「4L×PERMA理論」:誰もがウェルビーイングを実践できる方法
1.ウェルビーイングな生き方とは?
「やりたいことは次々と出てきてきりがないけれど…、うん。やり残したことはない」
これは2011年に47歳で他界した私の夫、杉村太郎が死の直前に、まるで自分に問いかけ、確信したかのように言い残していった言葉です。
日本で初めてのキャリアデザインのスクール「我究館」を創業し、その道の専門家でもあった彼が、死の直前に残していったこの言葉は、私の中に深い余韻を残していきました。それ以来、人生の幕を閉じる時に「やり残したことはない」と言える人生、後悔のない生き方とはどのようなものなのかと追求する日が始まりました。
どうすれば、「やり残したことはない」と言える生き方を実践できるのか。
キャリア理論を学び、心理学を学ぶ中で出会ったもの……。それがポジティブ心理学が目標とする「ウェルビーイング」の中にありました。ウェルビーイングとは「幸せ」とか「幸福」と訳されますが、言いかえるならば、死を前にした時に「やり残したことはない」「自分なりによく生きた」と思える生き方だと私は思っています。
幸せの形は人それぞれであり、同様にウェルビーイングな生き方も人それぞれです。ひとことで「これがウェルビーイング」というものではありませんが、自分自身が「より幸せ」と感じられるためには、どうすればよいのでしょうか。
2.誰にも実践できる、よりウェルビーイングな生き方
幸せを花と例えてみましょう。花の色や形が違っていたとしても、花を育てるために必要な基本的な要素は「土壌に種をまく」「太陽の光をあてる」「水をやる」などは変わりません。これと同じように、ウェルビーイングの花を咲かせるにも、誰にも共通する、基本的な法則があることに私は気づきました。私が専門とする「キャリアデザイン」に、「ポジティブ心理学」と呼ばれる新しい心理学を掛け合わせることで、いつでもどこにいても自分を俯瞰することができ、よりウェルビーイングな生き方を実践することができるのです。この基本的な法則を知ることで、自分なりの幸せに気づくことができ、今の自分に足りないものにも気づき、同時にそれを補っていく方法も分かるので、より幸せな状態が実現できるのです。
私はこの法則に「四つ葉のクローバー理論」と名付けました。四つ葉のクローバーを見つけると、幸せになるとされています。この理論に則れば、誰でも「自分なりの幸せ」に気付き、幸せを見つけることができると確信しています。寿命は自分で決めることはできませんが、悔いのない人生を生きることは誰にでもできます。残りの人生の長さに関係なく、年齢も問わず、ウェルビーイングな生き方は、いますぐに始められるのです。
3.キャリア理論からみた「四つ葉のクローバー」とは?
それでは、キャリア理論から「四つ葉のクローバー」を探してみましょう。私たちの人生は、さまざまな要素から成り立っていますが、それらは大きく「4つ」にグルーピングできると、ミネソタ大学名誉教授で全米キャリア発達学会の元会長であるサニー・ハンセン博士は述べています。
(『キャリア開発と統合的ライフ・プランニング~不確実な今を生きる6つの重要課題~』という書籍にも紹介されてます)
この「4つ」のグループは、Lのイニシャルで始まる次の4つです。私は現代において、次のように解釈しています。
◆Labor:仕事
本業、副業・複業問わず収入を得る活動、家事や社会貢献など
※学生の皆さんにとっては、部活や、生徒会活動、家庭の手伝いやアルバイトといった、誰かのために行う活動にあたります。
◆Love:愛
家族やパートナー、恋人、仲間、ペットといった大切な存在との関係、また一緒に過ごす時間など
◆Leisure:余暇
趣味、遊び、スポーツ、休養・睡眠、地域活動、といった仕事以外の時間
◆Learning:学び・自己成長
読書、通信教育、大学院に通う、セミナーに参加して学ぶこと、リスキリングもその一つ、他の3つのL(仕事、愛・関係性・余暇)を通して自己成長している実感
ハンセン博士は「4L理論」を通して、仕事、愛、余暇、学習という4つの要素をバランスよく生きることの重要性を説いています。私たちは、多くの時間を仕事に費やし、仕事を中心に生活しています。かつてはアメリカでも「キャリア=仕事」といった考え方が主流でした。しかしハンセン博士は、キャリアを人生そのものととらえ、4つのLのバランスこそが幸せな人生に欠かせないと考えました。
いま私たちは、人生100年と言われる時代に生きています。定年退職を迎えた60代でも、その後何十年もの人生が残っています。どの年齢にあっても、「今が輝いている」と実感できることは、生きる上での根源的な喜びだと思います。「4つのL」の要素は、ライフステージやその時々の状況で優先順位が入れ替わるものですが、欠けてしまうと自分らしい幸せな人生を築くことはできません。私はセミナーや講演で、この人生を構成する「4つのL」を「4枚のリーフ」として表し、幸せをつかさどる「四つ葉のクローバー」として説明しています。
