(9) Dead or Alive. (2023.10改)
小用を済ませるフリをしてトイレに逃げ込み、汗まみれの顔を鏡で見る。達成したような、満足したような表情を見て取るとバシャバシャと洗い始める。顔だけさっぱりすると、何故か汗で濡れた髪や汗でベトベトした体全体の汚れが強調されたような感触が襲いかかってくる。
運動後、試合後、夜の営み後と同じ感覚、達成感が伴うのも同じだ。
ロッカールームに移動してバスタオルを持ってシャワーを浴び始める。
ドラム演者は他の楽器の演奏者よりも体力を消耗し、汗をかく。達成感で感激して涙を流しながら抱擁しあっているメンバーはアラフィフとはいえ、女性だ。汗まみれの野郎はハイタッチやグータッチ程度に留めて、一足先に身奇麗になり、取り敢えずビールを飲もうと動き始めた、という状況だ。
TV富山のライブ特番の反響が気になる。
コンサート自体は2部構成で、通して2時間半となった。テレビ放映されたのは20時から2部の50分間なので、既に観客席が出来上がってる状態でいきなり映像が始まり、テレビを見ていた人は驚いたかもしれない。
撮影と照明をAIドローンが行なったので、今までのライブ映像とは異なる映像になっている筈だ。ドローンを操ったエンジニア達は今頃映像を見返して、修正箇所を探しているかもしれない。
次回はより良いものを提供したいと考える連中が集まっているからだ。
シャワーを終えて着替え、エンジニア達がいるモニター室に向かう。早く映像を見たい一心なのだが、我が家の場合、残念ながら自分の欲求通りに事が進まないのは、毎度の事だ。
「あなた!」蛍の声がする。
「またお前か・・」と思いながら振り返ったら、死角から娘が飛び掛かってきて、廊下の壁に叩きつけられる。グホッっと肺の空気が吐き出され、肋骨も非常に痛くて、思わず目を瞑る。
苦悶の表情を浮かべていたと思うのだが、何故ウチの娘は父親の体の心配を一切しないのだろう?と思いながら、息をゆっくり吸い込み、回復行動を取り始める。
その内にワヤワヤと家族に取り込まれ、称賛され、褒められるのだが壁に叩きつけられて、強打した腰には第二陣の痛みが広がっており、そのまま壁をずり落ちて、娘を抱きかかえたまま座り込む。
「かなり痛かったよね、今の」次男の歩が妹を立ち上がらせたので、開放された。
「・・こちとらプロレスラーじゃないんだからさ、勘弁してくれよ。年寄りなら骨折してるかもしれんぞ」そう言いながらゆっくりと立ち上がる。娘は聞いてるのか?分からない。また繰り返す様な気がする。
「ビール飲みたいでしょ?それじゃあ打ち上げに行こう!」人に聞いといて、答えもきかずに転じて号令掛けて、場を統率しようとする。母親に似てきたなと蛍を見る。夫を何だと思ってるのだろう?といつも思う。
「誰か、楽屋に声を掛けてきてよ、お店に先に行ってますって」倅たちに頼んだら火垂が動いた。モニター室を諦めてまたロッカールームに戻ると、汗まみれの服の入ったゴミ袋とショルダーバッグを持って会場を出る。
外気をおいしく感じる。ステージと言う非現実的な世界から降りると、いつものスイッチが入る。周囲を見回し、警戒しながら打ち上げ会場となる店舗へ向かった。
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日本の金森知事と義理の息子のモリは米国民主党党大会の事務局とオンライン会談を行ない、日本で起きた襲撃事件の捜査に支障が出兼ねないので、事件には触れないと告げると、党の幹部たちが「今こそ現政権と共和党を葬るべきだ!」と叫んで日本側の主張を当初は受け入れなかった。
ゴチャゴチャといつまでも煩いので、
「そんなに追求したいのなら、あんたがたの責任でやってくれ、我々はこれ以上余計な騒動に巻き込まれたくないんだ。自分が狩られる立場になり、二度と狙われたくはない。なによりも、これ以上、人を撃ちたくない!以上だ!」とモリが凄んで見せたら、黙り込んだ。
「外野が好き勝手に言うのは自由だが、当事者や本人に発言させれば、その責任は全て私自身に伸し掛かる。発言の場を我々に与えたとあんたがたは得意になって椅子の上でふんぞり返り、後で問題が生じた場合、民主党は場は提供したが、本件には一切関与していないとスタンスをとるのだろう?事件を唆しておいて、今になって知らぬ存ぜぬと繰り返し続けている大統領と全く同じではないか?
