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(8)  訪中、余波 (2025.1改訂)

日本の8人の野党議員を出迎えたのが、国家主席を始めとした中国政府執行部だったので映像を見ている誰もが驚いた。過去のケースから逸脱する件が続く中国訪問に、誰もが注目してしまう。 

香椎記者を始め、日本の各メディアが会談室に入ってゆく一行を映像で伝えてから、2時間が経過していた。日本の首相との会談時間でもここまで至ったことはないと、記者達が伝えた頃、アジアビジョン社の香椎記者のスマホに「終わったよ」と一文が入る。
カメラマンの吉井の背中を香椎が叩いて「出番!」と言って、吉井美奈がプルシアンブルー製の小型カメラの三脚を畳むと、2人で走り始める。眼の前のポジション取りの為だが、他のメディアは突進する2人を呆然と見送っていた。
直に中国国営放送や新華社が動き始めたので、各社が一斉に後追いしてゆく。      
先に外相と共に出てきたのは、前田元外相で談笑しながら出てくる。日本の元大臣は中国の総務大臣、厚労大臣とそれぞれペアだが、共栄党の5人は国家主席を囲むように出てきた。隣で会話しているのは台湾で育った党首の亮磨で、主席が時折モリの方を見て、モリが話し始めるので亮磨は通訳を兼ねているのだろうと、誰もが察した。

首席が演題に向かって手を伸ばし、招いたのはやはり杜親子だった。
中国政府が実質的なボスはモリだと見做している証拠だった。その他の閣僚と社会党・共栄党議員は後方へ移動し、日中の政治家が交互になるように一列に並んだ。

「日本の社会党・共栄党議員の皆さんと実り有る会談が出来た事を嬉しく思います。明日からは週末で、皆さんは上海に移動されますが、月曜日に再びここ北京で2度目の会談を行います」
習々近平国家主席が笑顔を浮かべながら発言するので、集まった記者達は啞然とする。
こんな対応が嘗てあっただろうか、2度以上の会談を執り行ったのはロシア位だ。同時にどんな話をしていたのか、誰もが気になる。新華社のエース記者が挙手し主席が応えるが、予想された回答が返ってくる。

「それは、次回の会談後にしましょう。ただ我々は友好的に双方のスタンスを述べ、両者間にある相違を是正しようと努めました。恐らく、次回の会談で主要な項目は決着出来るだろうと考えています」
主席が答えると、再び場が騒がしくなる。

眼の前に居る香椎記者をモリが見て頷いたので、香椎記者が挙手し、モリが香椎を指し示す。  

「主席はそうおっしゃいましたが、友好的な協議がなされ、次回の会談で何らかの成果が得られるとモリ議員はお考えですか?」
香椎の質問を亮磨が訳して首席に伝える。モリは頷いてから、マイクに向き合った。

「主席のおっしゃった通りです。我々は初対面同士ですので最初はお互いが腹の探り合いに終止してしまったのは事実です。その為に協議の時間が足らなくなり、再度協議しましょうということになりました。
また、息子が一人で通訳していたので疲労困憊しているのが中国の大臣達にも分かったのでしょう。次回は緊張も無くなって、よりスムーズに協議出来ると思います」       
父の発言を訳したのは、背後に居る中国側の通訳だったが、主席が笑みを浮かべながら亮磨の肩を叩いたので、本当によい会談だったのだと記者達が思った。 

「では、詳細は月曜日と言うことで、今日はここで終わります」            
主席が短かく締めくくって、その場で杜親子と握手を交わす。             

「モリ議員!ちょっとだけ宜しいですか!」
懇親会会場に移動しようとする一行に、香椎記者が呼び止めると、主席が許可したのでモリだけ残った。
記者達が香椎の周りに群がり、マイクを向けてくる。ネイビースーツ姿のビルマ軍タンニ中将のチームがモリをガードする。 
ビルマ軍の制服は撤廃し、スーツで統一している。タンニ中将以外はサングラスを付けていた。

