(9) 拠点を何処にするか?(2023.10改)
密着取材していた岡山のローカル局が蒜山高原でのシカとイノシシの駆除の模様を伝えると、中国山地のある周辺各県も動き出す。数千頭の駆除が2日で出来る仕組みが存在しないのと、中国山地の至る所で、獣害が深刻な問題になりつつあるからだ。日本全国で各都道府県、各市町村で獣害対策費用は年々増額され、地方自治予算に於ける割合も馬鹿にならない規模になっている。
それだけ一次産業従事者の被害が嵩み、従事者からの行政への要望も高いとも言える。
田畑を獣から守るバギーとドローン、攻撃用ドローンによる獣害対策はモリの長年の課題を具現化する製品でもあった。その一方でサチからも指摘される側面を持ってしまった。
「最初は麻酔弾を放ってたのに、実弾を撃つドローンになった。最早、兵器だよね」
従って販売しない前提でドローンを開発せざるを得なかった。
射撃用のドローンだけではない。50kgの重量物が運搬可能なドローンも、兵器になりうる可能性を秘めており販売できない。単純に石ころを多数積んで3000m上空から放っても武器になるし、爆弾を投下すれば、高い高度を飛ばない爆撃機になる。
プルシアンブルー社として、ドローンの兵器化問題に関しては今後の方針を明確にする必要がある。獣を殺傷する能力があるのだから、当然ながら武器として見做される。狩猟用と戦闘用ライフルとの相違は弾倉の弾数ぐらいだが、ドローンの弾数が4,5発では役に立たない。その都度着陸して銃弾を装填するわけにはいかない。マシンガンよりも多い弾丸を積んでおいて「狩猟用です」とは言えない。事実、特定の国から製品提供の要請がある。
夜明け前から始まったシカの群れの討伐作戦後、ー連の作業を終えてモリとサチは岡山市へレンタカーで向かった。
蒜山高原で狩られた二千頭を超えるシカとイノシシは、日本海側の鳥取・境港へトラックまで輸送され、停泊しているサザンクロス海運の冷凍船に収容され富山湾へ運ばれてゆく。明日には氷見市の精肉会社で解体され、食肉用とペットフード用、革加工用に区分けされてゆくだろう。
道中、昼食を取るなど観光しながら岡山市内に到着したモリとサチは、14時、15時で地場のスーパー2店を訪問して、宇都宮市のスーパーと同様の仮契約を済ませた。
宇都宮のスーパーの2週間遅れで、岡山でも物資の搬送が始まる。
夕刻レンタカーを返却し、繁華街の評判の居酒屋に2人で入店すると慰労会を始める。
ジョッキを頼んで乾杯する。未成年者が喉を鳴らしてジョッキを煽り、「プハーっ」とCMのように言うのを見て「いい女になったな」とフト思ってしまう。
この状況を摘発されるだけで議員は辞職、18歳との異性間交遊が発覚しようものなら政治家として永久に終わりなのだが、困った事に危機感が2人には全く無かった。
「今夜もホテル泊でいいよね?」
とスマホで部屋の空きのある宿を探しながらサチに訊ねる。今夜中に帰るのが当初の予定だったが、蒜山高原からの道中で今宵も小娘を味わいたくなっていた。
「うん!」と即座に弾んだ声が帰ってくる。
敢えて顔も見ずに、金目を厭わず良い部屋を抑える。これではパパ活対象のオヤジと同じだなと己を笑う。
「サチも東南アジアに来ればいいのに・・」
明日の午後、ODAのメニューの一環でハノイに向かうのだが、サチは明日明後日と外せない仕事があるらしい。サミアに一言言えば、多分どうにでもなるハズだ。
「ワクチンプログラムの開発だから無理だよ。ソッチは頑張るから、コッチは徹底的にサービスしてね」と言われれば、頷くしかない。
瀬戸内の魚の数々・・明石の鯛の刺身に、焼きママカリの酢漬け、チヌの蒸し焼きを食べながら、岡山での次の一手、流通業について話をしていた。
「ところで、話は変わるんだけど。次の政治基盤は何処にするつもりなの?」
「どした、突然?」
「だって、札幌に行きっぱなしになったら嫌だから、私も札幌に支店を作らなきゃ行けないかなって考えちゃうし・・」
「未成年者が支店を作るの?」
「言葉のアヤだよ。札幌支店勤務にしなくちゃいけないとか・・」
「学校はどうするのさ?」
「コロナがまだ続いてリモート授業が続けばいいなって・・」
「多分だけど、今度の冬を乗り切れば、コロナウィルスは怖くない存在になるかもよ」
「どうしてそう思うの?」
「いずれは知るだろうから言っちゃうと、医薬担当チームが富山の製薬会社と開発している薬が日の目を見そうなんだ。インフルエンザで言うリレンザみたいに炎症を抑えて、高熱を下げる薬になる」
