No.18 親子
そういえば…
親との関係ってなんなんだろうな
よく親子関係に起因するって言われるけど
親子関係に問題なかったらこの病気にならなかったか?
とそう問われたら……否!問題なくてもこの病気になってた気がする😅
多少影響はあったかもしれないけどこれは私の問題だと私は思ってる。
実家を離れたのは19歳の時で大学進学のためだったけど、4年間のキャンパスライフとそのあと就職浪人的派遣生活3年で計7年間を一人暮らししたんだよ。
その後に故郷に帰って祖母の家で暮らしたのが3年間ほど…
なので故郷で過ごしたのはトータルで22年か
東京に来てからの方が長くなったなぁ😅
私が摂食障害になったことで母にはずいぶん辛い思いをさせただろうと思ってる
前にも書いたかもしれないが母のせいだと思ったことはないよ。
一生懸命な いいお母さん
優しいし正しいしいつも他人のために頑張る人の良い笑顔の人
甘えるということ
けれど私が「甘えられなかったの」
甘えるのは致命的に下手😓
たぶん母も甘え下手なんだと思うけど私はさらに下手かも
寂しくても「寂しい」と言葉で言えない子供だったなぁ〜
私が小学一年生の頃まで中学校教師をしていた母…
活き活きしてて自慢の母だったけど反面いつも保育園預かりでそれから祖父母宅への帰宅で寂しかった記憶はある。
弟が産まれ妹が産まれ…お姉ちゃんだからということもあってしっかりしなきゃというのもあって甘えられなかったんだよなぁ〜
そんなだったから…熱が出てお母さんが心配してくれるのが嬉しくて!
病気にならないかなぁ…親が心配してくれるような深刻な病気になってみたいなぁ…と思って過ごした幼少期なのでした😓
ある意味高校生で食べられなくなって痩せていって…というのはその幼少期の願望そのものだったわけだ(笑)
そう、根底に「甘えたい」とか「寂しい」という気持ちがあったのは否定できない
ま私は当時意識してなくても「食べれなくなって」「病気になって」お母さんに心配してほしくて、気を引きたくて、優しくしてほしかったのかもしれない
甘え直し
でもって35年も前でも、主治医S先生からは親への甘え直しをするように仕向けられた。
甘え直し😅
けれども生まれてこのかたなかなかできなかったことを、担当医から勧められたからと言って「はい甘えましょう!」「さぁおいで〜甘えていいのよ」ってできると思いますか?!🤔
私たち親子はギクシャクして不自然になってよくわからない感じになってしまった😓
お母さんは『子守唄や童謡』の本を買って一緒に歌ったり…添い寝とか、ぎゅーっだっことか…でもね、どうにも不自然で。。。たぶん気持ちはあるんだけどね😅
「甘え直し」って必要なんだと思うけど。。。ちゃんとできる人はできるんかもしれないけれど。。。必要としててもしっくりこない人も多いかもね😓
日本人は欧米人とはまた文化様式違うからね。。。
母子分離
小さい頃のやり残し=甘え直しって
できたらそりゃ良いかもだけど
必須ってわけでもないんじゃ⁈
形に拘らなくてもいいと思うよう、「うまく表現できなかったけど、うまく伝えられなかったけど貴方のことを大切に思ってきたんだよ」って確認だけでも大丈夫と思うよ。
私が思うに、あまり拘らずにとっとと次々の段階の「母子分離」に進んだほうがいいと思うよ
母子分離って大事だと思う
そして難しいと思う。
特に思春期以前に病気になったりすると
経済的にも精神的にひとり立ちしようとすることはかなり不安なんじゃないか
でもね、若いうちの勢いで親と離れて1人で生きていこうとするのは大賛成❣️
とにかく1人で勝負してみてほしい
失敗してもいいから
若いうちなら失敗は周りがどうにか助けてくれるし、やり直しは何度もできる!相当派手にやらかしても大丈夫だったよ😅😅😅
ハメをはずすなら若いうちの方が得❗️必ず力がつく!私もたくさん失敗したし大恥もかいて情けない思いもたくさんした。
逆な立場
今ね、自分がお母さんになって子ども達が思春期から自立の年齢になっていてまた逆の立場で物事を見る機会もあるんだけど。。。
親にとってもね『子離れ』って課題で辛いんだな😢って実感だよ。
いつまでたってもたぶん我が子は「子ども」で心配の対象なんだなぁ〜って、でもね、この心配な気持ちは信頼と極だからね。
『信じること』『子どもを信じること』
『ひとりの人間』『私の人生とはまた別の人生』
子どもたちはそれぞれ自分の人生を歩き始めた!
