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セカンド・チャンス

離婚してまもなく病身となったのは今から十余年ほど前のことである。
家庭を失い、独りぼっちから始まった闘病生活の当初は暗闇しか見えなかった。

病院へ通い続けるも甲斐なく、病気は複数に増えていく一方であった。
“絶望”そんな言葉しか思い浮かばない日々で、まるで出口のないトンネルの中を這うようにして暮らした。

離婚前・病に臥す前までは歌を詠んだり、地方新聞のエッセイ欄に随筆を書いてもいた。「もう一度、筆を取ってエッセイを書きなさいな。文学の世界に戻ってみたらどうですか」と、うつろな眼の私に励ましをしてくれる人たちもいた。しかし、そんな気持ちにはなれなかった。文学の世界ですって?毎日が精一杯!書きものどころじゃないわよ、私はこんなにも病人になってしまったのよと思った。

旧知の間柄で現在は私のパートナーであるKさんと正式に交際を始めたものの、真っ暗なトンネルからは抜け出せず、それでもKさんが居てくれることで、かろうじて、自身の存在意義を見出し生きていた。

ご存知のように私はクリスチャンである。しかしながら離婚したことが負い目のひとつとなり、キリスト教会から遠ざかった。それでも細々と聖書を紐解き、わずかの光を探した。

その”わずかな光”は不思議な方法で私を導いたのは今年の三月のイースターの朝であった。キリスト教徒ではなかったKさんが「教会に行ってみようよ」と私の背中を押してくれたことだった。

そして、あの朝から半年以上が経った。今は私の体調が許す限り毎週日曜日は礼拝へと出席している。イースターの朝に開いた”希望への扉”は今、目に見えて虹色に輝いている。暗闇の絶望のトンネルしかなかったのに現在は希望の扉を開けてまばゆい虹色の灯りの中にいるのだ。

病状がよくなったわけではない。それでも、今は、希望にあふれて暮らしている。これも不思議なもので、私ひとりであったならば「今週の日曜日は礼拝を休もうかな」と思うときでも、Kさんが私を連れ出してくれて教会へと一緒に行ってくれているので、希望の光は輝くばかりだ。

あとわずかでクリスマスがやって来る。今年はKさんと共にキリスト教会でクリスマスを祝える幸福感をも味わっている。

永遠なる希望の光を、もう一度、見出せるようにと支えて背中を押してくれているパートナーであるKさんには感謝でいっぱいだ。

そうして、あの当時「私には、もう筆は取れない、無理」と投げ出したエッセイの世界に帰ってこれたのも有難い気持ちだ。

どれほど悲惨な状態にあっても、人生には”セカンド・チャンス”があるのだと確信してやまない。

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