(小説)笈の花かご #45
17章 食堂に響き渡る歌声(3)
流行歌、千昌夫の『星影のワルツ』
「流行歌を唄いたい」
まもなく、なんと4階食堂の皆のリクエスト。
その日の3時のお茶の後に、千昌夫の『星影のワルツ』の歌詞が配られた。
(誰しも一生に1度はつらい別れを経験しているもの。本当、誰でも心打つ歌詞だわ)
とイチョウは歌詞を見て皆からリクエストの深い意味を知った。 歌詞を眺めるばかりのヤマブキ黄子は、
「知らない」
一同は困った。
(黄子、この歌が大流行の時代、どんな暮らしを? きっと声楽を一生懸命……『星影のワルツ』は失敗ね )
イチョウはそう心の中で思いながら、軽く出だしを唄ってみた。すると、4階食堂の皆も唄い始めた。意に反し黄子は、コピー片手に節回しに合わせ長く伸ばしたコーラスを小さく口ずさんで皆に重ねた。
ティータイム、織子のお話
「結婚式で『星影のワルツ』唄った馬鹿タレがいたの」
唄が終わると、お茶を飲みながら、ナズナ織子が話し始めた。
ナズナ織子は、自分から話を始めないが、ちょっとした拍子やテーマを切っ掛けに、
「そうそう、聞いて、昔ね、大変な事があったの……」
と思いがけない愉快な話を始め、いつも周りを楽しませる。
「親戚の披露宴でね、若者がこの曲をカラオケで唄ったの」
『星影のワルツ』は、めでたい披露宴にふさわしい曲ではない。むしろそぐわない言葉が幾つも登場する。別れる、死ぬ、さようなら。
「その若者は、後で親戚の長老から、大目玉! 」
食堂がどっと沸いた。
ナズナ織子の昔話で、皆の『星影のワルツ』にまつわる悲しい別れの思い出の中に1つの笑いが加わった。
『星影のワルツ』の次に、イチョウが一緒に唄いたいと思ったのは、淡谷のり子の『別れのブルース』。別れの曲ばかりイチョウは思い浮かんでいた。自分でも気づかぬまま。
次の章は、車いす生活になってしまったイチョウの話です。
→(小説)笈の花かご #46
18章 車いす生活になったイチョウ(1) へ続く
興味がある方のために『星影のワルツ』の歌詞を付記します。お楽しみください。
(小説)笈の花かご #45 17章 食堂に響き渡る歌声(3)
をお読みいただきましてありがとうございました。
2023年10月21日#1 連載開始
著:田嶋 静 Tajima Shizuka
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