4.ポジティブ心理学からみた、心を満たす5つの要素
先にも述べたように、ウェルビーイングな人生を送るための四つ葉のクローバー理論は、キャリアデザインとポジティブ心理学を組み合わせたものです。この理論では、人生で大切な「4つのL」をクローバーの4枚の葉に例え、幸せの基本的な構造としています。そして、このクローバーを育てていくための栄養素となるものが、ポジティブ心理学の「PERMA」です。
マーティン・セリグマン博士はアメリカの心理学者で、ポジティブ心理学の創始者の1人です。もともとセリグマン博士は、臨床心理学の分野で、うつ病や不安障害の研究に取り組んでいました。しかし1998年にアメリカ心理学会の会長を務めたことを機に、人間の幸福や幸福感(ポジティブな領域)への挑戦を掲げたことを機に、多くの研究者の間でポジティブ心理学の研究が始められました。
心理学において重要な概念である「フロー理論」を提唱したミハイ・チクセントミハイ博士もその一人です。世界中の研究者がポジティブな領域について研究を重ね導き出されたのが、幸せを作る心理的状況「PERMA(パーマ)」という概念です。
「PERMA」とは、幸福やウェルビーイングの研究を通して導き出されたもので、これらの要素が調和している状態にある人は、より幸せで満足感の高い生活を送ることができるとされています。また、これらの要素は相互に関連しているため、一つの要素が欠けると他の要素にも悪い影響を及ぼすことがあるとされています。そのため、わたしたちがより充実した幸せな生活を送るためには、これらの要素をバランスよく取り入れることが重要と言われています。
具体的に、「PERMA」とは次の5つです。
◆Positive Emotion・Pleasant Emotions:ポジティブな感情・心地良い感情
◆Engagement・Flow:エンゲージメント・フロー、没頭した状態
◆Relationships・Positive&Supporting:良好な人間関係
◆Meaning and Purpose:意味・意義と目的を持つこと
◆Achievement・Accomplishment For its own sake:達成感
それぞれを詳しくみていきましょう。
◆ポジティブな感情・心地良い感情(Positive Emotion・Pleasant Emotions)
ポジティブな感情とは、前向きで明るく、心地よい感情を感じることを指します。具体的には、「喜び」「愛」「感謝」「安らぎ」「興味」「希望」「誇り」「愉快」などです。「喜び=うれしい」「愛=愛おしい」「感謝=ありがたい」などの感情は、幸福度を高めるのはもちろんのこと、心身の健康や社会的な成功にもつながることが科学的にも示されています。
「4つのL」それぞれにおいても、ポジティブな感情をしっかり受け止めていくことがとても重要です。仕事では、プロジェクトにやりがいを感じたり、強みを発揮する中で、「楽しさ」や「喜び」「誇り」を感じることができます。愛においては、愛する人との時間を楽しんだり、深い絆に喜びを感じたりすることで幸福感を得ることができます。余暇では、趣味や好きなことをする中で充実感を感じたり、自然に触れることで癒やしを得たりすることができます。学習では、新しい知識を習得したり、興味を持ったことについて深く学んだりすることで、ワクワクする感覚を感じることができるはずです。
◆エンゲージメント・フロー(Engagement・Flow)
エンゲージメントとは、「没頭すること」や「集中すること」「夢中になること」とも表し、フローといいます。スポーツ選手が「ゾーンに入った」と表現することがありますが、これもエンゲージメントの一種です。私たちの日常でいえば、仕事や趣味に集中したり没頭して、時間を忘れる感覚です。例えば、ピアノを弾いてフローの最中にあるとき、高揚感は感じますが、直接的に幸福を感じることはありません。しかし、後から「楽しかった」「夢中だった」という満たされた感情に包まれます。
フローの状態にあるは自意識が邪魔しないため、創造性も高まると言われています。退屈な時間と夢中になって過ごす時間、どちらが幸せかは一目瞭然です。「4つのL」において、エンゲージメントを多く体験するほど、人生は満たされ充実するでしょう。
◆良好な関係性(Relationships)
良好な人間関係は、ウェルビーイングを高めます。約80年にわたるハーバード大学の研究をはじめ、多くの調査において「幸福を感じる人は、そうでない人よりも人間関係が良好である」ことが証明されています。(詳しくは、『「幸せ」と「長寿」の関係~ウェルビーイングは予防医学~』でもご紹介しています)
