社会のためのGIS−その歩みと実践【地図の可能性:後編】
地図の可能性について探求するシリーズ後編、テーマは「GISと市民参加」です。前編では地図のアート的な側面をクローズアップしてお話しました。今回は科学的な側面を、地理情報科学とも言われるGIS(地理情報システム)に着目します。
ただし、この記事でやるのは技術の紹介ではありません。技術と社会との関係が、どのような過程をたどってきたのか、そしてどのように使われるようになったのか。そこが焦点です。後半に進むにつれて具体的に、そして筆者(私)の考えも交えてお話していきます。
そもそも、GISって何?
地理の授業で単語は習うGIS。しかしその中身について、私は理解はしていませんでした。GIS(Geographic Information System)とは、一言で言えば地理情報を扱う仕組み、体系のことだそうです。世の中には地理空間データが溢れていて、位置を特定できるデジタルデータは全体の6割になるという研究もあります。これらの地理空間データを作成、管理、加工、分析、可視化、共有すること、この体系をGISと呼びます。
言葉ではイメージしにくいので図1を見てみましょう。GISで表わされた地図はこのように地理空間データのレイヤーを重ねて表現されます。これだけだと特に表現主題はなくまんべんなく記述された地図、すなわち一般図です。例えばそこにメガネ工房の分布図を重ねたりすれば主題図になるわけです。好きな記事なので例として載せさせていただきました。
地理学者によるGIS批判
現在私たちの暮らしを豊かにしているGISは、当初は多くの批判も受けました。代表的なものに、P. Taylor(1990)が挙げられます。政治地理学者のテイラーは、この時のGIS研究の流行を「ハイテク風土病」「技術先行型の精神」と言い、パターンだけに着目することでプロセスから乖離し、何の地理学的な知識も生まないと指摘しました。
また、フェミニズム地理学の立場からの批判もありました。フェミニズム地理学は、地理学が男性を中心に語られてきたと批判し、そこから女性の地理学的関心や、ジェンダーと場所と文化の関係について考察する地理学の一分野です。この立場からは、この先で議論されている市民参加の「参加」主体が画一的で、多様な立場の人々の存在を留意していないと指摘しました。
このような批判は、次のように言い換えることができると思います。アンドレ・ゴルツという哲学者、経済ジャーナリストは技術を2つに区別しました。
それまでのGISは公的な政策決定の支援に限られ、一部の技術者のものだった。そうではなくて、多様な参加主体に開かれた技術であるべきだ。こうした議論はまさに、閉鎖的技術から開放的技術への転換の要求だと言えるでしょう。
開かれた技術へ
GISが開放的技術として使われるべく、多くの意見交換が行われました。そんな中、1996年に登場し、多くの研究がされていくのが市民参加型GIS (PPGIS:Public Participation GIS)です。PPGISでは地域社会や個人への権限の委譲、市民参加の促進、情報の公開とアクセスのしやすさ、プライバシーへの配慮などが掲げられました。技術主導ではなくて、需要主導での実践という、テイラーの主張は大きな流れとなったのです。なお、今日ではより広い概念として参加型GIS(PGIS:Participatory GIS)という言い方をされています。
ただしGIS研究の主流が変わったということではありません。あくまで一つの研究テーマが出てきたという方が正しいと思います。
ジオデザインとは
ここからはPGISの実践方法の例として、ジオデザインを紹介していきます。ジオデザインとはハーバード大学のカール・スタイニッツが提唱した、対象地域の将来計画に関する方法論です。地理学(Geography)と計画学(Design)の造語で、デザイン・プランニングに地理学的な知見を生かす試みです。情報技術の活用は両者を結びつける役割を果たすだけでなく、可視化することにより市民参加を可能にします。このように、ジオデザインとは以下の4者の協働により行われます。
その進め方について、矢野(2014)の中で紹介されていた福島県相馬市のワークショップを例に説明します。これは2013年2月27日からの3日間、立命館大学と東北大学が連携し、各専門家や学生らによって行われました。将来計画の提案のため、以下のジオデザインのモデルに沿って進められました。なお、モデルの説明文は雑に解釈して書いているので、詳細は参考文献をご参照ください。
表現モデル:意思決定に重要な課題の項目を決める。水害、放射線、住宅、工業など。
プロセスモデル:各項目を5段階評価する際の基準を決める。水害なら、ハザードマップの危険度に応じて。
