通鯨唄の伝統文化の継承を通して「命をいただく」感謝と「理観」を深める
●世界に例のない鯨墓・鯨位牌・過去帳と鯨の法要
8月5日に開催された全日本教職員連盟の第40回教育研究全国大会の第一分科会(テーマ「我が国と郷土の歴史や伝統・文化への理解を深める学習指導」)で山口県長門市立通小学校の増山孝史教諭が実践発表した「地域の特色をいかした教育活動の展開一古式捕鯨の町『通』に残る通鯨唄を中心として一」について紹介し、コメントしたい。
出産育児のために南下した鯨を網で囲い、弱ったところを捕獲する古式捕鯨の町であった通市には、捕獲した鯨の胎児を埋葬した鯨墓が建立され、鯨に対する憐みの情が特に強かったことが推測される。毎年4月に鯨の法要が1679年から始まり、現在も行われている。当時の仏教界では、人間以外に絶対に回向はできなかった時代であり、世界でも類を見ないものである。
また、1573年開山の浄土宗向岸寺には、鯨一頭一頭に戒名、鯨の種類、獲れた日などを記録して残してある「過去帳」や、鯨を埋葬した「鯨位牌」で弔っており、鯨に対する深い感謝と憐憫の念が込められている。
長州藩直営の通鯨組の人々が大漁を祈り祝った「通鯨唄」が保存会によって伝承されており、当時の鯨組は藩の水軍の役割もあったため、規律を重んじ礼儀を尊重し勇壮果敢なもので、憐れみと報恩感謝の真心が込められた、
全国に残る鯨唄でも珍しいもので、「揉み手」で伝承されてきた。
●3つの実践事例一「通鯨海街学」「通鯨唄」「生命の尊重」
同小学校の実践事例1「通小学校地域連携カリキュラム『通鯨海街学』」では、鯨唄の伝承活動をはじめとする地域の文化の体験活動を通した「主体的な学び」を目指し、SDGsを取り入れた主体的な街への働きかけを行った。
また、実践事例2「通鯨唄保存会による『通鯨唄』指導」では、「祝え目出度」と「朝の目覚め」という2つの通鯨唄を締太鼓2基でリズムを取りながら、唄に込められた昔の人々、鯨捕りの気持ちになって唄う指導が行われた。毎年2月には、6年生から下級生へと鯨唄を引き継ぐ「鯨唄引継ぎ式」が実施され、毎年テレビ局の取材が入る。
さらに、実践事例3「道徳(内容項目D「生命の尊重」)」一詩「鯨法会」(金子みすゞ)では、以下の詩を通して生命尊重の精神を学ばせた。
『鯨法会』
鯨法会は春のくれ、
海に飛魚採れるころ。
浜のお寺で鳴る鐘が、
ゆれて水面をわたるとき、
村の漁師が羽織着て、
浜のお寺へいそぐとき
沖で鯨の子がひとり、
その鳴る鐘をききながら、
死んだ父さま、母さまを、
こいし、こいしと泣いてます。
海のおもてを、鐘の音は、
海のどこまで ひびくやら。
●道徳授業のポイントと今後の課題
この道徳授業のポイントは両親を奪われた鯨の子の気持ちと鯨を弔おうとする漁師の気持ちの2つの視点から。「いのちをいただく」ことへの感謝と「いのちをいただいて生きる人間」の存在に深く気付かせることにあった。
授業後のアンケートによれば、多くの児童が「町が好き」「町のことを自慢できる」「鯨唄を学んできてよかった」「通地区のためにできることがあれば、進んでしてみたい」と答えたが、「自分に自信がある」と答えたのは2人だけで、伝統文化の継承活動を通して、自信、自己肯定感(「心のコップを上に向ける」)ウェルビーイングの向上につなぐ指導が課題であることが明らかになった。
●私の指導助言のポイント
この実践発表について私は大要次のような指導助言を行った。まず第一に、本研究主題を設定した理由として、教育基本法第2条5項を引用し、「伝統と文化を尊重し、それらを育んできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」と述べていることを踏まえて、我が国独自の伝統文化が国際平和の発展に寄与する態度にどのようにつながるか、という視点を明確に意識する必要がある。
「通鯨唄」を中心として地域の人々と連携した教育活動は,SDGsを自分事として捉え、地域の人と連携して取り組む「常若産業甲子園」のモデル実践として高く評価できる。とりわけ、鯨の胎児を埋葬した鯨墓や戒名などの過去帳や鯨位牌には、鯨に対する感謝と憐れみの情の深さ、世界に例のない「鯨の法要」にも、「人間中心主義」を反省し、ブレーキをかける役割を果たす日本独自の文化・慣習であることに注目させる必要がある。
実践事例1については、様々な体験活動を通して、自分の志や夢の確立につながるような「主体的な学び」「個別最適な学び」余「協働的な学び」の視点に留意した指導が求められる。
実践事例2については、締太鼓のリズム体験活動と「通鯨唄」を唄う活動を通して、大漁の喜びと解体する鯨捕りの気持ちを実感させ、「鯨唄引継ぎ式」を通して、地域の「伝統を継承」することの重みと価値を実感させたい。とりわけ、リズム体験活動を通して鯨捕りの気持ちに深く共感させる情動教育を「感知融合」の視点から深める必要がある。
実践事例3の道徳の授業では金子みすゞの詩を通して、生と死、「共生」と「循環」の関係構造の「理(ことわり)」に気付かせる「理観」へと導くことが大切である。死んだ細胞が胃壁を覆って新しく誕生するいのちとの膜間つなぎをしているという「細胞死」の不思議さを感得させてほしい。また、金子みすゞの「みんな違ってみんないい」という多様性の尊重ばかりが協調されがちであるが、「生命誌」を提唱する中村桂子氏は、生命の共通性と多様性の両面があることを強調している点にも留意してほしい。