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(5) ややこしや、あぁ ややこしや。 (2023.10改)

プノンペンに降り立つと、国王の異母兄殿下の出迎えを受ける。
カンボジア政府の策略で王族を使った懐柔策に打って出たとメディアには思われるだろうが、モリは事前に聞いていたので殿下とグータッチを交わす。

「国王は今宵お会い出来るのを楽しみにしております」と英語で言われ、
「勿体ないお言葉です。拝謁の機会を賜りました事に心から感謝いたします」と返したので、「モリが晩餐会に出る!」と周囲は色めき立った。
プノンペン政府は「ここまでは」思惑通りになったとほくそ笑んでいた。
その後、少々違った事態が生ずる。モリの秘書通訳として同行していたカニア・チャワリットさんと、パウン・ラタナコーシンさんが兄殿下の前で跪いた。兄殿下も跪き返すので2人が王族だと公になってしまう。

モリが一人立ち尽くす、実に間抜けな構図になっていたので、慌ててひざまずいた。

やがて立ち上がった王族達はコロナを無視して両手で握手して暫く会話し続ける。当然ながらモリには何を話しているのか分からない。

カニア・チャワリット嬢の父上が、ラマ5世の曾孫でナパット・チャワリットさん。
パウン・ラタナコーシン嬢の父上が、ラマ6世の曾孫でチンラット・ラタナコーシンさんとなる。カニア嬢とパウン嬢は遠縁の間柄となる。

モリにとっては青天の霹靂で、いきなり異世界に放り込まれたようなものだった。呆けて王族間のやり取りを見ているしか手段がなかった。
日本の訪問団のマネージャー役の上里女史には2人のプロフィールを事前に渡していたので、カンボジア政府やメディアからの「あれは誰なんだ?」という問い合わせに対して、捌き始める。

訪問団団長の外務事務次官にとってはラッキーだったかもしれない。ロイヤル外交の手段を手に入れたようなものだ。宮内庁とカニア、パウンの2人のお嬢様を繋げば、日本の皇族がタイ・カンボジア・マレーシア・ブルネイの王族が居る国での接点が更に太くなる。手駒が増えた格好だ。

王族をバスに乗せる訳にはいかないので、兄殿下は2台の車で空港にやって来ていた。
王族同士で話がされているのが計らずも分かる。

尚、この時点でシシハモニ殿下は体調不良で医師を呼んでおり、晩餐会には兄殿下が代理出席するとプノンペン政府に連絡が入っていた。

ややこしい状態でモリ達がホテルに到着すると、ホテルマン一同がタイ王族を跪づいて出迎える、極めてシュールな状況が待ち構えていた。
モリは王族を従える人物と解釈され、とんでもない部屋に変更され、カニア、パウンの2人のお嬢様もスィートの個室に変更された。
訪問団の団長より上のクラスの部屋が3名に充てがわれた。

各国の王族が宿泊される部屋らしく、娘たちが早速遊びに来る。

「王族が遊びに来るのは、アンコール遺跡群の見学くらいだよね?」「今夜はこの部屋で4Pだね!」と人がセッセと午後の準備をしているのに、不謹慎な発言をしている。

「今夜は王宮で夕飯だっていうのは、周りに内緒にしといてね。殿下のお見舞いにタイの王族が突如向かうってシナリオだから・・」

「分かりました」「承知!」「合点でぇ、親方ぁ」と、背中越しに3者3様で声がした。

その後無音になったので振り返ると、3人共下着姿になっており、囲まれベッドに押し倒された・・

カンボジア国王の位置づけは日本と同じ象徴的存在で、政治には関与しない。
懸念は現国王には妻子が居ないので、候補者問題がいずれ浮上すると見ていた。70前の現国王はまだ爽健に見えるが、嫌な記憶がモリには2つほど有る。
現国王を指名したのは、故人となった父のシハヌーグであり、やはり故人で異母兄のラナリッド下院議長(当時)、そして現在のフンゼン首相だ。この時点ではラナリッド殿下はカンボジア再建に向けて勢力的に政治活動を続ける事を選び、北京に滞在しっぱなしの父王が最も可愛がっていた6番目の最後の妻モニクッ妃とその次男が現国王となった。

ラナリッド殿下とフンゼン首相はカンボジア復興期はタッグを組んでいた。外交と内政を担当分けして共同首相を務めながら、旧ポルポト派の一掃に成功したのだが、権力争いなのか、意見の不一致なのか袂を分かち、それぞれの政党の党首として対立してゆく。

身の危険を感じたラナリッド殿下はフランスに亡命し、亡命先での自動車事故でラナリッド殿下も大怪我をし、妻は死亡する。イギリスのダイアナ元妃の死亡事故をどうしても連想してしまう。
ラナリッド殿下がフランスで死去すると、カンボジア本国では与党人民党が軍部と結託して、ライバルの最大野党に罪状を擦り付けて解散に追い込み、2018年の不正選挙で事実上の一党独裁体制を確立した。当時も今現在もカンボジア与党を支援しているのは中国だ。

