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(4) 日本海側は全国的に晴れ日となった、週末。(2024.1改)

冬の日本海側では晴れ日は貴重だ。この週末は快晴という予報なのでサミアは夫についてきて、スタンドで練習風景を見ていた。
夫と金森知事はクラブの代表取締役と監督らしき人達と歓談している。

サミアはサッカーよりも野球なので、在京の球団への出資を決めている。都内に勤務していた頃は神宮球場で傘を振っていたヤク○トファンでもある。球団を所有する企業が製造販売する、乳飲料も愛飲している。
熱烈なファンであるのは社の誰もが知っているので、野球は任せてもらう役割分担となっている。パ・リーグは青がチームカラーであり、鉄道会社が親会社なので、ライオンがマスコットの球団に的を絞っている。

プルシアンブルー社は来年2021年から、国内向けスポーツチャンネルを立ち上げようとしている。野球はセ・パ両リーグの1社に出資し、全ゲームを放映する権利を得ようとサミアは企んでいた。アメリカのメジャーリーグの球団に出資して放映権を得るのが理想なのだが、Asia Visonは無料放送なのでペイしない。その代わりにメキシコやプエルトリコ、ベネズエラといった中南米リーグと、台湾リーグの放映権契約を交わし終えていた。

サッカーはJ1,J2の最低1チームに出資し、出資チームの全ゲームを放映する。夫のゴードン曰く、アルゼンチンとコロンビア、そしてブラジルリーグの来シーズンの放映権を得たらしい。

この金沢のチームは、J2でも下位チームで集客力も高くない。コンテンツとしては最悪なのだが、知事の孫が下部組織のテストを受けるのでスポンサー契約を交わした。
富山のJ3のチームなら投資額も安く済むのだが、見栄もあるのか知事はJ2の金沢を選んでしまった。孫の前ではタダのお婆ちゃんになってしまうのも分からなくもないが、やはり公私混同も甚だしい事態と言える。
AIが分析するには、このチームの試合を放映しても視聴率は最下位間違いなしの状況となり、投資する前から大赤字が確定している。
チームをテコ入れしようと考えた夫が、南米から選手を招聘しようとしているからだ。 

「こんにちは〜」声がするのでサミアが振り返ると、サチの妹の彩乃だった。

「今着いたの?」
「はい、今朝横浜を出て、真っ直ぐ金沢に来ました・・姉たちはトイレに行ってます」

「あーなるほど、あの連中だね。サチは、普段からナビに依存し過ぎてるようだね」
サミアが指差すと、向かいの誰もいないスタンドに右往左往している集団が見える。

「お姉ちゃん・・」
先頭の方向オンチのサチが、我が物顔で引率して間違えたのはサミアも彩乃も共に察していた。
彩乃はショルダーバッグから何かを取り出す。
サミアは驚いた、彩乃が飛ばしたのは小さなドローンで、スマホで操作しているのだろう。

「あのドローンって、市販品なの?」
「いえ、私が3Dプリンタとプラモデルを組み合わせて作りました。内蔵基盤の設計はAIにやって貰いましたが」
「へぇ〜、スゴイね・・・」彩乃はまだ中学生だったはずだ・・。
「どうも・・コラ、お姉チャン!逆だよ!向かいのスタンドに居るよ、、こっちこっち!」
彩乃がスマホに話して、左手を大きく降っている。ドローンにはスピーカーが付いているのだろう。向かいの一群が手を振りながら移動を始めた。

「なんか、人数多くない?」
「はい。モリ家が富山に越すので、強引に付いて来た人達が居まして」ムクれた顔で言う。

「彩乃ちゃん的には受け入れたくないのかな?」「先輩なので強く言えないんですけど、彼女たちの目当ては先生なんです。都議なのに海外から注目されちゃったので・・」

「そっか、そっか・・」
君は嫉妬してるんだね、と微笑ましく思いながらサミアは頷いていた。

ーーーー

山形市というより、ほぼ天童市寄りにあるスタジアムのある公園内に入ると、クラブハウス前でタクシーが止まった。先に由紀子が降りて、精算を済ませたモリが出てくる。山形大学で地元のスーパー3社と契約に向かう姉妹と分かれ、別行動となった二人は市内のサッカークラブチームの社長、監督と面会にやって来た。

サブグラウンドでは選手達がミニゲームを興じており、練習風景を見ている人々も相応に居る。当クラブはJ2のチームの中でも観客動員数が多く、高視聴率が期待できる。動員数が多いのは市民、県民に愛されているチームであるが故であり、投資の対象としても好ましい。そこが隣県の仙台や金沢のクラブチームと大きく違うので、自ずと期待値も変わってくる。プルシアンブルー社が出資するので、チームカラーは青系の方が好ましいという面もある。

