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猫かぶり


我が家の隣に、五人家族が引っ越してきた。
おそらく私と同世代と思われる、旦那さんと奥さんと、やんちゃな子供が三人。

「隣に住むことになりました、鈴木です。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします。」
「よかったら、仲良くしてください、お願いします。」

ずいぶん丁寧で、なんというか…、下手に出る感じの、旦那さんと奥さんだと、思った。

子どもが同じ学年という事もあり、だんだん奥さんと仲良くなっていった。

旦那さんは夜勤が多く、あまり顔を合わせることがなかった。

私は人見知りをする方なので、あまり深くかかわろうとは、思わなかった。

顔を合わせたら挨拶を交わし、たまに貰い物のおすそ分けをしたり、おすそ分けをもらったり、いわゆる友達ではない、ママ友的な関係を、築いた。

学校行事の情報を共有したり、先生の愚行を噂しあったり、わりと穏やかに、親交を深めていたのだが。

…時折、ものすごい怒鳴り声が聞こえるのが、気になって、いた。

普段の丁寧な言葉遣いが嘘のように、罵声が聞こえることがあったのだ。
隣の家とはいえ、ブロック塀があり、空間も開いているから、はっきりとは聞こえない。だが、明らかに…普段とは違う、暴力的な言葉遣いが、なんとなくではあるが、聞こえてきて…時々、胸が、ざわついた。


夏休み。

隣の子どもが、ローラーブレードで遊んでいて、怪我をした。うちのウッドデッキに激突し、自らの額と、デッキの登り口を破壊したのである。

隣のうちの子どもはずいぶんやんちゃで、今までも学校備品を破壊し、近所の犬にかみつき、上級生に馬乗りになり…そのたびに、奥さんは頭を下げてまわっていた。

「本当にすみませんでした…。」

頭に包帯を巻く子供と一緒に、奥さんが頭を下げた。

「いえいえ…ほっちゃん、頭大丈夫?縫ったんでしょう、痛かったねえ。」

うちのウッドデッキも、相当古くはなっていたのだ。元々、リフォームの予定があった。そんなに恐縮しなくてもいいのに、そんな事を思いながら対面した。

「ほら、ちゃんと謝りなさい。」
「……。」

子どもはむくれて、あさっての方向を向いている。

それをみて、激昂したらしい、奥さんが。


バ!バシっ!

いきおいよく、包帯の巻かれた頭を叩いて!


「ぅおら!!お前ぇもぉっ!頭下げろつってんだろぉ?!」


!!!!!!!!!!!!


子供の、頭を。
グイと下げさせながら。

すごんだ、声。


「ごめんなさい。」


豹変した、奥さんの様子よりも!
その、声に!
心臓が、跳ね上がった!


この、声に、聞き覚えが…ある!!!!!!!!!!


独特の、ヤンキー口調。
独特の、巻き舌。
独特の、恐ろしい重低音。


…およそ、二十五年前。

この町に越してきたばかりの私は、旦那の車で買い出し中に、非常に怖い思いをしたことがある。

一方通行を無視して進んできた、いわゆるヤン車に絡まれたのである。

絶対に道を譲りたくなかったのか、派手にクラクションを鳴らされ、仕方なく一般家庭の駐車場によけた私と旦那に向かって。


―――ぅおら!!お前ぇよぉっ!わびぐらいいれろゃあ!!
―――頭下げろつってんだろぉ?!


暴言を吐きながら、私と旦那の乗る車のボディに、けりを入れて逃亡した…ヤンキー二人組!!


あの時、私は都会の恐ろしさをしかと心に刻み、絶対に自分一人で車を運転しない事を誓ったのだ。

顔は、覚えては…いない。

だが、耳が。

隣人が、あの時のヤンキーだと、教えて、くれて、いる…。


私は、隣人との距離をなるべく狭めないよう…努力をするように、なった。

気付かれないように、それとなく…距離を保つようにした。


離れつつ観察をしてみると、少しづつ…違和感に気が付いた。

メールの文字しかり。

―――やらせるよう伝えておきます。
―――パクらせといてください。
―――面倒なのでご辞退いたします。

独り言しかり。

―――うぜ。
―――けっ。
―――チッ…。

つかず離れずやり過ごしていたある日のこと。
町内会の当番が回ってきて、隣の奥さんが…役員に、推薦された。

「鈴木さんは真面目でいらっしゃるから。」
「いつも笑顔が素敵ですもんね。」
「お優しいから、頼りにしてます。」

胸騒ぎしか、感じない。

「あの、私初めてなので、申し訳ないんですけど、助言くれませんか。」
「は、はは…わかりました、はい。」

わかる範囲で、いろいろと手伝わせていただきながら…平穏無事を、祈った。

・・・が。

「先週の議会、大荒れだったよ。」
「鈴木さんが山内さんの胸倉つかんで大変だった。」
「山内さんもやり過ぎたんだよ。」
「いや、鈴木さんは怖すぎたわ…。」

62歳の町内会のゴーイングマイウェイマダムから
「回覧板の回し方が悪い」
と、ぐちぐちねちねち言われていた鈴木さんは、ブチ切れてしまったのである。

すっかり町内の人から危険人物扱いされるようになってしまった奥さんは…きっぱりと、隠すことを、やめた。

大人しい奥さんしか知らない人たちは…皆面食らってしまって、離れて、行った。


…私は、その本性を…知って、いたから。


「ウィーっす!世話になったね!!つかおめぇは飯まで食わせてもらってんじゃねぇよ!!!」
「ごめんなさい。」

金髪、くわえたばこ。
ヤンキー言葉に、派手なビンタ。


本性を出しても、まったく態度を変えない私を見て、奥さんは何を思ったのか知らないが。


「ねねー、今度さ、沖釣り行くけどいかね?」

「これ!!みやげ!!」

「いつもわりーね!!」

やけに、フレンドリーさを増して、来た、ような。


気の弱すぎる私は…、隣の一家を、無視することもできず。

言いたいことも、なかなか、言えず。

お隣さんが気に食わないであろう言葉を出さないように、気を使い。


マイカーに、けりを入れられないように…過ごして、いる。


わりと見た目を気にしないタイプです。どっちかというと、人と違う見た目をしている人に好奇心丸出しで近づいて怒られるやらかしがちです…。

なんというか、見た目について学んでおいた方がわりかし生きやすい世の中ではあると感じます、はい。


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