「マザープログラムを使ってるんだっけ?それで、AIとスパコンの2本立てで新型コロナの解析に成功しちゃったとか?」
一部しか知らないプログラム名をサチが知っている事に驚いたが、笑顔のまま頷く。
個室の部屋のある区画には、自分たち以外の客が居ないのをサチも認識している。それでもモリに習って小声で告げている。プログラムの存在情報のレベルが高いのも、察しているようだ。
「なるほどね。それは前提が変わってくるな。
世界が元通りになるんなら、私はどうすればいいの、先生?」
話が元に戻った。モリはスマホをイジってサチに押し出す。岡山市までの移動中、終始浮かれており世間の状況を全く把握していないのだろう。
カワイイといえばその通りなのだが。
「ちょっと・・何コレ? 逮捕だよね」
「そうだね。3人ともアウトだろう。そうすると山口、和歌山、横浜で衆院補選が来年中にあるだろうね。10月頃かな?早くて7月」
裁判が続いている広島参院補欠選の不正問題に関して、辞職した首相と官房長官と党の幹事長が金銭を候補者に渡していたと、中国地方の新聞社がスクープした記事で数日前から騒いでいたが、金銭譲渡の裏付けとなる音声が発見されたと同じ新聞社が夕刊の記事に載せており、新聞社のHPで音声を公開しているのが話題となっていた。
逮捕された元参院議員と官房長官の会談時の音声で、音声解析したところ99.98%の確率で元参議と官房長官だという。高確率の2人が話し合っているのは参院補選の話題であり、首相と幹事長、そして自分からの金銭支援で1億円を超えると話しているので、もはやクロ確定だった。
公判中のスクープ連発は裁判の結果に影響を与えるだけでなく、金銭譲渡を行った3名も新たに起訴されるのが確実となるだろう。自分たちが蒔いた種だけに自業自得、議員辞職は避けられない。故に、政党幹部から見れば、山口、和歌山、神奈川での衆院補選は確定と見ているだろう。与党には今回の不祥事と合わせて、解散総選挙という可能性も出るかもしれない。
「じゃあ北海道の線は無くなっちゃうのかな?」
「どうだろう?まだ、なんとも言えないけど、岡山にかなりの資金を投入している経緯を見ると分かるだろ?もう一箇所候補に入っているんだ」
「まさかの保守王国、長州討伐?」
「うん。正直に言うと誰にも頼めないよ、この選挙区ばかりはね・・」
九州・沖縄、台湾、韓国にも近い。長州藩の再興を企てながら、拠点とするにはいいだろうと半ば決めていた。北方領土とロシアに近い北海道、保守王国和歌山も捨てがたいのだが、「前首相の選挙区」という看板に堪らなく魅力を感じていた。
「うわー、それでも嬉しそうな顔してる・・
山口なら、北海道よりも近いからまぁいいか。
先生が言う、都と足利幕府の守備範囲内だもんね、毛利家なら」
「下関ー京都間は新幹線で2時間半。 新横浜ー京都間よりも1時間多く掛かるけどね」
「まぁ、その位ならいいじゃないの」
急に元気になった娘に広島の酒を注がれる。
「でもさ、違和感がちょびっと残ってるんだけど、聞いてもいい?」
「どした?」
「前々から長州討伐を視野に入れてたんでしょ? じゃなきゃ岡山に何度も来ないよね?」
上目使いで、あざとい角度から攻めてきた。
「ノーコメント」
「出た。政治家ならではの伝家の宝刀!」
「冗談だよ。正解だから、今夜は大サービスしてあげよう」
「いつも大バーゲンセール中なんじゃないの?」
「今まで貴公はセーブ中でしたが、今宵は特別に解除します。お楽しみに」
サチの顔が僅かに引きつったのを見逃さなかった。
ーーーー
前日あたりから、与党と暫定政権には衝撃となっており、何処に音声が隠されていたのか、誰が音声を垂れ流したのかの究明と、新たな首相を立てて現政権を解体するしか道が残されていないと判断を下した。
退任した首相、現幹事長とは異なる派閥から候補者を擁立し、総裁選を行う必要があると暫定内閣だけで決断する。党の幹事長自身が身動きできない状態なのだから仕方がない。
与党存亡の危機に該当する事態であり、反論するものは極めて少数と判断せざるを得なかった。
与党は「次へ」動き出し、野党は低迷する支持率アップを狙い「目の前の」責任追及を始める。
国民不在の綱引きが延々と続くのが目に見える。日本の政治が良くなるハズが無かった。
マスコミの中では、与党に代わる勢力として野党連合を考えるものの、華も無ければ、目玉も無い。「金森新党」なるものを記事にして、世論の反応を見定めるようになってゆく。
