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(オリジナル連載小説)うぐいす館から「ホーホケキョ」

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高齢者住宅の仲良し3人の食卓での話題を中心に、「ホーホケキョ」と題してお送りするほんのりなごむようなエッセイ風オリジナル連載小説です。今と昔を比べてみたりちょっと懐かしいふるさと…
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(小説)うぐいす館からホーホケキョ⑤  「お名前を教えてください」

なぜ? 毎回、名前を尋ねられる うぐいす館は、午後3時、おやつの時間である。 うぐいす館窓際のテーブルに集うのは、 堤 梅子97歳、今道 武子90歳、金田 富子86歳の3人である。 武子が、梅子に話しかけた。 「ね、ネエ、食事の後で、職員が薬を持ってくるでしょ。 その時、なんで《 お名前を教えてください 》と言うの?」 「なんでって、間違いがないように確認しているのでしょう」 「テーブルには、名前が貼ってあるし、間違わないでしょう」 「うっかり違う人の薬を持ってくること

(小説)うぐいす館からホーホケキョ④「みんな夢の中」

プロローグ  〜今道 武子の唄〜 今道 武子は、いつも唄いながら車いすをこいで、うぐいす館の中を移動する。 ある日、武子は、《 みんな〜夢の中〜♪ 》というフレーズばかりをここ最近、繰り返して唄っていることに気付いた。 うぐいす館の毎日は心地がいい。気持ちよく眠り、食事もそれなりに美味しい。特に困ることはない。痛いところも痒いところもない。 しかし、武子は時として不安な思いに駆られる。 (90歳、何があってもおかしくないわ) と、ひとりごとを呟いた。 (どうして、

(小説)うぐいす館からホーホケキョ③ 「この世にこんな美味しいものがあるのか」

思いがけなく美味しい食べ物に出会うと、人は感激して 《この世にこんな美味しい物があるのか》 と口走る。 何故、そんなにも大げさな言葉を口にするのだろうか。 うぐいす館のおやつの時間 窓際のテーブルには、97歳の堤 梅子、90歳の今道 武子、86歳の金田 冨子の3人が座っている。 それぞれ、コーヒー、紅茶、ジャスミン茶の入ったカップを手にしている。おやつはドラ焼。1/2にカットされて、小皿にのっている。 冨子が口を開いた。 「近頃、ここの食事はまずいね」 「食費の値上げを

(小説)うぐいすの館からホーホケキョ②「睡眠薬代わりに読む本#2(冨子、梅子の場合)」

(金田 冨子の場合) 「ところで冨子さんは、どんな本を読んでいるの?」 と武子が訊く。 「もっぱら推理小説ね。松本清張、内田康夫と手当たり次第に読んだわ。バリバリ働いていた頃の話だけど」 「今は?」 と梅子。 「新聞の連載小説を楽しみにしているわ。切り抜いて冊子にして保存しているの」 「読み返すの?」 「切り抜きのツンドク」 思い出したように冨子は,作家・内田康夫について語り出した。 「作者と勝負する面白さがあったと思うの」 「勝負って、どういうこと」」と、梅子と武子

(小説)うぐいすの館からホーホケキョ②「睡眠薬代わりに読む本#1(武子の場合)」

うぐいすの館のテーブルメイト3人いつもの午後3時のお茶の時間である。 堤 梅子(97歳)は、3時少し前からトコトコ歩いて食堂に姿を現わす。コーヒーを頼むことが多い。 今道 武子(90歳)は、キッチリ3時に、車いすを自分で操作して食堂に現われる。 金田 冨子(86歳)は、少し遅れてシルバーカーを押して来る。 食堂の入り口にそれを置いて、窓際のテーブルまでは、杖歩行である。 積ん読、斜め読み、飛ばし読みなど、今も昔も変わらない本を読むスタイルがある。うぐいすの館で暮らす人々、

(小説)うぐいすの館から、ホーホケキョ① 「暗算が出来ない」

うぐいすの館は午後3時、お茶の時間である 3階食堂の窓際のテーブルに、堤 梅子(97歳)が着席した。少し遅れて、今道 武子(90歳)、金田 冨子(86歳)がやってきた。 梅子は、少し猫背であるが杖なしで歩いている。武子は車いすを自分でこいでいる。冨子はシルバーカーをゆっくり押してくる。 それぞれ、紅茶、コーヒー、緑茶をスタッフに頼んだ。 「近頃、暗算が出来なくなったわ」 紅茶をゆっくり飲み干した堤 梅子が呟いた。 「へー、暗算が出来ていたの。何歳まで?」と、武子が訊いた

(小説)うぐいすの館から、ホーホケキョ⓪「はじめに」

はじめに うぐいすの館は、高齢者が暮らす施設である。 正式名称は「介護付き有料老人ホーム・晩鶯館」である。命名の経緯や、建物の規模などは、この稿の終わりに、参考として記している。興味ある方はご一読下さい。 うぐいすの館の入居者は、配偶者に置いて行かれた独り者がほとんどである。従って女性が多い。 「お母様、素敵な所があります」と、長男の嫁がパンフレットを持ってくる。長男も、「いいところのようだ。見学に行ってみるか」などと、乗り気である。「私も安心して、仕事にいくことがで