「会談の内容は月曜までお話できませんよ。申し訳ないんですけど」          
モリが英語で言うと、香椎も英語で質問する。 

「取材に応じていただきありがとうございます。私もそうなのですが、中国の方々も驚かれていると思いますので出来る範囲でお応え下さい。
今回、日本の皆さんの移動中の警備はビルマ軍が担われています。どういった経緯でビルマ軍に委ねられたのでしょうか?」

「双方で協議して、相応の警備体制で訪中することになったからです。過剰だとは私も思いますが、徹底するのが彼等なので。タンニ中将も、過剰警備だと思ってるんじゃないですか?」
モリから突然振られて、タンニが恐縮した様に頭をかく。視線は周囲に置いたままタンニがコメントする。

「モリ先生はビルマの恩人であり英雄なのです。
万が一の事態が有ってはならないと、大統領から直々に言われております。中国の方を驚かせてしまったとすれば申し訳ございませんが、これが我々なりの警備体制なのだとご理解頂けると幸いです」

「毎回こんな風になるなら、もう頼まないかもしれませんよ」

「先生、私におっしゃらないで下さいませんか。上から指示されたので私は従うしかないんです」

「お互い、公僕は大変だねぇ」
モリがタンニに拳を向けると、タンニ中将が恐縮しながら拳を合わせきた。その拳に小指はなく、薬指は第二関節からなくなって丸まっている。顔中傷だらけの中将が初めて微笑んだ一幕となる。

「今日はこの位にさせて下さい。皆さんを待たせるのも申し訳ないので」        
日本と中国の記者が質問を浴びせてくるが、香椎を見据えながら撤退を進言すると、サングラス姿のビルマ兵が、SPの様にモリを囲んだ。

「お疲れのところ、ありがとうございました」
香椎が恭しく頭を下げると、モリが手を降って微笑んでから、去っていった。

ーーー                     あらゆる事が首相や与党議員の訪中と扱いが異なるので、永田町の与党本部は騒ぎとなっていた。やれ、最恵国待遇だとか、天皇に面会させるとか、くだらない格式に囚われている与党と外務省の外交姿勢が、全てお笑いネタとしてSNSで比較されている。

「媚中派の与党の連中は、今後どーすんだ?見ものだな」

「対中政策はしらさぎ会派に任せた方が良いんじゃね?」

「ビルマの新型UAV、レーダーに映らないって自衛隊にいる兄が言ってたぜ、中国も相当ビビったんじゃねえかって、自分達もチビりそうだったらしいから」といった自衛隊ネタまで披露される。

「空港から移動中のドローンの動きは凄かった。飛んできた卵や石を全て落としちゃったよね。先導車の中国車両だけ卵が命中して、悲惨な姿になってたけど」

「ビルマ兵、みんな日本人に見えた。あんな肌してたっけ?」            
「山岳民族だよ。アフガンで戦ってた精鋭部隊じゃないかな、タンニ中将ってアフガンの総指揮官だったから」

「自衛隊じゃ勝てねえじゃん、米軍もだけどさ」

「横田基地から飛んだんだ。アメリカもしらさぎ会派を認めてるってコトだ。与党、終了。ジ・エンド」

そんな書き込みが延々と続く。社会党の元3大臣の力量が知られている上に、杜親子の株が急上昇している。 
とてもではないが、連立政権でしらさぎ会派を封じ込めるのは無理だと思っていたら、旧民主党の2党は連立協議の打ち切りを言ってきた。
しらさぎ会派に歯向かうのは無理だと理解したのだろう。今までのスケールから何もかもが逸脱しているのだ。 
各地方の土建業者が一斉に離れ、世論の認識もしらさぎ会派に傾いた。与党が取りうる策は人気策しかない。そう、ご機嫌伺いの減税策しか残されていない。        
  
ーーー

沖縄に残った秘書・スタッフたちも、驚いていた。
そもそもビルマ軍自体を見る機会は彼女達にも無い。日本のメディアが作成した比較映像がスタッフだけでなく、世界中の人々を納得させた。
ロシア大統領の訪中・訪日時の警備体制よりも、今回の訪中警備の方が圧倒的に優っているのは誰にでも分かったからだ。

