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【論文レビュー】自著解題ーーキャリア・アダプタビリティの測り方:塩川・保田・中原(2024)
新年1本目のnoteでは、筆頭筆者として初めて執筆した論文を解説します。99%の方々にとって、学術論文というものは読み慣れないものだと思います。書かれている言葉が小難しくてかたい文体ですし、本論文で言えば筆頭筆者である私の力量の問題があります。そこで、共著者の一人の個人的見解として、本論文についてなるべくカジュアルに書いてみました。
塩川太嘉朗, 保田江美, & 中原淳. (2024). 日本語版キャリア・アダプタビリティ尺度の開発: 若年労働者を対象とした信頼性・妥当性の検証. キャリア・カウンセリング研究, 26(1), 1-12.
キャリア・アダプタビリティに着目した理由
なるべく噛み砕いて解説するため、まずは、なぜ私がキャリア・アダプタビリティという概念に着目したのかという点から説明します。
定義
キャリア・アダプタビリティとはMark Savickas教授が1997年の論文で提唱した概念で、1997年当時から数回定義が更新されています。直近の定義は2013年に行われていて、私たちの論文で和訳したものを引用すると以下のようになります。
キャリア・アダプタビリティは「社会との接合にある程度の影響を与える,現在および将来的に予想されるキャリア開発のタスク,職業上の移行および仕事上のトラウマに対処するための個人の心理社会的な資源」と定義される(Savickas,2013,p.157)。
ちょっと意訳
手短かに3つのポイントに意訳すれば、①個人と社会との相互作用を前提にしている、②キャリアだけではなく課題・トランジション・トラウマへの対応を視野に入れている、③動的なアプローチを可能にする資源として捉えている、といったあたりが特徴です。
さらに意訳
キャリアに関する概念は乱立状態です。「キャリア〇〇」とか「〇〇キャリア」といった言葉を目にすることは多いでしょう。私自身、研究者見習いであると同時に企業勤めをするビジネスパーソンなので、事象を説明する概念のありがたさは理解しつつ、概念があまりに多いのは対応に困るなと実感しています。
ではなぜわざわざキャリア・アダプタビリティという日本では目新しい概念に私は着目したのでしょうか。たしかに、組織内での昇進・昇格によるキャリア開発へのアンチテーゼとして生まれたプロティアン・キャリアやバウンダリーレス・キャリア、および日本におけるキャリア自律という概念は、一つの企業に一生勤めるという古いキャリア感を拭い去るという点では大変価値のある概念です。しかしながら、組織にとらわれないことを強調するがゆえに個人の将来指向が強くなり、現在取り組んでいる目の前の職務を蔑ろにするのではないか、と企業で長く働き続けている身としては懸念を感じます。
<今>に対する意識が弱くなることは、日本企業で働く私を含む多くの普通の人にとって本当に役に立つのだろうか、ということをビジネスパーソンの一人として問題意識を持っていました。そこで着目したのがキャリア・アダプタビリティという概念です。
アダプタビリティ(adapt-ability)は造語ですが、前半のadaptは適応と訳される言葉です。キャリア・アダプタビリティは、現在取り組んでいる職務やその環境要因の変化に適応することを通じて自身のライフキャリアを構築するということを意味しています。将来に向けてライフキャリアを構築していくために、過去の振り返りや将来指向だけでなく、今という時間、自分を取り巻く多様な他者に焦点を当てて適応するというアプローチをとるキャリア・アダプタビリティが現代の日本社会においては有効だと考えるため、この概念に着目したというのが背景です。
・・・とまあ、ここまでなるべく簡単に書いたことを学術的に書くと、私たちの論文の「1.問題」になります。小難しい書き方がお好みの方は論文をご笑覧いただければと思います。
測定尺度の開発と検証
環境も個人も変化する現代において、適応と変容を重視するキャリア・アダプタビリティは意味のあるキャリア概念だと私は考えます。このキャリア・アダプタビリティは、先ほど引用した定義にもあるように「心理社会的な資源」なので測定できるものです。そのため他の概念との関係性を明らかにすることができ、つまり個人の行動や成果との関連性を考察できるので、海外では多くの実証研究がなされています。
キャリア・アダプタビリティを測る尺度
日本語で測定するための尺度に関しては、意欲的に尺度開発されたものがいくつかあり、先駆者の方々には尊敬しかありません。ただ、世界的に使われているSavickas & Porfeli(2012)の著者の許諾を得ている公式的な日本語訳の尺度がなく、また実証研究に活用できるような安定的な尺度がなかなかありませんでした。そこで、海外で使われている標準的な尺度の公式の日本語版尺度を開発したのが私たちの論文です。