「まだ時間があるので、見に行きませんか?」
モリが練習場の方を指しながら言う。
逆光に目を細めながら頷いて、由紀子はモリの斜め後ろをついてゆく。

モリが山形に入れ込んでいるのが、宮城県民の由紀子には少々辛かった。
有機ELの世界的な権威が居るとか、山梨・岡山並みの果物王国だとか、ラーメン店の数が日本一で、蕎麦の銘店が県内に数多くあるといった特徴は、宮城には無い。
それでも宮城は歴史的にも東北の中心県であり、人口数も経済規模も山形に劣っていないと思っていた。
由紀子が勧めたベガ○タ仙台が却下された理由は「チームカラー」だった。
「オレンジはちょっと・・」と苦笑いされてしまった。本当は黄色なのに・・。
それに、仙台には野球チームがある。宮城には甲子園の常連校も何校もあるのでサッカー熱は低い。山形には野球の強豪校も少なく、スポーツのプロチームもサッカーくらしかないので好都合とも言っていた。

「・・あの、明日明後日はオフですよね?」
身長で30cmの差があるので、モリの左斜め後方から見上げるように問い掛ける。

「えっと、スミマセン、スケジュールまで覚えてなくて。麗しき専属秘書さまの方がご存知ですよね?」
頭を左に傾けて、左目だけで射抜かれ、還暦を過ぎた秘書が一方的にトキメいてしまう。
麗しいと おべんちゃらまで言われ、由紀子は少々ムキになる。自分でも強気になり 調子づいている理由が良く分からなかった・・

「突然の提案で申し訳ないのですが、気仙沼までお越し頂き、私なりに精一杯、旦那様をおもてなし差し上げたいのですが、いかがでしょう?」

「おもてなし?」
「はい。拙宅にて、誠心誠意尽くす所存です」
自分でも何を言い出したんだろうと頬が熱くなっているのが分かる。自分の発言を受けて彼は下の世話を想像している。自分の「もてなし」とは、彼の中でその手の行為を意味するのだと知る。
海鮮料理の数々と漁港と街の散策をイメージしていたが、其方の方が好ましく思って小娘の様にはしゃいでいる自分に気づき、頬が更に熱くなった。

ネイビーのタイトなスーツ姿にハーフコートを羽織り、妊娠しているので履いているのは低い黒のパンプスなのだが、それでも膝下から伸びる長い脚は、完璧な脹ら脛を型取っている・・
娘と孫娘の源流は、この由紀子なのだと舐め回すように見ながら実感する。

「ホームで本気モードの由紀子さんって言うのも興味がありますね・・四六時中甘えてるような気がします・・」 
"もてなす"と言われ、割烹着だけ着てるとか、翔子の制服を着せるとか、和服姿の由紀子を縄で梁から吊るすとか・・淫靡な妄想の世界へ思考が飛んでいた。

「制服かぁ・・どこに仕舞ったっけ?」
由紀子が細い顎に手を当てて、ふと漏らした言葉に驚き、立ち止まった。
「あの・・翔子さんの中高時代はセーラー服だったと伺ったことがありまして、今でも着れるはずだとも仰っていて・・その、イメージを脳内でしておりました・・」

「あっ・・」
独り言を口にしていたのに気づいて、バツが悪そうな顔をする。今宵はありのまま口を割らせる必要がありそうだ・・

「お願いですから、あまり虐めないで下さいね・・」目を合わせずにモリの左隣をすり抜け、先に歩きだしてゆく。

タイトスカートからでも分かる型の良い臀部を見ながら、後背位で執拗に攻めたてようか?と思ったら立ち止まる。顔だけ振り返って、恥じらうように微笑んだ。

自分の胸の鼓動が大きく波打っているのをモリは感じていた。衝撃的な展開だ・・

「何も言っていなかったよな?」
暫くの間、互いのやり取りを頭の中で反復していた。

ーーー

紅白戦が始まり、選考対象の選手たちの関係者達の歓声が観客席を支配している中で、クラブの下部組織U18の監督とコーチたちがフィールド内の選手毎のデータを参照しながら、採用に値するか見極めるため、真剣な表情で選手たちの動きを追っている。

ゴードンとサミア夫妻は、観客席に居る杜家の長男、火垂とその隣でソフトボール大の小型ドローンを操作している彩乃が、気になって仕方がなかった。
杜家の子供たちに試用目的で渡しているPCを開いて、長男は何やら分析しているし、彩乃は観客席の人々が気にならない高度に小型ドローンを飛翔させて、ボールのある地点の上空を中心にしてフィールド上の選手たちの動きを撮影している。

