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【観劇レポ】あげた拳を下ろせるか ミュージカル「ケイン&アベル」
観劇レポです。ミュージカル「ケイン&アベル」大阪公演。世界初演の新作ミュージカルです。
劇場は新歌舞伎座。お席はS席で、2階席前方の上手側でした。2階のSって落差が激しい気がしますが、今回は全体が見やすい席で満足でした。今作は舞台美術もきれいなので、全体が観られて良かった。
新歌舞伎座のシートは、傾斜もあるし背もたれが大きく、座高と後ろを気にしなくていいので好きです。
作品の感想ですが、いやぁー…良かった!!期待以上でした!
どれくらい良かったかって、観る前は正直、様子見の気持ちもあって、パンフレットも買わないつもりだったのですが、1幕終わり時点で満足感が高かったので、休憩で即購入しに行ったくらい良かった。(…あと、右隣がほぼ常に前のめり、左隣が横揺れ、斜め前がスマートウォッチ度々点灯と、周りの席がまあまあ地獄だったことを上書きしてくれるくらいに…)
おっと、失礼しました。
とにかく作品やキャストはホントに良かったです。では、感想本編をどうぞ(ネタバレありです)。
全体感想
ケインとアベルといえば、聖書における人類初めての殺人として「ケインとアベル兄弟」が有名ですが、物語は20世紀前半のアメリカ。こちらのケインとアベルは兄弟でなく、誕生日が同じというところが共通点の他人同士です。
直接的なものは作中で起こりませんが、概念としての殺人を、聖書になぞらえながら使われているところも面白い。
原作は英小説なのですが、キャラクターの立ち位置もストーリーも分かりやすく、口当たり滑らか。原作はまあまあなボリュームがありそうですが、ミュージカルに仕立てるにあたって、ほどよく省いているんやろうなと思います。唐突感もなく、冗長に感じるところもなく、すんなり入ってきました。
音楽はみんな大好きワイルドホーンの濃厚ながら重すぎない味わい。一昨年の「ジキル&ハイド」でも思いましたが、やっぱりいいですね、ワイルドホーンは。ドラマチックで心躍る。
僕はアンサンブル映え&短調でダークな曲調が好みなので、恐慌のシーン「大恐慌」が好き。あとケインとアベルの対比はもちろん、ケイン夫妻とアベル夫妻が交差するところは、なんとなくワイルドホーンらしさを感じます。とか言って、僕の好みなだけなんですけども。
キューブ型の舞台装置も、はっきりした照明もGOOD。舞台装置は人力で動かしていたけど、東京公演もそうだったんですかね。
そして映像の取り入れ方も良かった。オープニングナンバー「宿命の二人」の締めでは、映画のタイトルが表れるシーンのようなドラマ感がありました。ゆうみちゃんの歌もマッチ。
ダンスホールのシーンなどでは、舞台奥のオーケストラピットも開放されて、さながら生演奏のフロア。オケピも魅せる要素にしてくれるのはいいですよね。
はやい話が、僕の好みってわけです。
こぶし
ケインはプライド、アベルは憎しみで、振り上げた拳を下ろせないまま溝を深めていく。それをそれぞれの妻が同じように憂いている。対比と同調のバランスがいい舞台でした。
あまりジェンダー論を語るつもりはないけど、男って意地を張って、あげた拳を中々下ろせない、バカな生き物なんやなぁと思います。ケインもアベルも、仕事のできる人で賢いんですが、聡明ではない。
でもその拳には、夢、大切なもの、守りたいもの、受け継いだもの、色んな思いや人が握られていて、確かにもう、自分一人の力では下ろせない。拳に握っているはずの妻や子に諭されてもなお、下ろせない。年老いて、築き上げたものを失って、拳を上げ続ける力が衰えても下ろせない。
だからこそ、アベルの手にある腕輪が作品の中でのキーアイテムとして印象的だし、ラストで2人の血が通う孫が、希望の意味で拳を高く上げるのが感動的。
人は、意味あるものからムダなものまで、その手に余る抱えきれないものまでも、拾って握って、たまに取りこぼして、落として、また拾って、そうやって生きていくのかな。ふとそんなことを思ってみたり。
キャスト
ケイン役・松下洸平さん。テレビではお見かけしますが、ミュージカルでは初めて。
優等生ながらクラスの1軍グループにはひっそりちゃっかり属していた感、と言いましょうか。おぼっちゃまではないけど、育ちの良さと、それなりに人生を謳歌してきた雰囲気を節々に感じるキャラクター。クールそうに見えて案外頑固で激しいので、青い照明が、冷静な感じというより青い炎のようで、ピッタリでした。
歌ももちろん上手ですが、セリフ芝居の説得力を感じました。あとダンスがかっこいい。脚長いなぁ…。
アベル役・松下優也さん。出演作は観ていたけどWキャストの加減などで実は初見。
燃える野心、それでいてクレバーな、まさにドラマの主人公のようなキャラクター。こちらは赤い照明が似合い、まさに激情の男。でも、意外と冷静なところは冷静なんですよね。
迫力と繊細さを併せ持つ歌声で、数々の作品にひっぱりダコなのもうなずけます。キンキーブーツの3代目ローラも楽しみです。
フロレンティナ役・咲妃みゆちゃん。さすがのゆうみちゃん。1幕はストーリーテラーのような立ち位置。ゆうみちゃんは、はっきりと言葉の意味を伝えてくれる発声なので、ナレーションチックなセリフがよく似合う。
