【小説】光の三分間と声と言葉の青春①「声と言葉のボクシング」
この作品を読んでくれるあなた。
そして、すべての朗読ボクサーに“死”ではなく“詩”を
“拳”ではなく“声と言葉”を贈ります。
――青コーナー、二上高校ジム所属。厨時代!
リングアナウンサーの溌剌と響きわたる声が、会場の四方に設置されたスピーカーを通して観客たちの鼓膜を揺らす。
暖房が利いたコンサート・ホールは、千人の観客の呼吸とリングに降り注ぐ強烈なスポットライトでワイシャツが汗ばむほど蒸し暑かった。リングアナに呼び出された僕たちは、舞台袖からステージ中央のボクシングリングへと歩く。赤と青の二対の支柱に、綱引き用のロープを通し、ピンと張って固定したシンプルなリングだ。
指定の紺ブレザーを脱いだ三人の高校生がリングに現れると会場全体が歓声に包まれる。見てくれはどこからどう見ても「お前たちは、ボクサーよりもお笑い芸人だろ!」というツッコミが来そうな三人だった。しかし僕たちは、決して漫才をしにリングに立っているわけではない。
会場を見渡すと、満員の観客席からは千の視線が俺たちを刺している。
十六年生きてきて初めての経験に一瞬だけ意識が飛びそうになる。
「詩のボクシング団体戦 “声と言葉のボクシング” 全国大会も、いよいよ最後の発表になりました!」
レフェリーの合図で試合開始のゴングが鳴る。
その瞬間、会場から僕たち以外の音が消える。
合図に合わせて、普段は人見知りで口下手な僕たちの口が、ワセリンが塗られたボクサーのワンツーのごとく滑舌よく滑り出す。待ちわびた舞台の上で、次から次へと休むことなく大会前から練り上げた言葉が飛び出した!
冴えない僕たちを表現する詩。
右ストレートの代わりに、打つのは言葉のパンチ。
飾りのないありのままの僕たち。周りから落ちこぼれと言われてもなお、必死でもがいて自分の生きた証を会場の観客に伝えたい気持ち。そして、そんなむき出しの欲望を乗せたパンチライン。
計算された間の取り方で緩急をつけ、会場すべての人に鍛え上げた言葉をマシンガンのように放つ。
統率された言葉のリズムは観客を惹きこむ流れを生み、四方を観客で埋め尽くされた会場には、拳で撃ち合う打撃音ではなく感情を乗せた言葉のビートが響く。
そう、僕たちは普通のボクサーではない。朗読ボクサーだ。
グローブをマイクに替えた三対三でのチーム戦。参加選手は十代から八十代という常識しらずの無差別級。そして三分間という制限時間内に己の声と言葉だけで、いかに観客の言葉をつかみ、ノックアウトさせるかを競う。
朗読ボクサーの中には詩を詠む人もいるし寸劇をする人もいる。中にはリングを縦横無尽に跳ね回り、アクションと言葉を融合させたダイナミックな表現をする人もいる。
強烈な個性と個性のぶつかり合いにも、僕たち厨時代は負けていない。三人で紡ぐ最後の叫び。終了のゴング。マイクの電源を切り、両隣のリョウヘイと中島に目配せするとお互い笑いあう。リングアナの咆哮。レフェリーが振り上げる腕。勝者には、会場全体から喝采とともに光が降り注ぐ。
この瞬間、いや、リョウヘイと中島、そしてこの競技に出会ったときから僕の落ちこぼれ人生は変わった。
これは、青春を声と言葉に賭けた三人の物語。
みんな、僕たち魂の叫びを聞いてくれ。