私とは親子だけどね、関係は途切れないけど、もう別の道だ!
かって母に対して思ったことを逆の立場でも思い知るかたちに。
子どもたちへ
応援してるよ📣いつもどんな時でもずっとずっと!
もし頼りたくなったらいつでも待ってる(笑)
そしてお母さんもお母さんの人生を楽しんでいきることにするよ
一人暮らし
大学生になって最初に一人暮らしを始めた時
大学の提携の寮とかいろいろ検討した結果…
大学近くの学生専用のアパートみたいなところに決めたんだった。
大学が市街から離れた山の中にあったから中間地点のまぁ長閑な田舎だったけど😅
大学に入っても親元を離れても過食嘔吐は付いて回った💧
時代はバブル全盛✨✨✨
ねー、(過食嘔吐から)自由の身ならばどんなにか謳歌できただろうか?
原チャリ免許は持っていたので、スクーター購入したし一人暮らしなんてチョロいって思ってたけど…実際そうでもなかったよ😢
たくさん困ったこと分からないことがあって、今と時代も違うのですぐググるとか検索
とかいうわけにもいかず、実家に電話をかけては相談することもあったし、本屋で図書館で本を探して知識を得ることも多かったかなぁ〜
今の子はほんと「調べる」「知らないことを知る」という点では昔とは雲泥の差で得をしてると思うよ、すぐ調べられてすぐ知識を得られるもの、学ぼうとすればいつでも何処でも学べるんだもんね
おっと話が脇道に逸れてしまったけど…
過食嘔吐を抱えたまま家を出た私はそれなりに苦戦したよ当然。
家を出たからって簡単に治るわけないし😓
家を離れて初めて『ひとりぼっち』の孤独とも向き合わねばならなかったし。
誰にも言えないんです、なにか感じても思いついても考えても、伝える相手がね😓💧💧💧
嬉しいとか美味しいとかプラスの感情すら共感する人がいない!TV見てても一緒に笑う人が居ないのは寂しかったな〜
孤独って自分の存在が不確かになることなんだと身に染みて思った。
で、寂しいから、時間をどう過ごしてよいかわからず、過食に過食嘔吐に没頭する
それが毎日の繰り返しだった。
受けなければいけない講義、授業はちゃんと出席したし同じ学部学科の友達もできたけど…気を許せるほどの仲でもなかった。
大学の授業の間は我慢してフツウの振りをして、帰宅後に過食魔に変貌して大量に食品を買っては貪り食い吐く!
時に短期のアルバイトをしたりもできたが…長期が無理だったのは、やっぱり過食嘔吐があったから。
朝から大学へ登校し夕方まで我慢しても、バイトもギリギリでがんばって帰宅しても…ひとりで家にいるともう間がもたなくて。。。
そう、間がもたなくて、時間がやり過ごせなくて、、、
過食に突っ走ってしまう
一日抑えていた衝動
複雑だった。
不安定な気持ちだった。
簡単に揺れ動いたし
けれど「こうありたい」というプライドもあったし
自分の心の中とはいえ、なかなか折り合いのつかない矛盾と葛藤を抱える日々だった😥
興味あって読んでくださる方がいたら
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