そして「私が登場します♡」をはじめとしたチャーミングなところ、憑依型の極致とも言える圧倒的な歌唱、ゆうみちゃんのいいところ全部盛り!親子喧嘩のシーンは息を呑みます。
ケイン&アベルというタイトルながら、フロレンティナのポジションがすごく重要な意味を持つ作品なので、実質主役。
ケイト(ケインの妻)役・愛加あゆさん。
未亡人、そして世間の目に晒されたことへの疲弊と憂いがありながら、芯を感じさせる。ケインの妻となってからは、ザフィアとのリンクを強く感じるシーン(魅せ方)が多く、知念さんとのハーモニーが素晴らしかった。ラストの老成した声色づくりも良かったです。
ザフィア(アベルの妻)役・知念里奈さん。サイゴン以来かな?もっと舞台で見たい人。
やっぱり知念さんの声好きやなぁ。1幕終盤「あなたならできる」は鳥肌が立ちました。咲妃みゆ・愛加あゆ・知念里奈と、プリンシパルの女性御三方が本当に強強キャストですね。ケイトと同じく、夫の意固地なプライドと執念を何とかしたいと想い続ける強い女性です。
ジョン役・上川一哉さん。「イザボー」しかり「ムーラン・ルージュ!」しかり、主役の相棒感がたまらない。
コミカルな立ち位置にも思えるけど、ケインとアベルの様子を同じ時系列の中で、冷静に見ていた人でもあると思う。あまり心情ははっきりと描かれませんが、アベルのアメリカンドリームを誰よりも願い、アベルの才能を誰よりも誇らしく思っていたんやろうなぁと感じました。
余談ですが、1幕終了時点で僕は、ジョンがアベルを思うあまりにケインと内通してアベルを怒らせるみたいな展開を予想していました(違うけど)。
マシュー役・植原卓也さん。こちらはケインの相棒。
ジョンが3枚目ながらもそれなりに諸々卒なくやっていたのに比べ、マシューは一見仕事ができそうで案外そうでもない感じ。ジョンとマシューも対比になっているみたいですね。アベルとジョンは相棒って感じで、ケインとマシューは悪友って感じ。若干夫婦のようなものも感じる。
リロイ役・山口祐一郎さん。はい、みんなの祐様降臨ですよ。出番は1幕のみですが、もうただならぬオーラが出まくってます。少し茶目っ気のある偉い人、というのがいいキャラクターです。
個人的な感想ですが、最期のシーン、リロイは完全に絶望に満ちていたわけではないのかなと思います。アベルというかすかで確かな希望を見て、託して逝けたのかなと。
折角なら、最期の手紙も歌だったら良かったなぁと思いましたが、セリフ芝居の祐様も説得力があるので良しとしましょう。
リチャード役・竹内將人さん。レミゼのマリウスを演じておられたので、ピッタリですね。若さと育ちの良さが溢れ出ています。
フロレンティナとの恋模様は、舞台の中ではかなりスピード感があって、それがまた若くて青くて情熱的でドラマティック。
アラン役・益岡徹さん。ビリー・エリオットのイメージがあるからかもしれませんが、ケインにとって、もう1人の父親的な存在でもあったのかなと思いますし、アランにとっても、息子のように感じるところはあったのかもしれないなと思いました。でも、あくまで経営者。峻厳なところは峻厳。
ヘンリー役・今拓哉さん。今作のヴィラン、というかヒール役にあたるキャラクター。終始、品がないな腹立つ〜!と思いつつ、それだけ思わせるのは俳優の力でもあり。
ケインとアベル、それぞれの心の闇の部分を象徴する人物でもあるのかもしれません。ヘンリーの最期がいわゆるナレ死だったのは少し口惜しいですね。
アンサンブルは、わりとダンスに強みを持つ方々が多かったのかな?2階席なので、個人を見尽くせてはいないですが、華やかなダンスシーンだけでなく、戦争のシーンでのややコンテンポラリーなダンスもあり、それはもうキレッキレでカッコよかったです。
総括
ケインとアベルの物語は、「思いを受け継ぐこと」や、「人間は、実は色んなところで支えられている」ということをメッセージとして持っているのかなと感じました。
両名とも、父から受け継いだものを誇りとして生きている。更にケインはマシューの遺志、マシューとの夢を、アベルはリロイの希望を受け継いで生きる。こうして、人との交わりの中で様々なものを受け継いで、その拳に握りしめながら生きていく。
受け継ぐって、簡単ではないし、望む望まないに関わらず背負うこともある。人の世界って中々どうして難しい。
そして同じく人の世界では、人の交わりの中でエネルギーが生まれている。
アベルに匿名で投資したのはケインでしたし、戦場でケインを助けたのはアベルでした。そしてそれをお互いに知らないまま。そして特にアベルは、ザフィア、リロイ、ジョンなど、様々な人に支えられていることが明確に描かれますし、ヘンリーという「ダーティな支え」も得てしまう。
大切なものを握りしめた拳。上げるにも下ろすにも、過去から現在に至るまでの、様々な思いによるエネルギーが必要なのかな。
冒頭の繰り返しになりますが、味わい深い、観てよかった作品でした。もう1回観たかったな…(スケジュール上難しく断念しました)。また再演してほしいし、今回の日本公演が世界初演なので、今後世界の舞台で公演されるのも楽しみ。
パンフレットを読んで、原作やそのシリーズにも興味が湧きました。最近新しい本も読めていないので、手に取ってみようかな。
2025年のミュージカル、まだ2月だというのに、濃厚でステキな作品と出会ってしまいました。感謝感謝。