唯一、空港からの沿道で民衆から卵や石を投げられたので、日本人に対する嫌悪感が根強いのは残念だったが、沖縄事務所でも利用しているAIドローンが大活躍して事無きを得、中国の警察も、投げた市民を即座に拘束していた。
懇親会会場からホテルへの帰りの道中では、全く静かなものとなったのも、中国政府の印象が日本の議員団に良好なものだと市民が察したからだろう。

金曜の夜に沖縄に帰って来たレッドスター社のアリア社長と秘書のリタがテレビを見て、アイドルでも見てるかの様にキャーキャー言っているので、シャン族の女達は苦笑いし、カレン族とモン族の女性達は呆れていた。 

第二秘書と第三秘書になる源 由紀子と平泉里子も金曜日に沖縄入りしていた。
自然分娩を前提に取り組んできた2人だったが、帝王切開せざるを得なくなったので宮城から沖縄へ移動したのだ。沖縄は出生率が日本一で産婦人科の数も多い。宮城で普通に産みたいと願っていた2人も、まだ動ける内にモリの傍に行こうと決断した。

由紀子は双子がお腹に居るので、プルシアンブルー製の介護バギーに乗って移動し、生活している。介護バギーを「イッセイさん」と名付けて会話しているので、事務所のスタッフ達が囃し立てたが、一日経てばそれも無くなった。

由紀子の術日が2週間後の6月最初の土曜日、里子の術日が6月末の土曜日と決まった。共にモリが立ち会えるであろう日程で調整された。
お腹の大きな妊婦がチーム加わると、まだ蟠りが残る3部族間の心根も不思議と和らいだものとなる。皆が主の子供の誕生を待ち侘びる様になっていた。             
由紀子も里子も、半信半疑な部分はあったが沖縄へ来て良かったと思い始めていた。事務所にこれだけ女性が居れば、何の問題もないだろうと。事あるごとに、2人のお腹を撫でて、それぞれの言語で何か呟いている。最初は何だろう?と思っていたが、シャーマンのアリアに

「”生まれてきたら、一緒に遊ぼう” 
”私が1日中おんぶしてあげるからね”って、
そんな話しかけをお腹の赤ちゃんにしてるんです。山岳民族にとって子は宝ですから、日本で言う、おまじないとか願掛けみたいなものです」と言われると、グッと胸が詰まってしまう。

「ところで名前はもうお決りですか?決まっているのであれば、私が出産の無事を祈って差し上げますが」とアリアが言うと、周囲の女性が驚く。

「皆が妊娠しても祈ってあげるから安心しなさい。もちろんタダでね」とアリアがいうと喜んでいるので、本来は高いものなのだろう。

「名前が決まっていないと祈祷できないのですか?」平泉里子がオズオズと聞く。

「お腹の子に名前を伝えて、念話するからです。里子さんも由紀子さんもお腹の子の性別は分かってますよね?里子さんが男の子、由紀子さんは男女の双子です」         
アリアが言うと、ギャラリーが手を叩いて喜ぶ。由紀子も里子も、由紀子の能力で性別は知ってはいたが、アリアがさり気なく言うので驚いた。
皆が背をさすったり、肩を叩いて喜んでくれるので由紀子は嬉しさのあまり泣き出してしまう。

里子が決意したように立ち上がる。

「ではセンセイの了解を取り付けますので、少々お待ち下さい。名前は一里(かずさと)の予定です!」と懐に有った紙を取り出して皆に見せる。ーの字をモリから貰ったのだと理解すると拍手喝采が起きる。

「私の子供には父親と私の名前を使ってないんだけど、先生が農業を大事にしていらっしゃるので、稲穂(いなほ)と菜々花(ななか)にしようと思ってます」           
介護バギーのイッセイさんが、由紀子の発言を英語に翻訳すると、里子以上に拍手が起きる。農業を生業とする山岳民族が感動するのも無理はなかった。

そんな話で沖縄事務所が盛り上がっているのとは露知らず、宴席の場でチャイナドレス姿の中国の美女達から酒を注がれ、間髪入れずに料理を運ばれ、鼻の下を伸ばしっぱなしの、父親になろうとしている男が居た。

(つづく)


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