地図とは物語を伝えるメディアである【地図の可能性:前編】
この記事は、地理学初心者が地図の可能性について、タイトルだけ決めて自由に語ったものです。前編では地図と物語について考えます。
地図って何だろう
地図とは何でしょうか。それは地表に関する事実を伝えるものです。この答えは何ら違和感のあるものではないでしょう。では次の場合を想定してみてください。あなたが友人に「旅行の場所を決めたいから日本地図を見よう」と言ったとします。そこで友人はこのような地図を持って来ました。
あなた「おいおい、都道府県がごちゃまぜじゃないか。これ、何かの間違いじゃないの?」
友 人「いや、これは面積の順位に人口密度の順位を対応させた日本地図だよ。ほら、今は密を避けろって言うじゃん?」
あなた「どんな理屈だよ(笑)。にしてもこれは分かりづらいだろ!」
友 人「ごめんごめん、じゃあこっち。」
あなた「これはもはや地図じゃないだろ!」
友 人「いやいや、これは日本の各地点の距離を移動時間に置き換えた時間地図だよ(ちょっと古いけど)。旅行の計画をするなら便利だろ?」
あなた「いや確かに良いかも...でも今はまず行く場所を決めたいんだよ!目的が違うよ目的が!」
友人が紹介した2つの図は、地図とは呼べないのでしょうか。それは私たちのイメージするものとは違いますが、確かに一定程度の事実を伝えるものではあったはずです。逆に、一般的にイメージされる地図は正確な事実を伝えていると言い切れるでしょうか。例えば、その面積は適切な大きさでしょうか。高さの概念は失われてはいませんか。そもそも地表に記号なんてあったでしょうか。
そんなの屁理屈だと思われたかもしれません。そこで地図の定義を確認してみると、広辞苑第6版では「地表の諸物体・現象を、一定の約束に従って縮尺し、記号・文字を用いて平面に表現した図」だとされています。定義と先ほどの例から考えると、地図とは目的に合う形で地表を平面に表現したものだと考えた方が良さそうです。第一、丸くて起伏に富んだ地球を、一枚で完全に正しく描くことはできませんしね。
目的に沿って地表を表現したものが地図だとしたら、その用途はただ単に地表を記録するだけになるでしょうか。あるいは目的地にたどり着くためや、災害の危険を事前に知らせるものでしょうか(それも重要な用途ですが)。ここからは、長い歴史の中で人類が作ってきた代表的な地図をいくつかご紹介していきます。
最古の地図 バビロニア地図
こちらは現存する世界最古の地図であるバビロニア地図です。紀元前7世紀から5世紀につくられたそう。外の2重の輪が海で、コインを入れられそうな長方形が首都バビロン、中央をユーフラテス川が流れていることなどが記されているそうです。分かりやすく解説されたサイトを貼っておきます。
バビロニアの世界図は世界最古の世界地図で、円盤型世界観が反映されている | ジオグラファーズ ~無料で地理を学べるブログサイト~ (geographers.info)
この地図が、地表を「正確に」記録したものではないことは形からも明らかです。それは単純に技術が足りなかったからとも言えるかもしれませんが、次のような意図があるとも考えられます(あくまで推測)。まず、首都バビロンは世界の中心であることを見た人に印象づけています。そして、地球は円盤型であるという主張を伝えています。これを見た人々はきっと世界をこのように捉えたことでしょう。そればかりか、その知識を元にバビロン人であることを誇りに思ったり、より自らの価値観を固めていったかもしれません。バビロニア地図作者の実際の意図は分かりませんが、古代では宗教的な象徴性を持つ地図がいくつもあり、私たちが思い浮かべるものとは目的が異なるようです。
最初の地図帳『世界の舞台』
続いて紹介するのは、世界で最初の地図帳です。それはアントワープ(現在のベルギー)の地図画家、アブラハム=オルテリウスにより作られました。当時のアントワープは活気溢れる商業都市で、彼もそこで商人として生計を立てていました。当時の地図は羊皮紙の巻物だったため、大変手間がかかったそうです。そこでオルテリウスは、手軽な本の形態を思いつき、多くの地図製作者の作品を引用して完成させました。1570年の出版後、7言語に訳されるなどの大ベストセラーになりました(ショート,2010)。
地図を見てみましょう。島の形状だけでなく山脈や火山や流氷、そして海洋生物が目に入ってくると思います。これにより、アイスランドの自然についていろんな想像が膨らんできませんか?私は気候についてや、温泉ってあるのか、そして何よりそこで暮らす人々の様子をイメージしました。潮を吹いているのはおそらく鯨ですが、私たちが知る鯨よりはるかに怖い!でもこんなのが海にいるかもと思うと、余計に好奇心が刺激される気がします。こうして想像を膨らませていると、実際の地図を見ている時間よりも頭の中の地図を思い浮かべている時間の方が長くなってしまいました。いつもの地図の見方とはずいぶん違います。
ショート(2010,125)『世界の地図の歴史図鑑』柊風舎 の中でオルテリウスの言葉が紹介されています。「オルテリウスは、伝統とは決別して『目の前に地図を広げたとき、その場所と情景が目に浮かぶようにしたい』と考えていた」。伝統との決別とは、当時の地図が文章での解説がメインだったことを指します。こういった目的を持っていたからこそ、このような想像力をかき立ててくれる地図が生まれたのです。