サビカス先生とのやりとり
尺度を翻訳し開発するプロセスは、オリジナルの尺度開発者から許諾を得られなければ始まりません。そこで、ここまで書いたような想いを基に文章にして、Savickas & Porfeli(2012)の筆頭筆者であるSavickas先生へメールしました。
そもそも、レスが返ってくるのかーー。この点が個人的には最大の心配事でした。レスがなかったら、いつ・どのようにリマインドするのが失礼ではないのか、それでもレスが来ない場合は研究計画を見直さないとだな、などと心配していたので、送信してから2日後に返信が来た時の安堵と喜びは今でも忘れません。見ず知らずの外国の大学院生からのメールに対して、たった二日間でレスを送ってくださったことに、本当に感謝しかありません。
使いやすい尺度
尺度開発に当たっては、Savickas & Porfeli(2012)のオリジナル尺度および他国の言語に翻訳された尺度を用いた論文を何本も読みました。確認的因子分析を行った結果を報告している論文の多くでは、信頼性係数が高くてモデル適合度も高く安定した尺度であることが理解できます。
実際、私たちが開発した日本語版において、信頼性も妥当性も検証されています。現在では本尺度を用いた実証研究を行っていますが、信頼性もモデル適合度もしっかりと出ます。実証研究を行っていると、有名な尺度であってもうまいこと結果が安定しないものがあることが身に沁みます。そういった点では、安定的な尺度というのは研究においても実務においてもなかなか貴重な存在なのです。手前味噌ですが、日本語版キャリア・アダプタビリティ尺度はわりと使いやすい尺度なのではないでしょうか。
ここまでが、私たちの論文の「2.目的」「3.方法」「4.結果」「5.考察」のパートを思いっきり端折り、特に統計分析や妥当性の検証は完全に無視して(笑)まとめた内容です。
どなたに使っていただけそうな尺度か
最後に「6.結論」について意訳的に書いて、この長文noteを終えます。
キャリア・アダプタビリティに関する実証研究は、日本以外の多くの国でたくさん行われてきました。私たちの研究では、原著者の許諾をいただいた日本語版を開発できたので、本尺度を使っていただけそうな方をあげてみます。
①社会人を対象とした実証研究
実際に使っていただけるのは研究者の方が多いでしょう。大変ありがたいことに、昨年の経営行動科学学会の年次大会で、高尾義明先生が共同研究グループで私たちの尺度を活用してくださっていることをご発表されていました(改めて、ありがとうございます!)。
事業会社で働く身として、個人がキャリアを開発する上でキャリア・アダプタビリティという心理社会的資源は重要な要素だと思います。キャリア・アダプタビリティに影響を与えるものや、キャリア・アダプタビリティが影響を与える行動や成果を明らかにし、関係性をよりクリアにするには意義がああります。こうした新たな関係性の探究を共に進められればうれしいです。
②学生を対象とした実証研究
キャリア・アダプタビリティに関する海外での実証研究の多くは学生を対象としたものです。企業での実践例はどちらかというと少ないのが現状です。ビジネスパーソンになる以前の段階でキャリアを開発する資源であるキャリア・アダプタビリティを理解することは、働き始めた後に自身のライフキャリアを考え、キャリアを次の段階へとすすめていく上で重要だと思います。
また、学生の時分において、キャリア・アダプタビリティがどのように変化するのかに関する縦断調査を行うことで、どのようなタイミングでキャリア・アダプタビリティが向上したり低下したりするのかが分かれば、効果的なキャリア教育を企画・検討する上で役立つのではないでしょうか。
③キャリア・カウンセラー
Savickas先生はキャリア研究者ですが、研究を始めると同時かあるいはそれ以前からキャリア・カウンセラーをされている方です。実際、キャリア・アダプタビリティは彼のキャリア・カウンセリングの根幹を為している概念として他の論文や書籍で説明されています。
キャリア・カウンセリングを始める際の一つの指標としてキャリア・アダプタビリティ尺度を用いて、その方の状態性を把握することができます。海外のスコアもありますし、私たちの論文でも日本人を対象とした調査結果として記述統計を示しているので、平均的なスコアと比較することも可能です。
私自身は企業に勤める研究者見習いという立ち位置の人間ですので、①に該当する方、具体的には研究者の方や企業の内部で調査をする方とは協働できる領域があるかもしれません。もしご関心のある方は個別にお声がけください!
最後まで目を通していただき、ありがとうございました!