【禁酒令なんかクソ喰らえだ、魑魅魍魎と酒が飲みたいんじゃ。】
変わり果てたこの街に、じめっとした憂鬱が今日も漂う。
今までこの界隈に轟いていた、グラスをかちんと合わせる音はもう耳にしない。どんよりとした空気を感じながら吉祥寺駅のロータリーを抜け、飲食店が所狭しと点在する路地へと足を向かわせる。「ハーモニカ横丁」と書かれた赤と黄の派手な看板は、なんだか今日も寂しげだ。
酒が提供できなくなっただけでこんなにも世界は変わるのか。閉ざされたシャッターをそっと撫でると、ひんやりとした鉄の感触が胸の奥まで伝わった。ここは普段、20時から早朝5時まで営業していて、この界隈を明るく盛り上げてくれる人気店である。緊急事態宣言やまん延防止やなんやらで、その溌溂とした姿を今年は一度も見ていない。記憶の山脈を辿れないほど酒を流し込みまくった、連日のフィーバータイムは幻だったのだろうか。がらんどうになったこの路地は、端から端まで見渡せてしまう。
禁酒令が出され、もはやさまようことさえ意味をなさなくなったこの街は、魅力的な場所ではなくなってしまった。アニメに溺れるオタク産婦人科医、生命力だけが有り余ってる正体不明のジーサン、やたらめたら男に抱かれたがる変な女・・・魑魅魍魎が闊歩する、吉祥寺百鬼夜行が懐かしい。そのカオスな渦に飛び込める夜は、いつやってくるのだろう。家でちびちびと焼酎を舐めながら、思い出の中を駆けてゆく。
飲みたい、飲みたい、飲みたい、熱いパトスをほとばしらせることが出来ないもどかしさに飲兵衛は悶えている。「お前らが楽しげにやんややんやと酒を浴びるから、ウイルスのまん延が止まらないのだ。」言われても仕方ない、反論はしない。ただ、しかし、飲兵衛は、私は、飲みたいのだ。こんな退廃したクソみたいな世界を無酸素状態で泳がされ、ストレスを溜めに溜め込み膨張し、いつ破裂するとも分からない一寸の魂は、今こそ救済されるべきなのである。仕事がない、金がない、でも支出はあんまり変わらない、これはまさしく弱い者いじめである。小池ジャイアン百合子大魔王御一行の横暴はとまらない。
明ける夜を信じていつまでも待つか、無理やり夜を明けてみせるか。
さあ、そろそろ戦い始めてもいいだろう。
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