政敵を政党ごと葬った一党独裁の現状を鑑みると、後継者の居ない国王を擁立した2004年の決定を疑わしく思ってしまう。国王は50代になったばかりで当時は若かった。子供がいなくとも王族は数多居るし、政治家となっていた兄のラナリッド殿下の子女も後継者として、王族側は考えていただろう。
しかし、今となっては政敵となり亡命状態にあったラナリッドの子女が、皇太子的なポジションを得るとは思えない。王族サイドの最大の想定外と失敗は、フンゼン政権が30年を超える長期政権になった事だろう。
「首相後継者は息子だ」と公言し始めた現首相を、胡散臭い人物だと誰もが想像する。
30年という長期プランを描いて実践するのは、歴史の長さだけは世界一のかの国だろうとモリは想像していた。

一党独裁体制は完成した。
憲法改正も容易にできる。「王族に後継者が居ない場合は・・云々」という一文を加えれば、フンゼンは摂政にも、そして王にだって成れるかもしれない。

「ミャンマーとラオス、そしてカンボジアを中国が必要とするのは、ミャンマーとラオスは中国国境からの陸路の運搬ルートとして活用し、言うことを聞かない、歴史的にも不倶戴天の関係にあるベトナムの代用としてカンボジアを位置付ける。中国の運搬船や輸送船が、南シナ海を抜けてインド洋に出る最初の経由地がどうしても必要だった。因みにプノンペン市内の水道は飲める。日本の上水道技術が提供されているからだ。船舶用の飲料水を積み込むにも都合が良い中国の水道は飲めたものではないから、シアヌークビル港に到着するまで清涼飲料水で我慢すればいい。

その人口2千万人に満たない無資源国家に港湾施設を建設し、回収できない債務を背負わせ奪い取る。その売国奴に成り下がったのがカンボジア現政権だ。最大の援助国だった日本以上の資金を目前に積まれて欲にまみれた。

カンボジアの人々には豊穣なメコンデルタと巨大なトンレサップ湖があるので飢えはしない。エネルギーと、熱帯圏で栽培不敵な小麦等の穀物と食用油等の食品を提供すれば国民は生活の維持ができる。中国から見たらカンボジア2千万人、ラオス6百万人の人口は、中国都市部の人口程度くらいにしか思ってないだろうしね」

カンボジアを取り巻く情勢について玲子に聞かれたので、そう回答した。

シャワーを浴びた杏がドライヤーをかけながらベッドの上の2人の会話を聞こうとしているが、妹の樹里のシャワー音も重なって無理だろう。

「現政権の我が世の春は続くんでしょうか?」

掛け布団の中で彼女の股を開いて覆い被さると、嬉しそうな顔をする。腰を動かしながら応える

「習近々平の中国次第だよね。コロナ後に勢いを取り戻すのか、それとも失速するのか、世界は世界の工場となった中国が無くても、崩壊しなかった。
僅か1年程度の期間でも中国レスの状態を体験できたのは、もの凄く大きかった!と思うんだ。今回の、中国経済ストップの漁夫の利は、台湾とベトナムに与えられつつある。我が国もコロナを旨く捌いていたなら、朝鮮戦争時のような特需!を得ていたかもしれない!」
句読点毎に深く突きまくっていた。突かれていた側は早々に話を聞ける状態になくなっていた。

ドライヤー音と、玲子の弧を描くような声が重なる。残念ながら合唱や演奏のハーモニーにはならなかった。

ーーー

娘たちは専用機のパーサーさんたちとショッピングモールの梯子へ向かい、モリと秘書通訳の2人はメディアの一部とカンボジア農務省の官僚数名と、プノンペン郊外の王族の領地となっている田園地帯を訪れていた。
王族が自分達で作業する筈もないので、コロナで自分の田畑だけで手一杯の農民たちは今年は作業を見合わせ、田んぼは休耕田状態になっている。これは確かに勿体ない。

陸路130kmの国道をベトナム・ホーチミン市からやってきた、PB Motors社ベトナム支社の職員達がバギーを草刈り機の設定をしている。
田んぼに生い茂っている雑草を刈り取って、幾らか刈り取った雑草を取り除いたら、トラクターモードに変更して刈り取った雑草ともども土を耕してゆく。その手順をカンボジア側とメディアに見学いただくのがこの日の視察内容となる。

この区画だけで250ha以上あるので、当然ながら全部は無理なので今日は数時間で2アール分を刈り取って耕す所まで、を見ていただく。

バギーの台数を増やして1週間程度で作業を済ませて、来月10月の雨季中迄に水張りを終えて、田植えを待てばいい。
ソーラーパネルと蓄電池ボックスを設置するかどうかは、今夜の国王との面談次第で決めればいいと考えていた。

