コムギのいた生活9 -願い-
3週間にわたる放射線治療を終えて、またコムギと過ごす日常が戻って来た。
例年以上にコムギと一緒にクリスマスを楽しみ、僕たちが年末に向けて高揚した気分に包まれた生活を送っているなか、どこかコムギは元気が無かった。
ソファーで寝ているばかりで、たまに立ち上がったとかと思うと鼻先や歯茎を爪でガリガリと描いていることが多かった。
連日の麻酔の影響がまだ残っているのかもしれない。
もしくは放射線照射の影響で鼻水が詰まって苦しいのかもしれないし、歯茎がむず痒いのかも知れない。
僕たちには治療の効果が出ることを願いながらただ見守りことしかできなかった。
何より心配だったのは、食べることに異常に執着するコムギがご飯を残すことだった。残す量が次第に増えていき、大晦日も迫ったある日、全く食べなくなってしまった。
普段はご飯の時間になると器の前でじっと待っているのだが、カリカリご飯を置いてもソファーの上で寝そべったままで反応もしない。
歯茎が痛むせいなのかと思いカリカリをふやかしてみても食べなかった。
茹でた卵やかぼちゃを細かくして与えてみてもダメだった。
様々な食材を試してみたところ、脂身の多い豚肉を焼いて細かく刻み皿ではなく直接手にのせてあげてみると、最初はクンクンと少し警戒した様子を見せながらも、舌ですくいながらゆっくりと食べ始めた。
全部を食べることはなかったが、少しは口にしてくれたことにひとまずは安心した。
だが充分に食事を取らないことが心配でならない。
これから始まる抗癌剤投与に影響があるかもしれないし、何よりこのままだとコムギが衰弱してしまうのではないかと不安で仕方が無かった。
予約した腫瘍科のM先生の診察日はまだ先だったが、病院に行き診てもらうことにした。
M先生の外来診察の日では無かったため、事情を知る最初に腫瘍を発見してくれた先生が見てくれることになった。
「確かに歯茎が白くなっていて腫れているように見えます。放射線照射の副反応かもしれないですね。痛み止めと抗生剤を出しておきます。」
先生がコムギの右の口内を見ながら言った。
家に帰り処方された薬を飲ませたが、結局その日はカリカリご飯は食べずに焼肉を少しだけ食べた。
翌朝、目を覚ましてリビングに行くと、一緒にベッドで寝ていたコムギが僕の後をついてきて器が置いてある台の前にちょこんと座った。
ひょっとして食べるかもと思い、少しふやかしたカリカリを器に置いてみると何の迷いもなく食べ始めた。
処方された薬が効いたようだった。
以前のようにカリカリご飯を美味しそうに食べる姿を見つめながら、これで新年を幸せに迎えることができる、そんな気持ちに包まれていた。
思えばこの頃から僕は、遠い先のコムギとの生活を想像したり希望を抱くことは止めて、現状のすぐ先にある、手を出せばすぐにでもすくえる幸せを探すようになっていたように思う。
新年が明けてすぐの真夜中、コムギを連れて毎日お参りに行っている近所の小さな神社にふたりで初詣に行った。
家からは歩いて2、3分の距離なのだが、吐く息もすぐに凍りついてしまいそうな寒さで着込んで外に出た。
染み渡るような冷気が風呂上がりの熱がまだ冷めていない体に心地良くて、僕たち以外は誰も歩いていない寒天の夜の月に照らされる静かな小道を寒さの割には軽やかに歩いた。
神社に着くと僕はコムギを抱き上げて、鳥居をくぐり社の前に進む。
彼女が持参した日本酒の瓶を神棚に置いた。
歯髄炎の手術に始まり、考えたこともなかった悪性腫瘍の発覚、そして3週間にわたる大学病院への入院と放射線治療、それまでの穏やかな6年間のコムギとの生活がまるで幻と思えてしまうような1年だった。
「放射線照射が効いて腫瘍が無くなりますように。」
「抗癌剤を与えれて効いてくれますように。」
「完治できますように。」
「コムギが、そして僕たちもささやかで良いので幸せに過ごせますように。」
僕は目を瞑りコムギを抱きかかえながら祈った。
しばらくして目を開けると、同じく隣で祈っていた彼女がこちらを向いて
「来年はいい年になるといいね、本当に。」
と白い息を吐きながら言った。
「本当に。なるといいね。」
と僕も言った。
コムギの重みと暖かさを肩に心地よく感じながら、僕は冬のよく澄んだ夜空を見つめていた。
(続く)
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