地図と物語の関係
時代の流れとともに、オルテリウスのような目的を持った地図は表舞台から姿を消します。そんな中、今でもワクワクさせてくれる地図を描く人たちもいます。それはルイス=ジョーンズ, H.編(2019)『ファンタジーの世界地図』東京堂出版 という本で見ることができます。ハリーポッターの「忍びの地図」をはじめ、ファンタジー小説に登場する空想の地図がたくさん掲載されている、眺めているだけで楽しい本です。
この本を一言でまとめると、ファンタジー作家が物語を作る中で地図とどう向き合っているかが複数人の視点から語られた本です。ファンタジー小説と地図について様々な洞察があり、多くの気づきを与えてくれます。本書を参考に、物語と地図の関係についてさらに深掘りしてみましょう。
イギリスの児童文学作家クレシッダ・コーウェルは小説と地図の関わりについてこのようなことを語っています。まず読み手に対しては、地図は想像上の場所に真実味を与える効果があると。人間は気づかないうちに時間と空間を非常に意識しているそうです。そのため、地図があることで読者を小説の中に引き込むことができるということでしょう。そして書き手にとっては、地図が物語のきっかけを作り、アイデアを生み出す役目を果たすそうです。小説を書く時に重要なのは、どこへ向かうかをきっちりと決めてしまうことではなく、出発することだと言います。そして、地図があることで自分が向かいたい方向がおのずと分かるのだそうです(p.85より要約)。
このことを、私の書いてきたnoteを例に考えてみます。これまで4本の記事では、知識や考えを整理する形式よりも、物語形式の方が人気が出る傾向にあります。要因を考えてみると、物語形式を取ることで、書き手と読み手が同じ時間と空間を共有できるからだ、という仮説が浮かびました。言い換えると、書き手と読み手が頭の中に同じ地図を共有するのです。それにより、読み進めることでその後の行き先を共に進んでいく、そんな文章になるのではないでしょうか。地図により読者が物語に没入していくだけでなく、物語の形式によって、書き手を含めた両者が頭の中で地図を共有できる。具体的な地図はある意味、その手段である。これが地図と物語の関係だと、今の私は考えています。
まとめ
ここまでさまざまな地図を見てきました。そんな中で3点+αのことを述べてきました。①地図とは正しく地表に関する情報を示した図ではなく、目的に沿って表現したものである。②歴史的には、宗教などの物語を伝えるものも多くあった。③挿絵などで遊び心を加えることで風景を想像させることができる。
+αでは物語と地図の関係について考察し、地図は物語を伝える手段であり、物語を伝えるには書き手と読み手が頭の中の地図を共有することが大事だとまとめました。
この記事のタイトルは書く前に決めていましたが、それに近い内容にまとまったと思います。メディアリテラシーという言葉があります。地図を読む時は、作成者の意図や暗に伝えているメッセージに注意してみようと思います。もし楽しい地図を見つけたら、ぜひ手に取ってみてください。そしてそれをもとに歩いたり想像を膨らませたりして、あなたの自身の地図を描いてみてください。
参考文献
M. Cruse(2019), An Illustrated History of Science: From Agriculture to Artificial Intelligence, Arcturus.(クルーズ, M. 有賀暢迪監訳(2021)『サイエンス5000年史 人類の知の歴史をたどる旅へ』ニュートンプレス)
H. Lewis-Jones(2018), The Writer's Map: An Atlas of Imaginary Lands, University of Chicago Press.(ルイス=ジョーンズ, H.編(2019)『ファンタジーの世界地図』東京堂出版)J. R. Short(2003), The World Through Maps: A History of Cartography, Firefly Books.(ショート, J. R. 小野寺淳, 大島規江監訳(2010)『世界の地図の歴史図鑑』柊風舎)
浦川豪監修(2015)『GISを使った主題図作成講座―地域情報をまとめる・伝える―』古今書院
清水英範, 井上亮(2004)「時間地図作成問題の汎用解法」『土木学会論文集』第64巻, 105-114
ウィキペディア・コモンズ File:Islandia (Abraham Ortelius).jpg - Wikimedia Commons (2022年2月12日アクセス)
ジオグラファーズ(ブログ) バビロニアの世界図は世界最古の世界地図で、円盤型世界観が反映されている | ジオグラファーズ ~無料で地理を学べるブログサイト~ (geographers.info) (2022年2月11日アクセス)
大英博物館 Use this image 32436001 - | British Museum (2022年2月11日アクセス)
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