意思決定には血の匂いがする瞬間がある
※これは現職での現在進行中の出来事ではなく、これまでの実体験を"ざっくばらん"に記録するためだけの記事です。
こんにちは、カマタニです。
スタートアップの事業責任者やマネージャーとしての役割を担っていると、「意思決定」という言葉を、月に一度くらいは耳にするのではないでしょうか。メンバーでも「意思決定」というフレーズに触れる機会は少なくないはずです。
私自身も、これまでの人生の中で「意思決定」に触れる機会がありました。その中で、時折「血の匂いがする意思決定」に立ち会うことがありました。今回は、そのことについて書いてみようと思います。きっと何の参考にもならない、ただの”ざっくり”とした記録で、「意思決定と生産性」についてのnoteになります。
血の匂いがする意思決定とは?
「意思決定」について話す前に、スタートアップとは何でしょうか?
成長意欲が高く、やる気に満ち溢れた人が多い会社
理念・企業文化・社会貢献を高らかに掲げる会社
新技術や新しいビジネスモデルを利活用する会社
一般的にはこのようなイメージがあるかもしれませんが、それはあくまで一要素です。では、スタートアップの定義とは何でしょうか?私なりの独断と偏見で、異論を認めつつ答えると、こうです。
つまり、安定した収益と長期成長を持つゆるやかな右肩上がりの成長曲線は、スタートアップではないのです。どんなに素晴らしい企業文化やビジョン、ミッションを掲げていても、Jカーブを描けないならば、スタートアップとしては厳しい戦いに直面しているでしょう。当時の私もそうでした。
当然、5年から10年の期間で見れば、一時的に緩やかな成長や停滞に陥ることもありますが、スタートアップには抗い続けることが求められます。抗うことを止めたり、数年経っても再びJカーブを描けないとき、スタートアップとしての終わりが近づいていると感じます。それ自体が良い悪いの話ではなく、戦略的撤退や企業買収も一つの選択肢です。それは不名誉なことではなく、社会全体から見れば必要な代謝だと思います。
では、ここでいう"抗う"とは何でしょうか。緩やかな成長や停滞が訪れたとき、何が必要になるのでしょうか?
市場の再選定、ピボット
ビジネスモデルの転換
新製品、新規事業の創出
営業戦略の大幅な見直し
聖域なきコストカット など
極論を言えば、成果が見込めるなら何をやっても良いと思います。ただし、共通点が一つあります。
それは"不可逆的でリスクを伴う意思決定"です。
このような「意思決定」の後には、時間、お金、労力、信用などを費やし、時には、思ったほどのリターンが得られず、企業の生産性が劇的に下がることもありますし、疲弊する人もいれば、事業的に立ち直れなくなることもあります。一方で、生産性が劇的に改善し、同じ経営資源、もしくは以前より少ない経営資源で、意思決定前よりも大きな成果を上げることもあります。
それが私の定義する"血の匂いがする意思決定"です。
スタートアップでリニアな成長しかできなくなったと気づいたときから始まった
私自身の経験では、ある企業に入社してから事業責任者として、事業計画や売上目標の達成に向け、認知拡大から受注・契約更新に至るまで、考えうる限りの変数に携わりました。
認知拡大・課題醸成のためのオウンドメディア運営
ターゲティングやユースケースの拡張によるSQLの増加
ファネルの各数値の転換率改善(商談〜受注)
業界水準を上回る複数年契約によるキャッシュイン改善
デジマでは流入しない層の獲得に向けたパートナー企業開拓 など
これらは決して奇抜な施策ではなく、当たり前のように想像できることばかりです。事業数値を向上させるために思いつくことはすべて実行しました。それにもかかわらず、倍々で増えるような急成長は得られず、スタートアップとしての継続的な急成長には至りませんでした。
T2D3のT1からT2までは一定の需要があり、営業をしっかり行えば達成可能ですが、D1からD2、D3を考えると、胃がキリキリするほどのプレッシャーがありました。
私自身、特定部門の数値向上を軽んじることはありません。それは重要であり、凡事徹底で成し遂げ続ければリニアな成長は実現可能です。
ただ、それ自体は戦略や戦術レベルでの意思決定であり、
「Just Do It」で済むことです。
私自身、要領の良さはあまり自信がありませんが、お世話になった方から「圧倒的な実行力」が強みだと評価していただけるほど、考えうるすべてのことを実行し続けてきました。それでも、半年から一年が経過してもリニアな成長から脱することができず、いよいよ事業計画に歪みが生じてきました。事業計画の修正は適宜行われますが、投資家との約束もあるため、下方修正を繰り返すと投資家とのコミュニケーションも厳しさが増します。
