京都一周トレイル®をゆく #4|拝啓、歩く旅を愛する全ての人へ
山の家はせがわから美しい林道を歩き、京見山荘に着くころには午後2時を回っていました。そろそろ今日の幕営地を考えなければなりません。この先にある沢ノ池か、さらに先の高雄までゆくか、悩ましいところです。
が、見上げると西の空が曇に覆われ見通しが利きません。どんよりとした曇の合間から、雷の音が聞こえてきました。
まずい、ひと雨くるぞ。
気圧低下を知らせるアラートが、登山時計からしきりに鳴ります。
どこかで雨具を用意しようか、と立ち止まったそのとき、轟音とともに大きな雨粒がいっせいに降りかかってきました。
樹林帯の中であることが幸いです。木陰に避難し、バックパックにレインカバーをかけ、カメラをしまい代わりに傘をさしました。トレイルは整備が行き届いており、片手が塞がっても十分に歩けます。樹林帯から一瞬広がる展望が、雨で真っ白でした。
雨にふられながら沢ノ池に到着すると、ひと組のキャンパーがすでに設営を終えています。沢ノ池は幕営に適した場所ですが、意外と平らな地面が少なく、ここに泊まるとなると先客のすぐ隣にテントを張らなければなりません。
それには気が引けました。
ぼくたちも彼らも、都会では決して得られない静けさを求めているのですから。
「今日のうちに高雄の先にある広場まで進もう」
これがふたりの結論でした。
まだコースタイムは2時間はあります。午後6時ごろの到着になるでしょうが、頑張って歩きましょう。
仏栗峠を越え、福ヶ谷林道を高雄目指して下ってゆきます——が、この坂がキツかった。
長い舗装路を永遠と下ってゆくのです。
下りですから心肺に負担はかかりません。しかし足にくる。下り坂を転ばないよう踏ん張りながら歩くからです。雨の中、写真を撮る元気もなく、ただただ黙って歩きました。
見覚えのある周山街道(国道162号線)にたどり着いたときは、ふたりとも大きなため息を付いたほどです。艶やかな、緑の紅葉に囲まれた高雄橋を渡り、自動販売機の前で休憩します。幕営地までもうひと頑張り。
色々な旅を経験した人が、そろってこんなことを口にします。
「歩き旅がもっとも辛い」
確かにそうかもしれません。
幸い雨はやみましたが、清滝川の広場についたぼくらはそこに備えられたテーブルとベンチにへたり込んだのでした。
そんなに辛い思いをするのに、なぜ山を歩くのでしょう。
「そこにエベレスト(山)があるから|ジョージ・マロリー(エベレストに初登頂した登山家)」という答えがもっとも有名かもしれません。しかし考えても考えても、なぜ歩くのかという問いに、一言で答えられるような明確な理由がぼくの中で未だ見つからないのです。
ただ言えることは、辛いことばかりではない——だから、歩き続けている。
テントを設営し、夕食を済ませるころにはとっぷりと日が暮れ、あたりは月明かりに照らされました。目が慣れるとランタンがなくとも周囲を見渡せます。ぼくはぼんやりと、河原を眺めていました。
すると川の対岸に小さな小さな光がぽつんと灯り、ゆっくりと宙を舞うと、すーっと森の中に吸い込まれてゆきました。
ゲンジボタルです。
ここ、清滝川はゲンジボタルの里であり「清滝川のゲンジボタルおよびその生息地」として、国の天然記念物に指定されています。1年のうちの、6月の中ごろから末にかけてのみ、清滝川で観察できるのです。
「Y内君、ホタルだ」
テーブルでまどろんでいる友人を呼びました。
その間も少しずつホタルの数がふえてゆきます。
広場の近くにある潜没橋が月とホタルの灯りに照らされ、たゆたう水面にホタルの灯りが鏡のように映し出されました。Y内君はこのとき、初めてホタルの風景を目にしたのでした。
写真に収めようかとぼくは考えました。が、ホタルの撮影は難しい。それに三脚は自宅に置いてきました。ホタルの撮影には長時間露光が欠かせません。
写真はキッパリと諦めました。
その代わり、眼前に広がる神秘的な光景を、心と体に焼き付けました。
この風景を生涯忘れないように、夜が更けるのも忘れて、じっと観察していたのでした。
旅のデータ
距離:約25.4km
コースタイム:約11時間
コース:二ノ瀬→夜泣峠→向山→洛北発電所→盗人谷→小峠→氷室→山の家はせがわ→上ノ水峠→沢ノ池→神護寺→清滝→金鈴橋→落合橋→六丁峠→蘇我鳥居本→嵐山公園→阪急嵐山駅
アクセス:行き・叡山電車「二ノ瀬」駅|帰り・阪急電車「嵐山」駅
山の家はせがわ
住所:京都市北区鷹峯船水3
電話:075-494-5150
平日11:00〜16:30(ラストオーダー16:00)|土日祝・GW期間・お盆期間10:30〜16:00(ラストオーダー15:30)
定休日:火曜日(火曜日が祝日の場合は、翌日の水曜日が休み)
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