見出し画像

減法を説明するための闘い(1)|G社の試行錯誤

 加減の説明の方法として、教科書は
パターン1)Kr社
パターン2)T社・S社・D社・Ky社・N社
パターン3)G社
の3つのパターンに大別できる。
 パターン1では○より△大きい数/小さい数で加減を説明し、T社に代表されるパターン2では数直線上の矢線の操作で説明する。
 これに対してG社は独特の説明をする。

独自の説明をするG社

 G社が正負の数の加減で他の教科書と異なるのは、1つは、減法の答の求め方とその図示である。

弓なりの線はベクトル

1)数直線上の移動を、弓なりの線と途中に囲みでいくつ移動したかを示す符号つき数字で示す。例えば(-5)+(+3)の図示は次のようになる。

 他の教科書のようなまっすぐな矢線では示していないが、考え方としてはベクトルである。

本教科書のように代数的構造の要素である数を、1次元のベクトルと解釈してベクトルの世界を構成し、その中で加法や減法を考えることになる。(G社 教師用指導書より)

 高校の教科書のベクトルとは全く様子が異なる。しかし、ここでは矢線の「ベクトル」を教えたいわけではない。ベクトルの「概念」をつかって整数のの数の加減を教えたい、というわけである。
 数学者のもつ「まっすぐな矢線」というベクトルのイメージを捨て、中学校1年生にあわせた図解表現、ということができるだろう。

加法の力を借りない減法の答えの求め方

 減法の答えの求め方も、独特だ。ひかれる数○がひく数△から見てどちらの向きにどれだけ進んだ位置にあるか、とする。一瞬、飲み込みづらい説明だが、下の例は (+1)-(+4)の計算の図示である。

 +4から負の方向へ3動くと+1になるから (+1)-(+4)=-3 とする。

 a、bがどの位置にきても、a-bの計算結果は「bからaをみる」という点では同じである、このことに着目して2数の差を求めている。(G社 教師用指導書より)

 この「bからaをみる」を減法とするのは、「aよりb小さい数」というパターン1とも、「a+(-b)」とするパターン2とも異なる。
 しかし、この減法の説明には、どうにも違和感が残る。ひとつは、減法として見ると交換法則は成り立たず、残念ながらどちらからどちらを見るのか、混乱を起こしやすい、という点である。

 そしてもうひとつ、本質的なの見込みにくさを指摘することができる。それは「点(座標)から点(座標)をひいて、ベクトル(移動量、変化量)を求める」という操作になっている、ということである。

点から点をひくと、ベクトル(移動量)?

 2種類の加法(と、その逆算の減法)がある。「ベクトル±ベクトル=ベクトル」と、「点+ベクトル=点/点-ベクトル=点/点-点=ベクトル」である。G社でも加法の説明は「ベクトル+ベクトル」を採用しているが、上記で見たとおり「bからaをみる」減法は、「点+ベクトル=点」の加法に基づく。
 「点+ベクトル」とは 地点Aにいて、$${\vec{b}}$$だけ移動すると点Cにいる、という計算で、和は点(座標)である。そして減法として、ベクトルを求めるため、「点A+ベクトル$${\vec{b}}$$=点C」の逆算「点C-点A=ベクトル$${\vec{b}}$$」を使っているのである。

もうちょっと直観的な説明をすると、「2時と3時をたす」には意味がないけど、2時から3時間たったら5時になるので「2時と3時間をたす」には意味がある、ということである。そして「5時は2時から見て、3時間後」を「5-2=3」という式で表す、ということである。

 そういう意味では点を位置ベクトルとを同一視する、というなかなか高度なことをもとめているわけである。これを次のような図で、巧妙に持ち込むのである。時間のたとえで言うと、「0時から2移動するベクトル」「0から+5移動するベクトル」を「+2の点(座標)」「+5の点(座標)」とそれぞれ同一視する,ということである。
 時間のたとえにすると(余計混乱するかも知れないが)0時から2時間たったのが2時で、それからさらに3時間たったら、さいしょから5時間がたっており,それは5時だというわけで「2時間と3時間をたす」と「2時と3時間をたす」を、と積極的にごっちゃにしていこう、というのがG社の説明ということになる。

 学習者が素直に受け入れることを期待するしかないポイントとなるだろう。移動の矢印(ベクトル)と、移動の結果(点・座標)が都合よく切り替えができることを、「そういうもんだ」と飲み込んでもらうしかないのである。(なんだか高校のときの位置ベクトルだの自由ベクトルだの、スッキリしなかったような気もする)


パターン1・パターン2も採用していた

 さて、G社もさいしょからこのような説明モデルではなかった。むしろ、過去の教科書をさかのぼると、パターン1を採用してきた時期、パターン2を採用してきた時期がそれぞれある。

■1957(S32)年版まで 温度計、ハシゴのモデル
■1962(S37)~ 数直線上で3大きい=3右にある数、5小さい=5左にある数で説明(パターン1と同じ説明。)
■1972(S47)~ 数直線上のまっすぐな矢線で示したベクトルの合成と反転(概ねパターン2の説明)
■1993(H5)~ 現在の説明方法と図解に。

 こうして、いちばん試行錯誤をして現在の独自の説明方法・図解にたどり着いてきたようにも思える。

ひき算する意味

 さて、T社・D社・Ky社・N社・Kr社は、いきなり「次はひき算・減法です」として、減法の式の答の求め方の説明をはじめてしまう。Kr社以外はベクトルの図をおもむろに反転した図を用意して、こうすると答えが見つかります、とする。
 しかしG社とS社は、減法の式が立式されるシチュエーションをまず示す。上記の話とも関連するので、続けて述べることにする。