バギー2台が2枚の田んぼに入って草刈りを始めると、歓声とシャッター音が重なる。

ゴルフウエア?のようなポロシャツとキュロットスカート姿で素晴しい御足を惜しげもなく晒している2人の王女がはしゃいでスマホで撮っているをの後ろから眺める。
昨夜、カニア嬢の両親とパウン嬢の母上から
「2人を宜しく」と何度も言われ、頷いていた。パウンさんの父上はコロナ疎開でドイツ滞在中(?)の国王殿下のお供で不在なのだが、その父君も「くれぐれも宜しく」と言っているという。

駐ビエンチャンのタイ大使が「親御さん達が欲してるのは有力な後継者なんだよ。王がクズ野郎だけにね」と囁いた言葉がいつまでも耳に残っていた。
端からそのつもりで弊社に送り込んで来たのか?と疑心暗鬼になり、余計な誘惑に惑わされないように娘たちの悪乗りに便乗して、今はスッキリしていた。

現在の国王は偉大な父王の崩御と共に即位したが、即位と同時に摂政を廃止し、王の権限を勝手に強化した。コロナとなるとドイツへ逃げ、城で20人近い女性と共に疎開生活を楽しんでいるという情報は全く知らなかった。
正に現代版エロ領主の図式ではないか。当然ながら全て国費だという。タイの国民が知ったら、暴動が起きるのではないだろうかと懸念する。

そうなると序列6位の資格があるチャワリット殿下にも可能性が出てくるらしい。序列5位までは現国王の子女であり、評判は父親同様にあまり好ましくない。
モリが30年前にタイに頻繁に訪れていた頃から入れ墨を入れた女癖の悪い皇太子(現国王)の国民の評判は最悪だった。その御仁がドイツでハーレム生活を国費で満喫中となれば、チュラロンコーン大王の子孫であるチャワリット殿下に脚光が集まるのかもしれない。

とは言え、その政争に関与したくもないし、無関係な日本人に過剰な期待をされても迷惑だ。
日本の種馬野郎が有力なバックボーンになるという保証など、何一つとして無い。ギャンブルとしても成立しないにちがいない。地方議員に賭ける者など、古今東西、居た試しはないのだから。

ーーー

次期総裁選の候補者が乱立していた。
党の幹事長、前首相、官房長官と党内をコントロールしてきた3名が容疑者となって離党してしまったので、収拾がつかない状況となっていた。

総裁選初チャレンジ組は、次回以降での「当たり」を得るための記念立候補なので良しとしても、初回立候補の中でも推薦人を集める事に成功する者が現れる。現実的に総裁になるには厳しくとも「キャスティングボード」を握る候補と目されるようになる。

彼には幾つかの選択肢がある。

「立候補を取り下げて、別の候補者の支持に回る」という1つ目の選択。
この場合、恩義を感じていたり、舎弟関係にあると「あり得る話」となるが支持に回った本人が力不足だと共倒れになる可能性がある。

2つ目の選択は「総裁選投票日まで残った候補者の状況を精査しながら、勝ち組に乗る」
というものだが、その他大勢と同じになるので埋没しかねない。

3つ目の選択が理想だろうか。
「総裁選の1次投票には名が残ったものの、重鎮議員の壁は破れずに敗退。その後残った2人の決選投票で、どちらの候補者に自分の得票数を分配するか?」という新総裁決定に大きく関与する場合だ。新政権での要職に就ける可能性が高いが、政権自体が脆弱で不正や大臣の失態が露呈して短命内閣で終われば、やはり共倒れとなる。

今の与党は誰が首相になっても脆弱な政権となってしまう。本能寺の変の明智光秀ではなく、「3日天下の光秀」で終わる確率の方が圧倒的に高い。
当選回数が多くても実務経験のない議員や世間知らずの2世3世議員ばかりで、学習能力が著しく欠如しているので、ポストに見合った人材不足が状態化している。
有能な政党や議員が揃っているのなら、政治経済は下落しない。先進国で最低成長率を独走しているのが、何よりも証明している。

毎度おなじみの光景なのだが、今回も前首相と総裁選で競った候補者の中から選出されるとみなされている中で、各陣営の選挙プランナーが勝つために様々な「タラレバ」を想定し始める。
そのタラレバの中で国民の反応が高そうなのが、コロナ禍の大マイナス成長率であっても、政治経済の話題で最も明るい情報を提供し続けている連中と組んだらどうだろう?と全ての選挙プランナーが思いついたらしい。国家存亡の危機とも言える状況下で、オールジャパン体制で政局に挑まねば、難しいのではないかと。

「その手の検討を各陣営が始めているらしい」とマスコミが報じると、それに期待が重なって一人歩きしてゆく。いつの間にか候補者たちに新たな争点が増えていた。
「富山県知事に協業、もしくは政策アドバイザー就任を申し入れ、その座を勝ち取るのは誰か?」という話に勝手に膨れ上がっていた。
急に争点の材料になってしまった金森知事は、マスコミからの度重なる質問に遂に辟易し、迷惑う顔をしながらフト、口にしてしまう。

「そんな話は一人では決められません!息子と相談します!」と。

(つづく)



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