ウルトラマンダイナのアスカになりたい。
引っ越しも終わり、段ボールの紐を解いていると、アンパンマンの絵柄の小さな本が顔を出した。見覚えがない。どこかで紛れてしまったのだろうか。
中を開けると、幼稚な字で僕の本名が書かれていた。記憶にないが、恐らく幼少期の僕の文字、つまりこれは僕の本なのだろう。まるでタイムカプセルを開ける時のような、小さな期待と不安を胸に、ページをめくった。
そこには、好きな友達の名前やよく歌う歌、嫌いな食べ物や好きなスポーツが書かれていた。過去の自分の思考を覗くのは、なかなかくすぐったい感じがする。
さらに頁を進めると、『将来の夢』という項目があった。ドキッとする。
終わらない仕事に日々追われている僕は、決して過去に誇れる自分ではない。純粋だった幼き日の僕は、どんな自分を夢見ていたのだろう。その項目にはクネクネと曲がった字で、でも誤字なくしっかりと、こんな風に書かれていた。
【ウルトラマンダイナの、アスカになりたい。】
どうやら、かつての僕は”ウルトラマンダイナのアスカ”になりたかったようだ。正直なところ、ウルトラマンダイナもアスカも分からない。この本の存在どころか、僕は自分の夢すら忘れてしまっているようだ。
過去の自分にウルトラマンになれなかったことを詫びつつ、ダイナについて調べてみることにした。画像を見てみると、意外と見覚えがある。変身してからもタイプチェンジできるウルトラマンだったはずだ。夢見ていただけあるな。
そして、さらに調べてみると、こいつが記憶を呼び起こす。ダイナに変身するためのアイテム「リーフラッシャー」だ。こいつは禍々しい顔で実家に居座っているので、よく覚えている。僕の実家が決して裕福ではなかったことを考えると、誕生日かクリスマスに両親にお願いして買ってもらったのだろう。当時の僕は、本当にダイナになりたかったようだ。
Amazonで調べてみると、今はべらぼうに高い。おじさん世代の子供心をくすぐるいい商売である。noteの売り上げが50000円を超えたら、購入することを検討しよう。(多分しない)
そして肝心の、ダイナに変身する主人公"アスカ"については、なんとあの”つるの剛士”さんが若き頃に演じていた。
若い、とても若い。調べたところ、今の僕よりもずっと若いようだ。僕が大学でメンヘラ彼女に日々悩んでいた歳で、アスカは世界を救っていたようだ。幼い頃の僕にはとても打ち明けられないな。
そして現在、つるのさんは5人の子供を抱え、”イクメン”タレントとして活躍されている(イクメンという言葉については賛否あるが)。奥様のことも大好きで、お子さんも順調に成長されていて、まさに理想の人生の過ごし方と言えるだろう。
加えて、俳優・タレントとしてはもちろん、抜群の歌唱力を生かして歌手としても活動されていて、日本武道館で単独コンサートまで開催している。
圧倒的な歌唱力で歌手として活躍しながら、仲良し家族の大黒柱。イクメンの代表格で、社会的地位も高い。SNSからでは表面しか分からないかもしれないが、それでも楽しそうに日々を過ごされている。
会社から貸与されたPCでつるのさんについて調べながら、僕はふと思う。
「…ウルトラマンダイナの、アスカになりたい。」
不思議な話だが、あの頃から歳を重ねて、成長して価値観を変えてもなお、僕はウルトラマンダイナのアスカ、つるのさんのようになりたいと思っている。
今思えば、あの頃の僕は何もできなくて、何にでもなれた。
経験を重ねて出来ることが増えていくうち、徐々に現実味のない夢を切り捨てていた。
現実と理想。歳を重ねるということは、どちらかに舵を切って、自分の人生を形作っていくということなのかもしれない。
僕は多分、これからもウルトラマンにはなれないと思う。けれど、つるのさんのように、好きな人と一緒に人生を笑って過ごすことなら、もしかしたら出来るかもしれない。
アスカみたいになってやるから見ててくれ。思いを過去に馳せて、本を戸棚に入れた。
山のような現実が待っている。背筋をスッと伸ばして、検索画面を消して、会社PCを叩き始める。