どっちにどれだけ移動したか忘れる人のモデル

 まずは、S社を見てみる。

 東西に延びる直線の道路を、P地点からはじめに何kmか進み、そこから東へ2kmすすんだところ、P地点から東へ5kmの地点に着きました。
 はじめにP地点からどちらへ何km進んだのでしょう。

 S社はこのあと、1回目の移動を□kmとして、
□+(+2)=+5
という式を立て、次のひき算で求める、とする。
□=(+5)-(+2)
 こうしてひき算の式が出来上がる。

 続けてG社だ。

 巻末①のカードゲームで、健太さんは2回目が終わったとき+5の位置にいました。1回目に出たカードが+2だったとき、2回目に出たカードは何でしょうか。また、1回目に出たカードが-1だったとき、2回目に出たカードは何でしょうか。(2021年度版)

 巻末①のカードゲームとは、+と-の両方にいけるすごろく形式のボードで、サイコロの代わりに+6から-6まで、0を含めて13枚のカードをひいて移動を決めるゲームである。
 ここからG社は、(1回目の動き)+(2回目の動き)=(動いた結果)で、(+2)+□=+5 になって、□を求めるには
 (+5)-(+2)=□
 (動いた結果)-(1回目の動き)=(2回目の動き)

 しかしこのシチュエーションはモヤモヤする。「何で2回目に出たカードがわからないのか?」という素朴な疑問が頭をもたげるからである。どうもシチュエーションを不自然に感じて、その分、直感を邪魔するのである。たし算→ひき算のプロセスだけ純粋に注目させたい、というか、そのためどっちにどれだけ動いたか忘れてしまう人工的なシチュエーションになるのである。

弟に追いつきたい兄、というモデル

 実は、G社のその前の2016年度版(とその前の12年度版)版に掲載されている問題はこれと異なる。問題提示から減法の式に至る説明まで、つなげて引用する。

 兄、弟の順で1回ずつコマを動かし、兄は+2、弟は+5まで動きました。次に兄はどちらの方向にどれだけ動けば弟に追いつくでしょうか。
 ?で、兄のコマが2回目に□だけ動いて弟に追いついたとすると、兄のコマの動きについて、次のような加法の式をつくることができる。
  (+2)  +   (□)  = +5
(1回目の動き)+(2回目の動き)=(動いた結果)
 したがって、□にあてはまる数を求めるには、次のようなひき算の式を考えればよい。
  (+5) -  (+2)  = □
(動いた結果)-(1回目の動き)=(2回目の動き)

 なるほど、(1回目の動き)+(2回目の動き)=(動いた結果)から(動いた結果)-(1回目の動き)=(2回目の動き)へと持っていくのは変わらないが、□を求める意味は、さっきの忘れてしまうシチュエーションよりは明白だ。
 兄は弟に追いつきたいのだ。これほど切実な場面はない。そんな切なる感情を持ってこの問題を眺めると、現行版よりもよっぽど感情移入出来るシチュエーションである。

 兄はわたし。bにいる私は、aにいる弟に追いつくためにどうしたらいいか。aのいる方向にaまでの距離を移動すればよい。それがa-bという式だ。容易に数式から数直線の自分の身を置いて考えることができる。

 しかし現行版では、健太さんが2回目の結果を隠しているだけである。シチュエーションに応じて説明しようとすると、教科書の文章が長くなるからなのか。だから、たし算から(動いた結果)-(1回目の動き)=(2回目の動き)というひき算にするプロセスだけ抜き出すならば、忘れたり隠していたりする不自然な設定であっても、現行版のように加法の式が単純に導き出せる1回目の動き・2回目の動きとすることに変わってしまったのだろう、と推測する。導入のたし算の式は簡単に導き出せるのではあるのだが、残念ながらひき算する必然性がわかないので、直観的に減法につながらない。

 そう思って、この減法導入の問題を過去G社の教科書でどうしていたか見ていく、何度か2人の移動の比較と、同じ人が2回続けて移動するときと、「揺れ」ているのである。さかのぼる形で並べてみよう。

21年度版・・・(先に紹介した)2回目はどちらの方向へどれだけ動いたか。
16年度版・12年度版・・・(先に紹介した)兄はどちらの方向へどれだけ動けば弟に追いつくか
06年度版・・・2回目はどちらの方向へどれだけ動いたか。
02年度版・97年度版・・・次にいくつのカードを出せば追いつくか
93年度版・・・A君はB君よりどれだけゴールに近いか

 ひき算をする必然性を実感するためにさいしょに問いを置くのであれば、2人の比較の方が、自分から見た相手、というメンタルモデルが直観的に使いやすいのではないか、と思う。

結局は、教師の好みのモデル・・・

 やはりG社は揺れている。そして追い打ちは、指導書の次の文章である。

教育実践の場で用いられるモデルは多種多様である。ベクトルとは別の何らかの増減する量、例えば、収入と支出、東西への移動距離、トランプゲームの得点などがモデルとして用いられている。中学校の教師はそれぞれ、正、負の数の加法、減法の指導では教科書に記述されている指導法にとらわれることなく、自分の得意な方法で指導することが多い。それは教師の好みのモデルがたくさんあることを意味している。

 「教科書を教えよう」「教科書で教えよう」としている指導者への一撃でもあるのだが、かくも正の数・負の数の減法を説明モデルはたくさんあるが、どれも一長一短、メリットデメリットがあり、教師の説明の「クセ」だったり、教え方のスタイルだったりに大きく依存することを表している。この指導書では、それらはすべて「ベクトル」の考え方である、ということを教える側が抑えておく必要がある、ということを言うのだが、教科書上では誰もがなんとか理解できそうな最大公約数的な説明となる、ということである。教科書にあらわれた変遷は、それを探る闘いの歴史であるとも言える。

 続けて、他のパターンの説明方法も見てみることにする。


いいなと思ったら応援しよう!