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【インクルーシブ・リーダーシップ】ILがワークエンゲージメントを高めるメカニズムとは?(Bao et al., 2022)

またインクルーシブ・リーダーシップ(IL)の論文レビューの旅に戻ってきました。ここ数年で本当によく聞く「ワーク・エンゲージメント」との関係性を見た中国の研究者による論文です。

Bao, P., Xiao, Z., Bao, G., & Noorderhaven, N. (2022). Inclusive leadership and employee work engagement: a moderated mediation model. Baltic journal of management, 17(1), 124-139.

どんな論文?

本日ご紹介するのは、ILがワークエンゲージメントを高めるメカニズムとして、媒介要因(両者の間に介在する要素)や調整要因(高めたり低めたりする要素、境界条件)を明らかにした文献です。

今回、用いられた概念は以下の通りです。

  • 【成果変数】ワークエンゲージメント:高いエネルギーと高いレベルの献身、仕事への強い集中力を併せ持つ、ポジティブで感情的・動 機的な状態(Schaufeli and Bakker, 2010)

  • 【媒介変数】Person-Job Fit:個人の特性と職務上の要求事項の一致を意味する概念(Edwards, 1991)

  • 【調整変数】仕事への責任感:自分の仕事の結果に対して責任を感じる心理状態(Hackman and Oldham, 1974)

これらの概念をモデル化したものが以下の図となります。

P129

つまり、ILは、Person-job Fitを媒介して、ワークエンゲージメントを高め、その効果は仕事への責任感によって調整される、という研究です。なぜ、Person-job fitが、ILとワークエンゲージメントを媒介するのかでしょうか。

まず、リーダーのIL発揮により、承認してもらえることで従業員が自分の仕事に意義を感じたり、話を聞いてもらえることで職場の問題対処ができたり、相談にのってもらえることでスキルアップが出来る。その結果、従業員は、自分の特性や行動を通じて、仕事の要求に応えられるようになる、という仮説です。

また、Person-job fitはワークエンゲージメントを高めることが先行研究で明らかになっています。以下の通り引用しました。

パーソン・ジョブ・フィットが高いと感じる従業員は、緊張や燃え尽き症候群(Maslach and Leiter, 2008 )を経験しにくく 、その結果、より精力的に仕事に取り組む傾向があると考えられる。さらに、人と仕事の適合性の高い知覚を経験した従業員は、自分の仕事をより楽しいと感じ(Choi ct at, 2017)、その結果、従業員が自分の裁量的な努力を仕事に従事させる熱意を高めると考えられる 。したがって、パーソン・ジョブ・フィットの知覚レベルが高いほど、従業員の ワーク・エンゲージメントの向上に関連すると断言する。

P128 訳:Deepl

調査は、中国のIT、金融サービスや不動産などの企業人から2時点で収集した261の回答を元に定量的な分析によって概念間の関係性を分析しました。(ちなみに350が回答者、75%が有効回答。データの数もある程度確保しないと定量研究きつそうです。。)

調査・分析の結果、上に示したモデル図の仮説は、すべて支持されています。

尺度設問の逆翻訳

この論文は、調査結果もさることながら、論文の記載方法や実施方法がしっかりしている印象でした(私見に過ぎませんが・・・)。

例えば、既存の先行研究で使用する尺度が英語のため、「逆翻訳」という方法を取っています。

バイリンガルの大学院生が、まず英語の設問を中国語に翻訳し、それをまた別の大学院生が英語に翻訳。そして経営学者が、元の英語尺度と、逆翻訳によって作成された尺度の類似性を検証する、という手続きを取っています。
これは他のIL論文にはないプロセスでした。

また、媒介変数の導き方や調整変数の理論的意義の記載方法も参考になります。以下、自分の研究上の備忘として書き留めておきます。


媒介変数を探す観点

また、この論文による調査結果とは別に参考になったことがありました。「媒介変数を探す観点」です。

ILがワークエンゲージメントに効くと言っても、その間に入る要素なんていくらでも考えついちゃうわけです。
しかし、研究には「新規性」(それって新しいの?)や研究上の「合理性」(なんでその変数選んだの?)も求められます。

この文献では、ILとエンゲージメントをつなぐ要因として、個人属性と組織特性は過去の先行研究で調べられているが、その相互作用は未解明であり、かつ重要である、ということを、先行研究のレビューから導き出しています。
これがフレームとしてとても参考になります!

個人・組織・相互作用。過去の研究にはどれがあって、どれがないのか。どれが何故重要なのか。
この整理と論理展開は参考になりました
!自分の備忘までに、該当箇所を引用しておきます。

これらの研究は、インクルーシブ・リーダーシップが従業員のワーク・エンゲージメントにどのように影響するかを説明するのに役立ったが、個人属性と組織特性の相互作用に関する1つの重要
な潜在的媒介側面は未解明であった。なぜなら、Caldwell and O'Reilly (1990)によれば、個人属性や組織特性のいずれかと比較して、個人属性と組織特性の相互作用(従業員と環境の間の知覚的適合など)は、従業員の態度や行動結果(ワーク・
エンゲージメントのような)を説明する上でより重要な役割を果たすからです。

P124 訳:  Deepl

また、調整変数の理論的貢献に関する記載方法も参考になります。

「ILにはポジティブな効果もネガティブな効果もある。だからこそ『ILの境界条件』を明らかにすることが有効である」

成果に良い影響を与える論文も、悪い影響を与える論文もあるからこそ、うまく行く要因である「境界条件」を明らかにすることに意義がある、という記載は、そのままお借りできそうなくらい参考になりました。(→そのまま借りてはNGです)


感じたこと

今回は、人的資本開示の流れで特に耳にするようになった「エンゲージメント」とILの関係、およびそのメカニズムを紹介しました。

ILが、従業員の仕事の要求との一致度を高め、その結果、ワークエンゲージメントが高まる、という構図は、なんとなくわかる気がします。

また、責任感が高いほど、ILがPerson-job Fitを高めることも想像がつきます。(おそらく、ILでなく、ほかのリーダーシップでも同様の結果が出そうですが、、、)

今回は、調査結果そのものよりも、逆翻訳といった方法や論文記載方法が特に参考になりました

良い論文からは学ぶところが多いです。


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