とってつけたような言動をさせられる「はなこさん」、それに答えさせられる子どもたち ~学力調査問題の不自然さ~
登場人物にセリフを言わせるとき、やりとりのなかでそれが自然なものになっているか、その人物の造形上無理があるものになっていないか、劇作家や演出家は注意を払う。説明や進行のためだけに中身のない人物を登場させて都合のよいセリフをしゃべらせるのはご法度だ。裏を返すと、こうした専門性と努力を注ぎ込むことによって、演劇人らは、そこにないはずの虚構の世界を現出させるという難業を成し遂げている。
各種学力調査問題におけるご都合主義に満ちた登場人物の使われ方を見るたびに、それは、こうした演劇人らの専門性と努力に対する冒涜ではないかと、私は思っている。
下の画像は、昨日実施された全国学力・学習状況調査の小学校算数の設問の一部(多くの大人にとって見慣れないであろう設問なのは、小学校で2020年度から必修になった「プログラミング教育」の影響)。
ここでは、「はなこさん」に、「2種類の命令のうち、どちらかの命令を直すとかこうとした正三角形ができますね」と(心の声で)しゃべらせたうえで、設問で「かこうとした正三角形をかくには、どちらの命令を直すとよいですか」と問いかけている。
この「はなこさん」のくだり、いるの?? ダイレクトに、「『○○○』か『○○○』のいずれかを直すと正三角形がかけます。どちらを直せばよいでしょう?」と尋ねればよくない??
だいたい、「はなこさん」は、なんでこう思ったの? 誤りの箇所が別にある可能性だってあるのに。
てか、自分の心の声で、「…すると…ができますね」みたいなしゃべり方、する??
それに、これが「はなこさん」の心の声ならば、なぜそれを受けて次に「どちらの命令を直すとよいですか」と問いかけられるの??
この大問には、そもそもなんで「はなこさん」は正方形なり正三角形なりをかこうと思い立ったのかという、出発点からしての疑問もあるのだが(石川晋さんが指摘していた)、それも含めて、私はこうした点が気になって仕方がない。気になるというか、この不自然さ・不整合さがすごく気持ち悪い。
おそらくそれは子どもたちも同じで、「『はなこさん』何者なん? 何があったん?」と思う子はきっといるだろう。逆に、「はいはい、これ、算数のテストだから、そんなこと気にしちゃダメなのね」とご都合主義設定に乗れる子どもだけが、スムーズに回答に臨めるのだ。
こうしたことを述べると、教育関係者からはあまりまともに取り合われないというか、「まあそれは本筋とは違うから」「しょせん約束事だから」といった反応が返ってくることが多い。
そうだろうか?
今まさに学校では、子どもに、(「活用」やら「コンピテンシー」やらの合い言葉のもとで)実際的な状況の中で問題解決していけるようになることを求めているのではないのか。にもかかわらず、こうした、想像力を働かせがたい、いびつな状況と設問、真面目に考えれば考えるほど「損をする」場面を子どもに押し付けることはよしとするのか。
「いや、だからこそ、こうして同年代の登場人物を出してきて、お話形式の設問にしているんです」と言われるかもしれない。
私から見ると、そこに大きな勘違いがある。
同年代の登場人物を出せば、お話形式にすれば、それで、問題解決を行ううえで意味がある状況を成立させられるわけではない。そもそも架空の状況をリアリティをもった形で成り立たせるには、冒頭に示したように、それ相応の専門性と努力がいる。
まず大事なのは、出題者と回答者の間で真っ当なコミュニケーションができる設問内容・形式になっているか、だ。不整合で無理がある場面設定を使うくらいなら、ダイレクトに、出題者が回答者に問いかければいい。
もし架空の場面設定を用いたいならば、自分の身をその登場人物の立場や(その状況の一員という設定だったりあるいは第三者的立ち位置だったりする)回答者の立場に置いてみて、違和感がないか、自分の感覚を働かせて考えてみることだ。
これら両方において、実際に声に出して読むこと、誰かと一緒に役(出題者役・回答者役も含め)を割り振って読み合わせをすることは有効だ。そうすることで自分の感覚を働かせて考えやすくなる。
「面倒くさ…」と思うかもしれないが、そうした一手間もかけずに、とってつけたような場面での問題解決を子どもに課していることこそ、私にとっては、ちゃんちゃらおかしい。
15年ほど前、全国学力・学習状況調査が復活して間もない頃の国語の問題でもひどいのがあった。「〜という言い方をしてもいい」「〜という言い方をしない方がいい」という、根拠なしのセリフを言わせるためだけに2人の登場人物を出してきて、「どちらの考えに賛成しますか」と問いかけるというものだ。
このおかしさを私は国語教育の雑誌原稿(児童言語研究会の機関紙『国語の授業』2008年8月号)に書き、そのコピーを問題作成母体の国立教育政策研究所に送った。それが効いたのかどうかは分からないが、その後、同じタイプのものは調査問題から消えた(多分同様の指摘は他からもあったのだろう)。
全国学力・学習状況調査の受験者数は、今回でも、小6も中3も、それぞれ100万人を超える(悉皆調査への疑問は相変わらずあるが、ここではいったんおいておく)。教師への影響力もおそらくそれなりに大きい。
子どもの力を伸ばしていくために行われているはずの学力調査が、コミュニケーションやら問題解決時の状況やらに対して人間が本来的に持っている感覚をわざわざ鈍麻させていくことにならないように、と願う。
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