あなた方アメリカ人は、リングの外で観戦しているだけのチキンの集まりに何時から成り下がったんだ?」
お祭り騒ぎ状態だった民主党選挙委員会にモリは冷水を浴びせた。民主党の痛い箇所を突いて、必ずしも民主党寄りではない、との姿勢を見せた。
ーーー
ぐっすりと眠って、目が覚める。まとわりついたまま眠っている娘の手足をゆっくりと外す。その合間に弾力のある胸に肘が接触してしまい、驚く。いつの間にか女性の体になっていることに今更気づいた。来年は高校生なのだと思いながら立ち上がると、ウエストからヒップのラインも母親に似てきたなとマジマジと観察してから部屋を出た。
庭へ出て井戸水で顔を洗い、準備運動をしてからゆっくりと走り始める。血液の循環を促す程度のスローペースを維持する。
今夜も観客席の皆さんが待っている。そう考えると前向きになる。
肩の力を抜いて手をブラブラさせたり、ベタ足気味にステップを踏んだりして汗を感じるまで、動き続ける。おでこから、こめかみまで汗を感じるようになると歩きだして、関節や脚の筋肉の確認をしながらゆっくりと家までの帰路につく。
田んぼ3枚挟んだ通りを、志乃が走っているのが見えた。きれいなフォームで疾走してゆくので、後を追おうかと思って加速をしたが、止めた。
志乃が走り去った暫く後、サチがバタバタと走っていたからだ。ちょっと前傾姿勢で辛そうに走っているが、いい傾向だと思う。明後日の公演が終わったらご褒美・・下の注射を提供しようと、上から目線で考える。
庭でストレッチをしてシャワーを浴び、室内でのストレッチと柔軟体操をして体を整えてゆく。ドラム演者はどうしても自然とストイックになっちゃうなと思う。
タバコの煙が漂う中でウィスキーやテキーラを煽りながら楽器を奏でる世界とは真逆のポジションだと思うのだ。尤も、ウチのメンバー誰もタバコを吸わないし、人一倍食べ物にこだわる連中が集まっている。ロックの退廃的なイメージからはほど遠い。
「ごはんだよ」娘に声を掛けられて、ゆっくりと立ち上がる。朝の食卓を見ただけで、唾液が自然と分泌される。人としての機能は正常に稼働しているようだと確認してから座った。
ーーーー
「日本はコンサートが出来るまで回復した」
「アーチストへの支援策が発表された」
富山だけだが、実際の映像なので知らない人は納得するだろう。
欧米は16日、アジア圏では17日、DeepForestのライブ映像を各国のメディアが報じて、世界中に拡散していた。
メディアがまず飛びついたのが、ステージ上のメンバーの一人が複数台のノートPCを操作して、オーケストラやジャズのビッグバンドをステージ上空や観客席の上に出現させ、斜め上や真上から演奏が聞こえてくる仕掛けが施され、観客席からステージを注目する従来のライブを変えたと表現された。
テレビ局が繰り返し取り上げた映像は、ステージ上でギターソロを弾いている由布子が観客席の頭上に浮かび上がり、指とピックの動きを目の前で追う観客の顔だった。
また、ビッグバンド構成ではなく6人編成での曲で流れた映像の一つに、会場の観客もテレビの視聴者も息を呑んだ。モリが山中を走り回ってる事件の映像が流れた。アップになってAIでカラー補正された映像なので、モリの真剣な表情、舌打ちしてどちらに逃げるか迷っている表情、顔から流れる汗、ライフルを拾い上げる際の歓喜の表情、そしてハンターに転じた際の冷酷な目、ー仕事を終えて届いたビールを喉を鳴らして飲む姿、が流れた。曲は「DEAD OR ALIVE」で由布子がこの事件の後、作詞・作曲した。
演奏終了後に作者の由布子のMCが入り「どう思った、この曲?」と振ると、
「シャレになってないって。ヤバイ映像だし、とんでもねぇ曲だよ」とモリが笑いながら言って、メンバーが「お疲れ様でしたぁ!」とハモる、唯一のMCだった。