人と良好な関係を築くことは、私たちにとって本能的な幸福感をもたらします。「4つのL」において、人との絆やつながりを感じることができれば、幸福度はより高まるといえるしょう。
◆意味・意義(Meaning and Purpose)
人生に意味や意義を見出すことで、わたしたちはより幸せを感じます。自分が何に喜びを感じ、どのようなことに価値を感じるかを自覚し、それに基づいて行動することで、より充実し幸せな人生が送れるようになります。人生に意味や意義を見いだすことで、長いスパンで考えたり行動することができるようになり、困難に立ち向かったり、目標を達成するための努力もできるようになります。
また、社会貢献や利他的な行為によって、自分が社会に役立っていると感じることは、幸せの源になります。「4つのL」でも、意味や意義を見出すことができれば、より幸福度が高まるといえます。
◆達成(Achievement)
何かを達成したり目的を果たしたとき、私たちは満足感や達成感を感じます。登山で山頂に立ったときの感覚や、登頂までいかなくとも、3合目、5合目まで登ったといった小さな目標を達成したときの喜びなどです。人生でも、大きな目標に到達しなくても、小さな目標を立てて前進することで、到達するたびに達成感を味わえます。達成感は成功体験となり、「自分は、やればできる」という自己効力感を高め、自信をもって人生を歩んでいくことができるようにもなります。
このように、PERMAとは、四つ葉のクローバーを育てる、栄養のようなものです。これらの要素が調和している状態にある人は、より幸せで満足感の高い生活を送ることができるとされています。「4つのL」それぞれにおいてPERMAを組み入れることが、幸せな人生を送るために重要なのです。
5.「4つのL」と「PERMA」を掛け合わせることで、ウェルビーイングが実現できる
人生の大切な要素である「4つのL」を「PERMA」で満たしていくことで、誰もがウェルビーイングな人生を生きることができると私は思っています。その再現性を高めてくれるのが、幸せをつかさどる四つ葉のクローバー理論の公式、【Well-Being=4L×PERMA】です。
この「4つのL」を「4つのコップ」にたとえることもできます。仕事・愛・余暇・学習という4つのコップに、PERMAという水を注いで満たしていくイメージです。それぞれのコップに水が満たされるほど、4つのLも満たされていき、ウェルビーイングも高まります。水を注ぎ続ければ、やがて水があふれ出してしまうでしょう。それでかまいません。あふれた水は、他人への思いやりや優しさとなり、ウェルビーングが連鎖していきます。
心が満たされないと、自分のことで精いっぱいとなり、他人を思いやることもできなくなります。また、与えるだけで自分が満たされない状態が長く続くと、そのうちコップの中の水がなくなり、分け与えることもできなくなってしまいます。わたしたちは、まずは自分のコップを満たす必要があるのです。
その方法が、四つ葉のクローバー理論の「4L×PERMA」です。自分の「4つのL」の状態を確認し、仕事・愛・余暇・学習(自己成長)というの4つのカップをPERMAで満たしていってください。誰かを幸せにするためにも、まずは、ああなた自身が満ち足りた状態になることが重要なのです。
6.「ウェルビーイング」とは『全ての人』に与えられている
最近、「ウェルビーイング経営」「健康経営」という言葉を多く見かけます。この言葉から、「ウェルビーイング」を「健康や福祉」と解釈されている方も多いのではないでしょうか。
ウェルビーイングとは、健康や福祉だけでなく『幸福』という概念であり、全ての人に与えられた権利です。4つのLがPERMAで満たされていれば、誰もが実現できるものだと私は考えています。たとえば、いま病気を抱えていたとしても、ウェルビーイングな状態になることはできます。47歳という年齢で亡くなった夫が、病を抱えながらも人生の幕を閉じる瞬間まで人生を謳歌し、ウェルビーイングな状態であったからこそ、あの「やりたいことは次々と出て来てきりがないけれど…うん。やり残したことはない」という言葉を残せたのだと私はおもっています。
ウェルビーイングとは、「病気や怪我などがない状態」を指すものではありません。そうであったとしてもなお、幸せに生きることができるのです。
精神的に落ち込んでいたり、社会的に恵まれていなかったりしても同じことです。四つ葉のクローバー理論を実践すれば、今を満たすことができ、より自分らしい、幸せな人生を生きることができるのです。
かけがえのない人生を、より幸せに生きることが、【ウェルビーイングの目的】です。その実現のために、4つのLをPERMAで満たすこと…。それが自分らしい、幸せな人生に繋がっていくと私はおもっています。
ウェルビーイング・アカデミア
杉村貴子
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