紅白戦の後半早々から、杜家の次男、三男、四男がアップを始める。観客席の最前列にいる長男が弟たちに指でサインを送り始める。
指の2,3,4は相手ディフェンダーの選手を指し、5と6はボランチの選手なのだろうとサミアも理解出来たが、それ以外のサインは全く分からない。弟たちはウォーミングアップしながら、兄のサインを見て しきりに頷いている。
兄弟達の居たチームで使われているサインなのだろうが、どの程度の情報量が相手に伝わっているのか、興味深く見守っていた。

後半20分で、三男と四男がフォワードと1.5列目のミッドフィルダーとしてフィールドに入った。
杜家の応援団は大騒ぎだ。カンボジアとブルネイの王女様達と護衛衆も居るので、周囲とは異なる異様な集団になっている。
横浜から来た組には負けじと、金森知事が声を張り上げている。
フィールドに面した位置で戦況を観ている監督、コーチ達が「誰だ、大声を出してるのは?」という表情で観客席を振り返るほどの声量だが、的を得た指示だとゴードンは妻に説明する。サッカーに明るくない妻も「ナルホド」と感心して理解する。
長男はアップ中の次男坊へのサインを送り終わったのか、親指を立ててサムズアップすると、次男坊も親指を立てて返した。
長男は席に座り直すと戦況を見守り、長男の隣で彩乃はドローンの操作に専念している。
サッカー中継でドローンを使おう、と夫婦は話していた。試合会場にエンジニアを送ればカメラマンの代わりにもなるし、長男が使っていると思われる、AIによる分析も可能となるかもしれない。

兄弟の活躍は投入された7分後に現れた。
キーパーが味方ディフェンダーに向けて蹴ったパスを三男がインターセプトしようと信じられない速さでディフェンダーに近づくとチェイスを始めたので、観客席が騒がしくなった。
ボールを奪われたくない味方がディフェンダーのパスを貰おうと近づくと、その背後に潜みながら近づいていた四男が巧みに足を伸ばしてボールを奪う。
不意打ちされた格好となった2人はボールを奪い返そうと猛追するが、その2人を翻弄するかのように四男が抜け出すと、横を並走している三男にパスを出した。
それ以外のディフェンダーが三男を慌てて追ってゆく。パスを出した四男は相手の裏を掻くかの如く、三男の逆サイドに遠回りしながら走り込んでゆく。

三男がフェイントで相手を一人かわしてフリーとなった四男にパスを送ると、キーパーと一対一の決定的な構図となった。
おおきく振りかぶった右足をノートラップで振り抜くと、ミドルシュート気味の弾道がゴールネットに突き刺さった。
観客席が騒がしい、とりわけ騒がしいのは富山県知事殿だった。

「相手のディフェンスとキーパーは初めてこの試合で組んだ急造トリオだ。得てして連携が疎かになる。最初のキーパーのパスをチェイスした足の速さに驚いた相手ディフェンダーのミスを誘い、阿吽の呼吸で兄弟がボールを奪取した。驚いたよ、2人とも上手いね」
僅か一分にも満たない時間で豪快な得点を決めたのだから、素人のサミアにも分かる。
得点して観客席の長男と彩乃が座ったままグータッチを交わしたが、あれは指示通りだったのか?それとも慣れた兄弟通しの連携によるものなのか?サミアには判断が付かず、気になっていた。

驚いたのは次男が追加交代でフィールドに入ってからだ。
守備的ミッドフィルダーのポジションに入った次男が尽く相手のパスを読み、相手にタックルするかのようにしてボールを奪ってゆくと、一方的な展開となってゆく。  

「あの子は凄いね、全体を見通しているかのようだ。あのドローンからの映像を見ながらチームを統率している様だ・・中高生のレベルじゃないな。まぁ3人纏めて驚きだ・・凄いよ」
夫が感心していたら、3人はポジションを勝手に交換し続けて、相手を翻弄し始めていた。

3人がそれぞれ得点する度に観客席は騒がしくなる。ザワザワと語り合う声の中で、たった1つの団体だけが歓声を上げていた。
最初に点を上げた四男は2得点を上げ両軍の最多得点となり、次男三男は技ありゴールを決める。3人による連携だけで後半の20分で4得点となった。観客席で騒いでいたのは一つの集団だけで、それ以外は静まり返ってしまった。

紅白戦が終わると、サミアは立ち上がって長男と彩乃の元に近づいていった。

(つづく)


金沢

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