テレビではバンドの演奏光景はなく、この山中での編集映像のみが流れたので、バンドによるメッセージソングだとみなされた。
モリの表情がすべてを物語っており、犯行グループが明らかな殺意を持ってモリを追っているのがよく分かる映像だった。
「ステージに近い席から良い席とされていたものをDeepForestは全席同一料金として、全ての席で観客の皆さんに愉しんでいただけるように致します」と、同バンドのマネージャーになった元フライトアテンダントの2人が、英語でコメントしていた。
「PCを複数台操作していたサミア・サムスナーがAIとチャットしながら、観客の皆さんが喜ぶと思われる映像を選択して投影していたのです。サミアがステージ上で映像監督とオーケストラとビッグバンドの指揮者に加えて、AIが奏でる自然音、川のせせらぎや秋の虫の音、突然の雷と言ったものを加えて、バンド演奏に厚みを加える音楽監督もこなしていました。
DeepForestはAIを多用する事で立体的なライブ感を提供してまいります。テレビやモニターではお伝えしづらいのですが、映像そのものを映画館や体育館などでも体感いただけるようにして参ります」と述べていた。
サミアが加わったのに合わせて、ギター奏者として加入した亮磨がボーカルを担ったのだが、母譲りの声であるのは伏せられたものの、伸びのある豊かな声量は女性ファンの心を掴んだ。
由布子の作戦勝ちとなる。声質が母と似ているのでコーラス隊にも厚みが出た。
「これで契約額も高くなるよ〜」
由布子がリハーサル中に言ったように、レコード会社は契約額を上げざるを得ない。まず競合との競争に勝たねばならないからだ。
2日、3日目はレコード会社各社とプロモーター各社、富山TV以外のメディアにも席が用意される。DeepForestが所属するマネージメント会社には商売上手な者がいるのだろう。
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「警視庁長官と事務次官、逮捕」との報が飛び込んできた。夕刻、警視庁が記者会見を行うと公表する。
また、訪問先のワイオミング州の共和党集会で大統領が日本の首相の入院に触れたあとで、「入院中の首相と電話会談し、中南米諸国と東南アジアへの農業支援策と漁業支援策に日本のテクノロジーを積極的に展開し、各国の一次産業の底上げを計ってゆく。これ以上難民を増やさない取り組みを我々は推進する」と、民主党が掲げる予定だったプランをぶち上げた。
民主党のスポークスマンは「日本企業と協業するのは我々だ」と切り捨て、政府外交担当のスポークスマンは「日本の首相と協議したのは我々だ。政権を担っている我々が実施するプランに茶々を入れないでいただきたい」と述べた。
タイでモリ達と同行を共にした外務省の里中は、援助再開の政府決定を受けて農水省、防衛省、そしてプルシアンブルー社と協議を始める。
ベトナム・ホーチミン市のPB Motors Vietnum社から20名のスタッフが、カンボジア・シェムリアップ市に向かい、タイ・アユタヤ県のPB Motors Thailand社から30名のスタッフがラオス・ビエンチャン市に向かい、農業指導を行う。
対象のバギー車両200台を小松基地から、500台を台湾台北市から空自の輸送機で、ベトナム・カンボジア・タイ・ラオスにそれぞれ空輸し、帰りはプルシアンブルー社の仕入れた品々を小松基地に持ち込む。帰りの輸送は日本政府のペナルティとして課した。
まだ8月で暑い日が続く。各国のビールを搬送してもらう。
輸送は8月20日より順次始まる。外務省の里中はカンボジア大使とラオス大使に対して援助活動再開を告げて、両国の運送会社を紹介してもらい、シェムリアップとビエンチャンのPB Motor社の拠点地の選定を依頼した。