(※決して投資家が悪いわけではありません)
月次や四半期で開催される経営会議では、事業責任者や営業責任者として投資家とのコミュニケーションにも加わり、時には株主定例会議に参加することもあります。
胃が痛くなり、憂鬱になり、夜も寝られず、朝の目覚めが ” ピー ” になることなんて日常茶飯事です。営業経験者の方なら、同じ気持ちを共有できることでしょう 笑
それでも、「抗う」ことをやめてはいけません。やめないためには、足を前に踏み出すしかありません。そんな時、ある記事に出会いました。
経営思考を身に付けるきっかけとなったFond創業者 福山太郎さんの言葉
“Excelの罠”にはまらないための「4つの成長レバー」という段落に書かれていた以下の文章が、私にはビビッときました。
それまでの私は、Excel上の事業計画やSFAのダッシュボードを眺めながら、「この数字をこう改善できたら、ここがボトルネックだから、この数字を改善しよう!」と、いわば数字遊びをしていました。
マネージャーという役割であれば、戦略レベルの思考法でなんとか対応できますが、経営的な「意思決定」が求められる場合は、これまでの思考の枠を外さない限り、解決には至りませんでした。自分自身が頭を抱えて悩み抜いたからこそ、福山さんの言葉に触れた瞬間、ダムが決壊するかのように、様々なことが繋がったのだと思います。
私は、福山さんが言うところの戦略や戦術レベルでの思考や意思決定、実行しかできていなかった。自分たちのビジネスや付加価値の出し方を俯瞰的に考えることができていなかったのです。
そこで思い切って、戦略や戦術ではなく、市場から考え始めました。当時も日中の営業活動では、一日5〜6商談を行っていたので、お客様との会話の中で一次情報を自ら集め、”成長のレバー”に関連しそうな違和感を見逃さないようにしました。そして、業務時間外には、以下の書籍に書かれているようなことを見様見真似で行いました。
(この本はおすすめです、アフィリンクはないのでご安心ください 笑)
自分の問題意識に引っかかる課題を見つける
課題を徹底的に調べて要素分解をし、本質を見極める
本質的な課題解決の方法を考えて端的な言葉や数字で表現する
日々の営業活動を通じて感じる違和感のタネから、マクロの視点で幅広く、政府の白書や行政レポート、研究機関のリポート、海外の記事などを読み込み、課題を構造で捉えました。そして、ポイントを絞り込み、ディテールを解き明かしながら要素分解し、本質的な課題のセンターピンの仮説を見つけ出し、最終的にはプロジェクトや施策のコンセプトを決定しました。
「本当の顧客」は誰か。ゲームのルールを変える。
どんな企業であっても、無限のリソースを持っているわけではなく、時間的猶予が永遠にあるわけでもありません。どれだけ長期投資であっても、月次、四半期、半期という区切りで成果を見せ続ける必要があります。
制約があるからこそ、今の手札でやれることを考えた結果、私は大幅なプライシング戦略の改革に乗り出しました。プライシング形態の抜本的な変更によって、営業人員やマーケティング予算を増やさずに契約社数と売上の絶対金額を向上させることを目指しました。
固定料金から従量課金に切り替えることを決定しましたが、決めたからといって簡単に変更できる状況ではありませんでした。創業時から料金プランは公開されており、今後も公開する方針だったため、既存のお客様にも影響が出ることが予想されました。
固定料金から従量課金に変更することで、ある閾値を境に、これまでよりも安く利用できるお客様もいれば、高くなるお客様も出てくることが課題となりました。この課題から、次の2つの問題に取り組む必要がありました。
料金が高くなることで生じる解約防止(お客様への説明責任)
料金が低くなることで生じる累積売上の減少(投資家への説明責任)
1については、真摯な対応が求められるだけでなく、お客様を不安や不快にさせずに、スピード感を持って納得していただくための厳しいコミュニケーションが必要でした。
2については、累積売上の減少がもたらす影響範囲と、いつまでに売上上昇へ転じるかの試算と蓋然性の説明、そしてやり切ることへの信頼を得ることが必要で、こちらも相当なハードなコミュニケーションが必要でした。
当然、私一人の力では到底すべてを実行することはできませんでしたが、最終的には、プロジェクトオーナーとして、周りの仲間に助けてもらいながら完遂し、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。簡単には賛同を得られないことを、自らの言葉で説明する責任こそが、責任者として果たすべき役割だと、この時に強く実感しました。
では、そこまでしてなぜプライシング戦略の改革を行ったのか?
