコンセプト仮説を検討する際には細やかなTIPSを含めて様々なコツが存在するのだが、このあたりは企業秘密とさせていただきたい。もっと詳しく知りたい方は、少し古いVERの方法論になってしまうが、拙書『UXグロースモデル』に詳細な作業プロセスを記述しているので、必要に応じて参照いただけると嬉しい。


まとめと次回予告

本節では「顧客体験の理解から、新たなコンセプト仮説を立案する方法論」を紹介した。「ペイン → ゲイン → ゲイン実現を妨げる力学・メカニズム」という流れで論理的なつながりをもって検討を進めることで、発想を大きく飛躍させることなくコンセプト仮説立案に至れるようなプロセスを提示したつもりである。

本書の第3章では、ここまで「顧客理解」を起点とした既存の方法論を否定したうえで、それをどのようにアップデートするべきかを提示してきた。

次節では、既存のサービスデザイン方法論が抱えている問題点を、これまでとは異なる角度から指摘したい。より具体的には、事業・ブランドレイヤーの戦略を検討する場面にて「デザイン思考」や「デザインスプリント」といった方法論を活用することが難しい理由を明らかにしたうえで、どのように方法論をアップデートするべきかを提示することを目指す。

記事の更新情報はTwitter(@takashikoshiro)でお知らせするので、必要に応じてフォローしてもらえると嬉しい。

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