評価モデル:1の項目ごとに2の計算式で現状を評価。専用のサイトを使用する。
変化モデル:シナリオをいくつか設定し、それに沿って計画を立てる。現状計画、コンパクトシティ計画、副都心計画など。
インパクトモデル:2の計算式を用いて4を評価。6シナリオを10項目で評価したため60枚の地図が並んだ。
意思決定モデル:話し合ってどれが良いか決める。
実際にはこの作業を何度か繰り返し、より良い計画へとブラッシュアップしていきます。これまでの説明を図に表すとこんな感じです。
ジオデザイン、地元学、そして散策マップ
ジオデザインは、GIS研究者から生まれたものということもあり、定量的で、結論までのプロセスが外から見ても分かりやすいという特徴があります。しかし、フェミニズム地理学で指摘されていた多様な立場の意見の反映や、定性的な事柄の評価について課題もあると感じます。とはいえPGISの難しい要求を、実行可能なフレームワークとしてうまく落とし込んでいると思います(なぜか上から目線)。町や市の単位での都市計画に有効な手法なのでしょう。
まちづくりの方法論の一つに、地元学というのもあります。吉本哲朗と結城冨美雄によって提唱され、現在各地で取り組まれているそうです。地元学.comで地元学の説明がされています。
この文章から、地元学はまちづくり、計画を行うものではあるが、住民による価値の発見や定性的な側面に重きを置いていることが分かります。そのこと自体は大切なことだと思います。しかし、いくつかの実践例を見る限り、私はプランニングとしても住民の主体性を促す点でも中途半端であると感じました(あくまで現状の理解では)。主体的な地域価値の発見が目的なら、中途半端なまちづくりの要素をなくしてまち歩きをした方が良いのではないでしょうか。
この議論は対象とするワークショップの参加者や目的によって結論が異なるのだと思います。しかしここで重要なのは、そんな議論を私が頭の中でしたということです。そこから私は、個人がいかに土地を理解していけるか、に関心があるのだと感じました。個人や数人のスケールから、やがて地域と言われる範囲に広がっていく方が私は好きです。その具体例であり、原体験の一つになったのが以下の散策マップづくりでした。
まとめー見取り図
ここまで「GISと市民参加」を中心にその過程と実践についてお話してきました。現在、GISは誰でも気軽に分析できる状態にまで来ています。高校では地理総合がいよいよ始まり、教育分野でも浸透していくのだと思います。技術は可能性を広げてくれます。それをどう使うのか、それがこれからの私たちに問われることなのでしょう。
ここまでの学びと思考を図4としてまとめてみました。最後までお読みいただきありがとうございます。そしてこの場をお借りして、私物のホワイトボードペンを貸してくださったお隣さんにも感謝させてください。
参考文献
GISの説明については、浦川豪監修、島﨑彦人・古屋貴司・桐村喬・星田侑久著(2015)『GISを使った主題図作成講座』古今書院。
位置を特定できるデータが全体の6割だという話の出典は、S. Hahmann, and D. Burghaldt(2013) How much information is geospatially referenced? Networks and cognition, International Journal of Geographical Information Science, 27;1171-1189。
PGISまでの展開、ジオデザイン、地元学については、若林芳樹・今井修・瀬戸寿一・西村雄一郎(2017)『参加型GISの理論と応用–みんなで作り・使う地理空間情報–』古今書院。
テイラーの原文は、P. Taylor(1990), Editorial comment: GKS, Political Geographical Quarterly 9(3)。
フェミニズム地理学については、フィル・ハバード、ロブ・チキン、ブレンダン・バートレイ、ダンカン・フラー著、山本正三、菅野峰明訳(2018)『現代人文地理学の理論と実践 世界を読み解く地理学的思考』明石出版。
アンドレ・ゴルツの論考の紹介は、斎藤幸平(2020)『人新世の「資本論」』集英社新書。
原文は、Andore Gorz(2008), Ecologica, Galilee, 16。
相馬市の例については、矢野桂司(2014)「東日本大震災の復興に向けてのジオデザインの適用−福島県相馬市を対象としたワークショップの事例−」pp.212-232、吉越昭久『災害の地理学』文理閣。
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