それは、「手元の経営資源を活用し、企業全体の生産性向上を図る」ためです。
毎日のように商談で対峙する目の前のお客様が契約できなかったり、惜しまれながら契約解除に至るお客様の声に触れる中で、私はほんの小さな違和感を抱くようになりました。大前提として、私が当時扱っていたプロダクトは素晴らしいものであり、お客様にとって真の価値あるサービスだと心から信じていました。顧客訪問時には、社長から売上が向上したとか、従業員から残業がなくなり精神的負担が軽減されたなど、多くの嬉しい言葉をいただいていたことも大きな支えでした。
ユーザーになっていただけなかったお客様の多くからは、「いいとは思うんだけどね、今回はやめておくよ」「社長から許可が出なかったよ」「ウチの事業規模じゃ払えないよ」という声が多く聞かれました。
単に安易に値下げをするのではなく(実際には値上がりするお客様もいました)、プライシングをも含めて提供プロダクトと考えてみたのです。お客様がどのような経営状況にあるのかを理解せずに「良いサービスですよ」と営業していたこれまでの方法から、お客様の事業内容、取扱商材、単価、一般的な売上規模、利益率、対象サービスに年間で投資可能な金額割合、国内外に存在する類似・隣接サービスの価格帯などを整理し、納得度の高い価格で良いプロダクトを提供するためには、プライシングの大幅な変更が必要だと感じました。
目の前のお客様だけでなく、社会全体に広く提供できないことは、社会への付加価値が減少し、機会損失に繋がると考えたのです。そこで、信念を持って、お客様や他の経営陣、事業・開発サイド、バックオフィスのメンバー、そして投資家など、関わるすべてのステークホルダーに自分の言葉で説明し、理解を得ることで、なんとかプロジェクトの実行にこぎつけました。
不安の尽きない6ヶ月を越えて
プロジェクト期間は、起案から完遂まで含めると6ヶ月間でした。プロジェクトの企画や賛同を得るまでに2ヶ月、新プライシングのクローズリリースと検証に2ヶ月、新プライシングのオープンリリースに2ヶ月を要しました。
自分自身はつくづく幸運だったと思いますが、プライシングの変更後、3ヶ月目から受注数は4倍、受注金額は3倍となりました。この間、営業人員やマーケティング予算を増やさずに成長角度を変えることができたため、生産性が圧倒的に向上しました。
プライシング変更によって、既存顧客の利用料が減少する分、プロジェクト期間中に一時的に累積売上が減る中で、既存顧客への説明や契約の巻き直し、請求方法や算出方法の大幅な変更によるバックオフィスやエンジニアとの調整など、同時並行で行うべきことが多く、憂鬱な日々が続きました。当時は、複数の口内炎ができ、血の匂いというより血の味を感じることも多々ありました 笑
ビジネスの世界は冷酷で、仮説や解決手段が間違っていれば、事業や従業員が窮地に立たされ、仲間の人生も背負わなければならないことになります。多方面に影響が及ぶため、簡単に「やっぱりやめた」というわけにはいかない状況で、不可逆的な意思決定を行うことで、孤独に冷や汗をかく日々が続きました。
今振り返ると、リスクを背負う価値があったと思いますし、リスクを背負ったからこそ得られたリターンもありました。何より、そのプライシング戦略は今も健在で、私が離れた今でも市場や顧客に受け入れられ続けています。
よく「意思決定」について語られる際に、
「意思決定しても、すぐ戻せばいいからやってみなよ」
「意思決定の数が大事だ」
「意思決定のスピードが大事だ」
というフレーズを耳にしますが、それほど簡単に元に戻せるようなリスクや信念を伴わない意思決定では、スタートアップで求められるJカーブの事業成長や個人の成長は得られることはそう多くありません。血の匂いを嗅ぎながら行う意思決定の先にこそ、成長のきっかけがあると私は考えています。
ただし、打席に立つこと自体は無駄ではなく、意思決定の数やスピードで訓練を積むことで、いざ血の匂いがするような、不可逆的な意思決定を行う胆力が養われるのだと思います。
ただただ「Just Do It」
この経験からの教訓を最後に
ここまで「血の匂いがする意思決定」とか「不可逆的な意思決定」とかの随分と物々しい言葉を使って表現してきましたが「不可逆的な意思決定」をすることが目的ではありません。
企業に属する以上、生産性向上に貢献し続けることが必要で、その際のスタンスとして大事にしていることがいくつかあります。
その時々で最も大きなボトルネックの解消から始めること
シート上の数字から始めず、現場の小さな違和感から始めること
やると決めたことは孤独な熱狂から始めること
きっと起業家の方や経験豊富なプロフェッショナルな方々からすると、私のような10年ちょっとの経験では「まだまだ青いな」と言っていただけるかと思います。
私自身も、まだまだ修羅場や鉄火場を潜り抜けていきたいと思っています。不可逆的な意思決定は目的ではないと表現したものの、その本質、誰かからチャンスを与えられるものではないし、意思決定しろと迫られるものでもありません。
自分発信の問題意識と圧倒的な当事者意識とを掛け合わせて、自分で押し進むことで、その「意思決定」と立ち会うことができるのです。
勝負所を間違えないように、日常的にアンテナを立てて「ここだっ!」と踏み込める心身の準備を進めていきましょう。