東南アジアへの援助再開の一報は後日となるが、警視庁のトップと米国大統領の発言は世界中で話題となる。当然ながら当事者の家族の意見が聞きたいメディアは富山県庁に集まる。
市民ホールへ向かおうと出てきた富山県知事一行に記者が群がる。
「すみません。ライブが始まっちゃうので、ごめんなさい」と言って知事と副知事と秘書はタクシーに乗り込んで出ていった。
記者たちは今日はメディア受け入れ日だとして、市民ホールへ移動していった。
開演3時間前はリハーサル中だったが、メディアの数が膨れ上がっていた。PCR検査で陰性だったメディア関係者なので文句も言えない。
モリの控室は亮磨と同じで性別で控室を分けていた。亮磨とモリの担当マネージャーがタイで一緒だった橘で、半ば亮磨の専属マネージャーのようになっていた。
年齢的にも、家族構成的にもそうなるのは当然だった。それでも控室にはこの日は平泉里子が居たので、上司と同室になった状態の橘は緊張しっぱなしとなる。
モリは里子にマッサージをして貰っていた。余計な箇所も時折刺激されていたが。
「ありゃりゃ、寝ちゃいましたね・・」
「亮磨くんにもやってあげようか?」と里子が腕まくりすると、
「私がやります。大丈夫です、教官!」と橘の態度が一変する。
「僕は大丈夫です。イッセイさんは休める時に休んだ方がいい。あんな事があったんですから・・」亮磨の発言に2人はしんみりしてしまう。
「公演が終わったらお父様と3人で会うんですって?」里子は話を変えた。
「ええ。引退するのはまだ早いって、イッセイさんに脅してもらいます」
「お父様が復帰されたらあなたはどうするの? 副社長になるって言うのも勿体ないし」
「日本で政治家になります。イッセイさんを見習って、営業もしながら会社を大きくしようと考えています。父もそれならと復帰を考えてくれたんです。2人の父から学べる贅沢な環境はまず無いですからね」
「確かにそうね。方や立志伝中の海運王、方や型破りな政治家だものね。でも政治家って、選挙区はやはり横浜を考えてるの?」
「いえ、最初はイッセイさんの選挙区で来年の7月当選を目指します。間違いなく2世議員って思われるでしょうね」
「え?じゃあ、この人は?まさか政治家辞めて、プルシアンブルー?」
「いえいえ。来年なんですが参院の補選か横浜市長選のどちらかに鞍替えするつもり・・まさか、聞かれていなかったですか?」
里子の顔色が変わったので、亮磨は失敗したと思った。
「なるほど、鞍替えかあ・・」里子は嘯いて見るが、動揺しているのは明白だった。
県庁から知事一行が到着し、控室に陣中見舞いに来た時に大の字になって寝ているモリを見て、知事達は別室に移動する。
里子は蛍を捕まえて、市民ホールの喫茶店に移動して、亮磨から仕入れた情報をシェアする、おそらくモリは参院鞍替えを狙うだろうと。その補選は北海道、長野、広島の3箇所で開かれる。
残り2箇所で鮎の知名度を活かした蛍と、副知事の幸乃が立候補すれば、勝てるのではないかと説いた。議会開催中は参院の議員会館で一緒になれるし、3人で同一会派を組めばいいと囁く。
翔子と里子と志乃が3人の秘書を務めて、3人の議員間でローテーションを組めば公平だと。
「里子さん、ちょっと待って。本人に確認してから、相談しましょう」
珍しく里子が混乱している。モリが地方へ転出すれば秘書がモリを独占する。その際に秘書候補として志乃、翔子に次いでNo.3になりつつある里子には不利となる。慌てて秘書ローテーションを持ち出して、モリ不在の環境を無くそうと考えたのかもしれないと、蛍は思った
喫茶店店長に金一封を渡し、テーブルの下全てに盗聴器を付け、2人の話を聞きつけた中国メディアの記者がいた。与党に高く買って貰えるかもしれないと笑みを浮かべていた。
(つづく)
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