富山県庁で会見に臨んでいた金森知事は、記者たちから広島参院補選の費用給付に政権与党の幹部たちが関与していた下りをどう思ったか問われた。
「司法の判断を待ちたいと思います」
と笑顔で応えただけで、新党設立を問われても無視か、考えておりませんと繰り返すだけだった。
ーーーー
木曜の昼過ぎに、横浜に帰って来たモリは、玲子と杏と樹里の3人と共に羽田へ向かう。
資金の1/3に国の資金が絡んでいる東南アジア向けプロジェクトだけに、おざなりには出来ない。
民間機が飛んでいないので、ビジネスジェットの政府専用機でベトナム、ラオス、カンボジアの3泊3日の視察に向かう。
「都議とは思えないね。先週今週と休みなしだよ」助手席の杏に言われて笑うしかない。
「狩猟が2件も入っちゃったからね。でも、猟も趣味の時間と捉えてもいいと思ってる。実際気分転換になったし、移動時間も長かったしね」
「そりゃそうでしょう、サッちゃんと3連泊したんだもん」
後席の樹里が絡んできた。
結局昨夜は岡山駅前のホテルに泊まった。サチは京都駅で下りた。3連泊で叔母の志乃の領域までかなり近づいたかもしれない・・。
「どうして黙ってるのよ?なんか言ってよ」
杏が拗ねる。性格的には母親の里子に似ている。
「エンジニアとして、サチが成長したのが分かった三日間だった。嬉しかったし、有意義な時間だった。だから、これからの三日間は君達に期待したい」
3連泊の事実をスルーして、過去と未来の三日間に置き換えて誤魔化す。ズルい大人だ。
「サッちゃんみたいなスキルは無いから、難しいよぉ」樹里が後席から顔を出す。
「高速だぞ、ちゃんとベルトしてろ」
ペシッと樹里のオデコを叩く。
「ママ達から聞いてると思うけど、託されたミッションを頑張ってみてよ。
3ヶ国の食料品、生活雑貨でPB Martで販売するのに適したものをリストアップして欲しい。店頭に並べるかどうかは、5人のママと社員さん達の試食や使用テスト結果次第となる。僕はハノイとビエンチャンで各店舗に設置するコーヒーマシーン用の豆探しをするつもりだ」
「タイ航空OBのCAさんの協力をお願いしてもいいのでしょうか?」と玲子。
「うん。ママ達もそのつもりで2人をメンバーに加えたんだと思う。お店の場所とか商品トレンドは彼女たちの方が知ってるだろうし。カンボジアとラオスにはタイの製品も数多く入ってると思うんだ」
「タイには寄らないけど、タイ、マレーシア、シンガポールの商品でもいいんですよね?」
「うん。3カ国の首都には大なり小なり流通してると思うんだよね。でも実物が無くてもOK、元CAさんのオススメって形でも構わないよ」
「首都だと民族ごとの雑貨って手に入るかな?」
「そういうお店があるんじゃないかな、ツーリスト向けのショップが」
娘たちの話が明日からの方向にシフトしたので、これ幸いとほくそ笑む。
PB Martが店舗数を増やし、店舗の規模を拡張する上で新製品、新ジャンルは必要だった。
副社長の中山智恵や、常務で杏と樹里の母の平泉里子は元CAの好みや趣味を優先しようとしているが、元CAと思考性が重なる可能性もあるが、女子大生のアイディアも組み込もうと考えていた。
横羽線を羽田で降りて、環七を羽田への道も空いていた。
駐車場から国際線ターミナルに入ると、殆ど飛んでいない空港は人類が滅亡してしまったのではないか?と錯覚する、空虚感があった。
「私達4人だけが地球に残されたら、どの国にいたらいいと思う?放射能汚染とか殺人ウィルスが蔓延していない前提で」 エスカレーターを上りながら樹里が振り返って言う。
「暖かい地域かな・・食べ物は先生に獲ってもらってオージーのケアンズ!」杏が言う。
「私はハワイかタヒチかな。海に囲まれて周囲と隔離された環境で静かに暮らすの」
玲子がエスカレーター上で体ごと後ろに振り返り、見つめられながら言われて、動揺する。
「私もハワイかな?スリランカとかシチリア島でもいい。島なら安心だ。先生は?」
「うーん。この4人なら日本かな?
地震があっても広い野原にポツンと住めばいいし、僕の基準は水なんだよね。九州ならクマが居ないし良いかもしれない。あ、阿蘇山と桜島は噴火が危ないか・・沖縄はハブが居るしな・・」
「九州にクマ居ないの?」樹里が驚いている。
「オオカミ同様に絶滅した事になっている。
クマを見たって言う人は居るんだけど、確認されていないんだ」
フロアに出ると、外務省と農水省のスタッフが居たのでヨタ話で終わってしまった。
(つづく)
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