【インクルーシブ・リーダーシップ】希少性の高い規定要因の研究~ILを高める要因は何か?(Ashikali, 2023)
今回はインクルーシブ・リーダーシップに関する最新文献です。
どんな論文?
この文献は、リーダーシップ研究においては珍しい、「リーダーシップを高める要因(規定要因)」に関するオランダでの研究を扱っています。
研究方法も、混合法デザインという定性・定量を組み合わせた調査手法を使用しました。
定性研究は、管理職の動機と経験を収集するために、オランダの中央政府組織の公的管理職(N = 30)を対象とした質的インタビュー調査で、
定量研究は、インクルーシブ・リーダーシップ、多様性の視点、組織的背景に対する認識を測定する公務員(N = 879)を対象とした量的調査です。
興味深いのは、インクルーシブ・リーダーシップと他のリーダーシップの違いとして、チームレベル(つまり、職場単位での調査)かどうかに着目している点です。
トランスフォーメーショナル・リーダーシップ、エシカル・リーダーシップ、オーセンティック・リーダーシップといったこれまでのリーダーシップ・スタイルは、チーム・レベルでの帰属意識と独自性のバランスを目的としたリーダーの行動を扱っていないようです(Ashikali et al., 2021b; Nishii & Leroy, 2021; Shore & Chung, 2022)。
逆に、インクルーシブ・リーダーシップは、こうしたチームレベルのリーダー行動といった影響がすでに実証されています。
定性、定量両面での調査結果から、インクルーシブ・リーダーシップに関係するのは、リーダーの謙虚さと組織文化の柔軟性でした。
一方、当初想定されていた、Ely & Thomas (2001)の統合と学習の視点(ダイバーシティ推進への信念を持ち、違いから学ぼうとする姿勢)は、インクルーシブ・リーダーシップに対する影響において統計的に有意な差が出ませんでした。
インクルーシブ・リーダーシップに影響を与える要因とは
この文献で、インクルーシブ・リーダーシップに影響を与える要因として掲げられたのは、1.個人要因、2.組織要因の2種類に分かれます。
1.個人要因
個人要因の1つ目は、「ダイバーシティ推進の信念」です。
ダイバーシティに関する文献では、職場集団における多様性の価値に関して個人が抱く動機のことを「ダイバーシティ推進の信念」と呼ばれています(Ely & Thomas, 2001; Van Knippenberg et al., 2007)。
この「ダイバーシティ推進の信念」を持つマネジャーは、多様な視点、背景、アイデアを利用できるため、ダイバーシティをチームの有効性に寄与する資源として認識するため、統合と学習の視点(I&L; Ely & Thomas, 2001)と重なる、と整理されています。
著者らは、先行研究を丁寧に紐解き、この統合と学習の視点が公的管理職の包括的リーダーシップを促進する可能性が高い、という仮説を導きました(しかし、定量調査では有意差は出ませんでした)。
個人要因の2つ目は、「リーダーの謙虚さ」です。
Owensら(2013)は、リーダーの謙虚さを、社会的相互作用において、自分自身を正確に見ようとし、他者の長所や貢献に対する感謝を示すときに生じる対人的特性であると定義しているようです。
謙虚なリーダーは、他者との相互作用の中で収集した情報を活用し、フィードバックを求め、間違いを認めることで、他者から学ぶ可能性が高くなる(Chiu et al., 2022)ようです。
ほかにも、謙虚なリーダーは、チーム内の社会的関係にポジティブな影響を与えるエンパワーメント型リーダーシップ行動と正の相関関係があり、リーダーの謙虚さが増すと、パブリックマネジャーはチーム環境における社会的なサインをより受け入れやすくなり、その結果、インクルーシブ・リーダーシップを発揮することが期待される、と著者は述べています。
こうした背景から、マネジャーの謙虚さは、包括的リーダーシップと正の関係があるという仮説が導かれました(こちらは支持されました)。
2.組織要因
論文では、Competing Values Framework (CVF) という理論的なフレームワークが使われています。
このCVFは、柔軟性と安定性、内的焦点と外的焦点といった、2軸で整理されえるフレームワークで(以下図)、組織の特徴や規範における緊張や競合する要求のバランスの必要性を示唆しています。
このフレームワークによって規定される、4つの組織文化タイプの中でも、柔軟性の次元に属する「グループ文化」および「成長の文化」は、インクルーシブ・リーダーシップと正の関係があるという仮説が立てられました(こちらも支持されました)。
研究デザイン
上で述べた通り、この調査は「混合研究」と呼ばれる、定性と定量の両方を扱っています。順番として、まずは定性的な探索的フェーズと、第1フェーズで得られた知見を補強するための定量的フェーズの2段階でデザインされています。
第一段階(定性的調査)では、リーダーシップの役割を果たすことが期待されるマネジャーの視点から、インクルーシブ・リーダーシップの潜在的な決定要因を探るインタビューを実施しました。
オランダの公的機関の管理職チーム・マネージャー(下級、n=10)、ユニット・マネージャー(中級、n=10)、部門長(上級、n=10)、合計30人から回答を得ています。
インタビューの結果をコーディングして分析したところ、想定していたダイバーシティ推進の信念、リーダーの謙虚さ、組織文化要因などは一部のマネジャーから確認されました。
続いての第二段階(定量的調査)では、上述した仮説に対して統計的な検定が行われました。すでに仮説の支持/不支持は述べているので割愛します。
研究の結果
定性的な分析の結果、インクルーシブ・リーダーシップにプラスに働く個人的な先行要因として、リーダーの謙虚さ、共感力、公的管理職の個人的経験が想定されました。
組織要因、つまり組織の背景や価値観としては、柔軟性のある「グループ文化」や「成長の文化」がインクルーシブ・リーダーシップに影響を与えることが示されました。
しかし、組織要因、特に、公的組織の状況は、より複雑な様相を呈しているようです。例えば、社会や政治当局からの統制や説明責任のメカニズムから、より高度に競争的な要求を受けるという特徴がある(Groeneveld, 2019; Vogel & Masal, 2015)ようです。
そのため、組織はより階層的に構造化され、公的組織のマネジャーはリスク回避的になるかもしれず、また、構造的な制約(高い管理スパン、異なる時間シフトや場所での勤務、チームや部署の同質性など)もインクルーシブ・リーダーシップ発揮を妨げる可能性があるとのこと。
感じたこと
リーダーシップの先行要因を研究したものは少ないため、大変貴重です。過去で言うと、理論モデルとしてはインクルーシブ・リーダーシップの先行要因は提示されていたものの、実証研究はありませんでした。
自分が調べた限り、インクルーシブ・リーダーシップの先行要因を実証的に調査したものはこの文献が初めてなのではないかと思います。
改めて、自分が論文を書く時には参照したい、希少性の高い論文でした!
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