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1章 長崎への旅⑴

鶴の港長崎、ふるさとへの旅。
(ふるさとの海は穏やかであろうか。山々は変わらず青く連なっているだろうか。友垣は穏やかに暮らしているだろうか)
久し振りの長崎への旅を前に、イチョウの思いは果てしなく膨らんでいく。

イチョウとスイデンの2人旅。
目的は、長崎の地で、老人ホームをみつけることである。
イチョウの両膝は疼き、外出には杖が必要となっていた。

イチョウは、これまで何回も、小松空港から福岡国際空港ヘ飛ぶルートで、故郷の長崎へ帰省していた。
福岡国際空港からは、地下鉄を経由して、JR博多駅へ。
そして特急で長崎駅へ向かう。

杖を頼りに歩くイチョウにとって、このルートの難点は福岡国際空港と博多駅間の移動である。
いつの頃からか、(歩く距離がかなりある。しんどい)と思うようになっていた。
飛行機は第3ターミナルに到着する。
そこから、第2、第1ターミナルへと通路を歩く。長い。
さらに、エスカレーターで下りて地下鉄に乗り、又、エスカレーターで地上に出る。そして、人の混み合う博多駅構内を
旅行鞄を引きずって歩かなければならない。

(若い頃は、その移動は、何でもなかったのに。旅行鞄をガラガラと引きながら、構内を楽しく歩いたものだ)
イチョウは、いつの頃からか、人の多さに疲れそそくさと通過するだけになる自分に気付いていた。

イチョウは、福岡国際空港を経由しない方途ほうとがあると閃いた。
ずっと以前、長崎からの帰路が満席で、切符が入手できないことがあった。
その時、旅行会社の係員は、
「羽田経由はいかがですか」と、すこぶる付きの笑顔で勧めた。

飛行時間と運賃は少し増えるが、羽田空港での乗り換えは外に出ないでスムーズであるという。
その通りにしたところ、実際、乗り換えは短時間で楽であった。
何しろ荷物は預けている、小さなリュック1つの移動で済んだ。
この体験からイチョウは、往路はともかく、復路はくたびれ果てていることだろうと予想して、今回の旅では、長崎空港から羽田空港経由で、小松空港へと戻ることにした。

旅の支度が整った。
季節はいつのまにか紅葉のこうとなっていた。
山々の木々は、赤や黄色の色さまざまに染められている。
スイデンとイチョウは、2人して小松空港に向かった。
タクシーは、馴染みのYYタクシー。
スイデンは、久し振りの外出に高揚して
タクシー運転手としゃべり続けている。
イチョウは、黙然と窓の外を見ていた。
(長崎のケアホームはどんな所だろうか)

久し振りの小松空港は、いささか様子が変わっていた。
福岡行きのゲートは遙か遠い所にあった。
イチョウの歩みがだんだん重くなる。
途中、空港備え付けのカートをみつけて、荷物をのせ、押して歩いた。
スイデンは、ゆっくりとイチョウの傍らを歩いた。

福岡行きのゲートは、はるばる歩いて、さらにエスカレーターを下りた所にあった。
そこはガランとして、自販機が1台あるだけであった。
イチョウは、待っている間に、軽く朝食をとる心積もりでいた。
(困ったなあ)
イチョウはその時、既にウロウロする元気はなくなっていた。

スイデンが、サンドイッチを探しに戻った。
イチョウは、待合の椅子に座って、スイデンが戻って来るのを待った。
ふと前方を見ると、飛行機が、地上の遙か彼方かなたに駐機している。(あそこまで行くのか)と、イチョウは溜め息をついた。


長崎の旅は、この後、うれしいこともあったり……まだまだ続く……

→(小説)の花かご #6 長崎への旅⑵ へ続く








(小説)笈の花かご #5 1章 長崎への旅⑴
をお読みいただきましてありがとうございました
2023年10月21日#1 連載開始
著:田嶋 静  Tajima Shizuka
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