20年前、はじめて坐禅を体感した日
こんにちは。大慈坊です。
さてさて、本日は坐禅のお話。
私の坐禅のやり方、などと言う前に。
どんなふうに出会ったかという所を少々。
初めて坐禅というものの話を聞いたのは
高校生の17~18歳の時でした。
担任でもあった、歴史の先生が雑学多く面白い先生で、
霜の話からマジメな話までと幅広く、
その授業の中で坐禅の坐り方をなんとなく教えてくれた事がありました。
これが初めての出会いでした。
そこから、高校生の時にすることはなかったのですが、
大学生くらいになりますと、
一人暮らしということもあり夜な夜な見様見真似で、
たま~にやることもありました。
本当に形だけ。というものです。
数年経ち、新社会人、
一山当ててやろうと、ブラックでも何でも来いと、
調子に乗って入った商品先物取引員、
半年間でどっぷり鬱になりました。
本当に大変な時でした。
完全に精神を病みました。
そんな頃、ある時、ふと坐禅の話を思い出します。
しかし、なんとなくやってみるものの、あまりしっくりこない。
あっているのかどうなのか…
当時はまだ、現在のようにYoutubeがあったりする訳ではありません。
果たして、どうしたものかと、
いまにして思えば書籍などであれば有ったのでしょうが、
どっぷり鬱状態です。
坐禅で抜け出せるのではないかと、一刻も早く助けてほしかった。
というのが正直な所でした。
で、まずは習ってしまうのが早いであろう。と…、
曹洞宗のお寺に行きました。
そこで、1日だけ伺いました。
1日だけというのも、ブラック企業ゆえ、
普通の曹洞宗のお寺だったのですが「宗教はよせ!」ということで、
当時は社宅住まいということもあり、押さえつけがありました。
ということで、一日だけ行ったお寺ですが、
そこには同い年くらいの修行僧の方が一人おりました。
その方に、いろいろと教えていただきます。
まずは、はじめての作務、
お寺周りの掃き掃除、廊下の拭き掃除、
たしか、昼食前に坐禅でした。
その方は、1日に2~3回坐禅をすると言っていたような…
20年近く前のことなのでうろ覚えですが…
で、いざ、坐禅となりますが、
とりあえず形だけは知っていたので、形だけは割とすぐにできたのですが、
当時は意識の向ける先がわからなかったんだと思います。
一通り、形を教えていただき、意識の向ける先もなんとなく聞き、
礼をし、坐部を整え、体を揺らし、体の中心を整え、
半伽負座で坐ります。隣にはその修行僧の子が坐ります。
たった一日だけですが、本当に深い瞑想をさせて頂きました。
今でもはっきりと覚えているのは、
幹線道路近くで車の音が割と聞こえるお寺だったのですが、
車の音がどんどん遠くなり、
隣の修行僧の子の呼吸も遠くになっていきます。
徐々にカラスの鳴き声と小鳥の声だけがクリアに聞こえてきます。
完全に自然界だけの音だけになりました。
自然の中に「わたし」は無く、ただ、そこに在りました。
不思議な感覚でした。
約20分後、
気付けば、時間となり終了。
終わった際に、これが坐禅か!!
となっていたのを覚えています。
そこから早速マイ坐布をゲットし、
鬱どっぷりの時は割と坐っていました。
家で何度も何度も坐りますが、
あの時を超えることはありませんでした。
闇雲に坐って、坐るという行動自体になにかがあると思っていました。
外に答えを求めていたんだと思います。
この時を超える瞑想ができるようになったのは、
ここ5~6年前くらいでしょうか。
初めての坐禅は本当にギフトでした。
その後、ほかの仕事に移り、
座ったり坐らなかったり、
気分の浮き沈み、時期によりけりといった感じで、
ここ最近、20年経ってやっと、毎日坐るようになりました。
移住後、事業を自ら始めた頃くらいから
本当に大変な時期を幾度となく経験してきました。
この時を超えるのに、坐禅は大きな味方となってくれました。
いまでは、あの時の瞑想は日常的にできるようになりました。
坐ってすぐにその状態からスタートできるようになりました。
本当に気持ちが落ち着くようになりました。
星周りの影響などでしょうが、タイミングによっては
たまにすごくすごく深く入るときがありますね。
深くってどんなだよ。という話ですが、
自然と一体化し、宇宙につながるといいましょうか。
内側に深く深く入っていくと、
どこかでスーッと宇宙空間を抜けるような感じになるというか…
ともかく、すごく気持ちがいいです。
ま、この話はまた今度。
ということで、今回は初めての坐禅に出会った話でございます。
書いていて思ったのですが、気付けば20年やっています。
なぜ、こんなに続けているか。という話はまた、そのうち。
ですので、10年位までは惜しい所まで徐々に近づき、
10年くらいで初めての体験を日常的にできるようになり、
15年くらいでさらに深くに入るといったところでしょうか。
20年経って、いまはどうなんでしょうね。
以前とは違うことは違うのですが、まだ言語化できていないですね。
ということで、本日も最後までお読みいただきありがとうございました。