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コムギのいた生活11 -幸せな日々-

東京郊外。
多摩川の堤防沿いは桜で溢れていた。
端に積もる桃色の絨毯の上をコムギがゆっくりと歩く。
川の対岸の先には奥多摩の山々が迫り関東平野の西の端にいることを視覚で感じることができる。
桜そのものにあまり興味を惹かれることは無い自分なのだが、コムギがそこにいると感じる情緒はまるで違う。
桜が美しい。
僕たちは久しぶりの外出を満喫していた。


2月に受けた腫瘍の経過検査の結果が良好でコムギは病気前と変わらない生活を送っていた。
日に日に寒さが遠のいていき、窓際で微睡むコムギを包み込む光に暖かみが帯びていく。
そんななか、たまたまテレビで見かけた奥多摩にある酒造が運営している飲食店に僕たちは興味を惹かれた。
広いテラスはペットとの同伴が可能で、何より自家製のクラフトビールを飲めることがビールを愛する僕たちを魅了した。
ニュースでは近いうちにコロナによる緊急事態宣言が発令されて外出ができなくなると盛んに報じられていたため、今のうちに行っておこうと早速予約をした。


テーブルの下のコムギを撫でながらグラスを傾ける。
琥珀色のグラスに陽光が差し込み輝く。
料理も美味しくて僕たちはたちまちに杯を重ねた。
火照った頬に時折触れる風が心地よい。
コムギは僕の足先に顎を載せてのんびりと周囲を見渡していた。
歴史を刻んでいるであろう土蔵に囲まれた広々としたテラスに建物以上に樹齢を重ねていると思われる木々の重なりあった葉が心地よい陰を落とす。
週末になると僕たちはコムギを同伴可の店に連れ出していた。
毎度のことなので店ではいつも静かに僕たちのそばでリラックスしていてくれる。
僕たちはこの時間が好きだ。
こんな日々が続いて欲しい。
昨年末からの嵐のような闘病の日々がまるで嘘のように穏やかな時間を過ごしていた。




店を出て近くの多摩川沿いを歩く。
少し日が傾いてきて風に冷たいものが混じり始める。
強い西日に晒されて桜の花々はより一層輝いていた。
まだもう少しコムギとこの時間を過ごしていたかったけど、あとは家での時間を楽しもう。
そろそろ家に帰ろうか。コムギ。

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